卒業旅行編 その3

 二人に気を使った結果であろう自由時間だが、俺たちには長すぎた。

 風呂に入るのに向かないのはさっきも話した通りだが、テレビを付けてみてもこの中途半端な時間に俺らが楽しめるようなものは流れておらず、荷物は最低限しか持ってきていないのだから整理のしようもない。メインの目的である着替えは五分と要らなかったわけだし、ベッドに倒れ込んだまま篠崎と話していてはそのまま夢の世界に旅立って、集合時間に遅れるのは目に見えていた。

 そういうわけで始まったのはホテル周辺のちょっとした散策。先程は通らなかった海に面した通りから駅までの道を、夕日と潮風を浴びながら市場の店を冷やかしつつダラダラと歩く。


「雨音とこうして旅行してるとか、中学の頃の俺たちが聞いたら結構驚きそうだよな」

「まあ、驚きはするだろうな。けど、それより篠崎が俺と同じ高校をちゃんと卒業したってことに驚くかもしれない」

「ひでぇ。いや、でも否定できねぇな。中学の頃の俺、絶対驚くわ」


 いつの間にか買っていたサイダーを飲みながら笑う篠崎。

 中学の頃と言ったって、幅がそこそこあるのだからいつの俺らに伝えるかにもよるのだろうが、三年の頃の俺ならそう驚かないのかもしれない。なんやかんやで、こいつとはダラダラと付き合い続ける気はしていたし。

 まあ、そんなことを素直に告げるつもりはないのだが。


「どうした雨音? もしかして飲みたかった?」

「いや、さっきウェルカムドリンクでコーヒー飲んだし要らねぇよ」


 差し出されたペットボトルに、首を横に振って答える。


「さようで。しかし、まあ、あっという間だったよな」

「まあ、技術の進歩はすごいからな」

「いや、今日の移動の話じゃなくて、高校生活の話な」

「そっちかよ。まあ、終わって見るとあっという間ではあるよな」


 言ったところで市場は途切れて、駅の裏の公園へと出てきた。海の目の前で足を止めて体重は柵に軽く預ける。

 さっき断った手前、言い出す気はないが、思い出を語るなら飲み物でも持ってくればよかったなんて思いながら、軽く目を閉じて記憶をたどる。


 真っ先に思い出されたのは春先の屋上。間違いなく俺の高校生活の転換点となった出来事。それまでの、ただこなしているだけの日々は薄っすらと思い出すことこそ出来ても、感想なんかは浮かばない。それからの出来事は取るに足らない日常の一幕すら鮮明に思い出される。その中心はいつだって彼女なのは当然として、篠崎の存在も同じとまでは言えずとも大きかった。親友と呼んでも差し支えないくらいには、だ。適当だし、頭は残念な感じだが、それでもかなり助けられてきたし。


「まあ、色々あったが楽しかったな。あと、色々と助けてくれてありがとな」

「お、おう。まあ、良いってことよ。それより、調子悪いなら言えよ」


 あの雨音が素直だなんておかしい、と小さく零したのが耳に届く。

 祐奈にもちょいちょい言われるが、俺はどう写っているんだろうか。まあ、あんまりそういうことを言葉にしてこなかった俺にも非があるんだろうけど、一度じっくりと話し合いたい。


「調子はむしろ良いくらいなんだよなぁ」


 溢した言葉は潮風にさらわれるように、海の方へと消えていく。


「ぼちぼち戻るか」

「あー、そのことなんだが──」

「おっ、いた! おーい!」


 篠崎の言葉を遮るように声が聞こえる。

 呼び声に答えるように手を挙げながら篠崎へと視線をやれば、遮られた続きを口にした。


「二人も散策してたみたいだし、連絡しといたんだわ」

「そういうのは先に言ってくれ」

「悪い悪い」


 悪びれてる様子もなく答える篠崎にため息を返す。


「和也君と雨音君はなにか面白いものは見つけた?」

「いや、適当に駄弁りながら歩いてただけだからな」

「このサイダーは美味かったぞ。菜々香も飲むか?」

「あー、じゃあ、ちょっともらおっかな」


「芽衣はなんか見つけたのか?」

「私達も似た感じ。話しながら、時々ご飯屋さん見つけては、美味しそうだねって」

「海鮮系は結構色々あったよな。俺らも結構立ち止って見たりした」

「海鮮丼とかも美味しそうだけど、焼き魚の定食とかも気になっちゃって」


 そっちも美味しそうだよなと、頷きながら脳裏にそれを思い浮かべる。程よく脂の乗った身に箸を入れて、大根おろしをちょっと乗せて口に運べば、間違えなくご飯が進むだろう。

 想像したことで空腹感は増してきた。フラフラと市場の中の定食屋に足が進んでしまいそうなのをこらえていると、ため息混じりの篠崎の声が届いた。


「盛り上がってると思ったら揃って飯の話かよ。いや、確かに腹は減ってるけど」

「昼を適当に済ませたし、しょうがないだろ」

「あとは、移動で思ったより体力使ったからね」

「和也君だって、美味しそうな店あった? って聞いてきたのによく言うよ」


 俺と芽衣が揃って視線を向ければ、篠崎はハハハと乾いた笑いを浮かべ、若宮さんに助けを求めだす。


「まあ、みんなお腹空いてるんだし、ご飯にしようよ」

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