卒業旅行編 その4

 暦の上では春先とはいえ、ここは北の大地。しかも、潮風を遮るものすらない夕暮れの港なのだから、喋り続ければ、体が冷えてくるのは当然のこと。若宮さんの提案もあって、再度市場を練り歩けば、空腹に気が向いてしまったからか、そこら中から流れてくる香りにお腹が鳴る。それは皆も同じなようで、ひと際美味しそうな魚の焼ける香りをたどるようにして定食屋へと足を運んだ。


 暖房で暑いくらいに温められた店内は、食欲をそそられる香りで満ちていた。案内された席に腰を下ろして、メニューを眺める。


 大衆食堂という言葉がしっくりくるようなこの店は、堅苦しさなんてものはかけらもなく、むしろ居心地が良すぎて無駄にリラックスしてしまうくらいだ。とはいえ、程よい空腹感と刺激し続けるこの空間で待たされては胃がブーイングを飛ばしてくるというもの。誤魔化すために、何度目かグラスに口を付けたところで、篠崎がようやく注文を決めた。


「結局、海鮮丼にしたのか」

「いや、焼き魚系も気になったけど、適当に分けてもらえばいいかなって。いいでしょ、菜々香?」

「えー、じゃあ、そっちのもちょっと頂戴よ」

「もとからそのつもりだし、いいけど」


 ウニにいくらに、どこ貰おっかな、と楽し気な若宮さんと、魚卵ばっか狙ってない? と返す篠崎。その様子を眺めながらお茶でのどを潤す。


「私も壮太から分けて貰おっかな」

「いいけど、そっちのも分けてくれ。銀だらの定食だっけ」

「そうそう。美味しそうじゃない?」

「確かに美味しそうだよな。っていうか、どれ選んでもハズレはないって感じだし」


 メニュー表に視線を落としながら、言ってみる。


「でも、壮太はあっという間に決めたよね」

「北海道に行くならホッケ定食は食った方がいいって父さんが言ってたし、ちょうど目に入ったからな」

「壮太のお父さん、どんな人なの?」


 首を傾げる芽衣。そういえば、芽衣は父さんと面識ないんだっけか。どう説明したらいいのか。


「まあ、母さんの尻に敷かれてる社畜? 母さん曰く、俺は父さん似らしいけど」

「情報ほとんどないじゃん。っていうか、社畜って……」

「説明しろって言われると難しいんだよ。あー、でも、今月は忙しいみたいだけど、進学祝いしたいし、五月くらいに顔出すって言ってたから、そこで紹介するよ。多分説明するより実物見た方が早いし」

「えー。じゃあ、近くなったら来る日程教えてよ。流石にちゃんと準備したいし」

「いや、別に、そんなかしこまらんでも平気だぞ。母さんが色々喋ってるみたいで、芽衣への評価高かったし、そもそも、そんな堅苦しいタイプじゃないから」


 そうじゃなくて、と芽衣が言いかけると、それを遮るように、店員の声が割って入った。時間がかかると思っていたが、あっという間に出来たらしい。

 お盆に乗った定食は、ゆっくりとテーブルの上に並べられていく。それぞれの前にお盆がそろったところで、いただきますと手を合わせる。


「うん、美味い」


 まずは味噌汁から、と手を伸ばしたところで、向かいの篠崎から声が零れた。どうやら、いきなり若宮さんからもらったホッケに手を伸ばしたらしい。それに続くように、まずは味噌汁を軽く口へ運べば、魚介だしベースであら汁にも近い気がするそれの香りが口の中で広がる。

 そして、そのままホッケにゆっくりと箸を落とす。そのまま一口分だけ持ち上げて、口へと運べば、肉厚なその身には脂がしっかりと乗っており、ふわふわとした食感と共に口の中で広がっていく。箸は自然とご飯の方へと伸びていった。


「うん、美味い」


 篠崎とまったく同じ感想をこぼしてしまったのは少しアレだが、美味いし、それ以上の言葉が出てこないのだから仕方ない。

 大根おろしを添えれば、さっぱりとした感じもプラスされ、また別の良さが見つかる気がする。


「はい」


 考えてたことを読んだかのように、芽衣から醤油差しが差し出される。

 ありがとう、と返しながらに受け取れば、正面の二人は、またかと言わんばかりの表情でこちらを見ている。


「なんだよ」

「いや、相変わらずだなって」


 そう言う若宮さんとそれに頷く篠崎だが、似たようなことを当たり前の様にしているのだし、違和感を感じさせない程自然にそれぞれのものを分け合っているのだから、どの口が言うんだか。


「さようですか」


 諦めにも似たそれを込めて吐き出した言葉の代わりに、差し出された銀だらを口に運ぶ。脂がしっかりとのっていながら、プリッとした身は、これまたご飯が進む。


「やっぱりこっちも美味いな」

「だよね。いくらでもご飯食べられちゃうよ」

「それはいつも言ってる気がするんだけど……」

「壮太が作るご飯も美味しいからね」


 微笑みながらそう言われてしまえば、自然と頬が緩む。

 隠そうとするにも、今更なのは分かっていながら、ま、ほどほどにな、と誤魔化して箸を進める。そうこうしているうちに、話題は別の方へと転がっていき、時間を忘れてしまいそうなほど会話は弾む。

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『美少女ギャルの罰ゲーム告白見抜いて許したら絡まれるようになった件』 番外編 おまけ! 夜依 @depend_on_night

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