卒業旅行編 その2
羽田空港から飛行機で一時間半ほど。
降り立った北の大地は晴れているが、まだ春とは言えないようで、道端にはわずかに雪が残っている。曰く、ここの三月は真冬の都内のような気温らしいので、春先の格好をしていた若宮さんと芽衣は、さむっと溢しながら体を震わせている。
「とりあえず、これ貸してやるから羽織っとけ」
「ごめん。一応、冬用のも用意はしてきたんだけど」
「スーツケースの中。しかも他の着替えと一緒にってオチだろ」
申し訳なさそうに呟いた芽衣に返しながら、羽織っていたジャケットを脱いで羽織らせる。冬場の体育の授業だと思えば、ジャケットを渡したところで多少は耐えられるが、この後の移動手段はどうなっているのだろうか。流石に徒歩で、なんてことになれば、港町特有の海風もあるだろうし、ギブアップをしてしまいそうなものだが。
知っているであろう篠崎に目を向ければ、同じように若宮さんに上着を貸したようで、少し心もとない装備でこちらを見てくる。
「で、この後はどうするんだ?」
「とりあえずバスで駅の方まで出るつもりだ。ホテルもそっち方面だし、とりあえずチェックインして荷物置こうぜ。あとは、冬服に着替えてもらってから少し散策ってのでどうだ。疲れてるなら、ホテルでゆっくりしてもいいし」
尋ねてみれば、企画者らしく考えてはいるようで、真っ当な答えが返ってきた。篠崎のそれに頷きながら、案内板を見てバス停を探す。そう遠くはないみたいだが、当たり前ながら屋外。待たされる時間が短ければと思いつつ、芽衣のスーツケースを引く。
「寒くない?」
「まあ、平気だから気にせず羽織っとけ」
「そう? 本当に寒くなったら言ってね。返すから」
分かったと返しながら、バス停へと足を進めれば、運が良いようでバスはちょうどやって来ていた。この寒空の下待たされるともなれば、芽衣相手に寒さを誤魔化すのなんて無理だろうし、ありがたい限りだ。
乗り込んだバスの空いていた席に芽衣と若宮さんを座らせて、車内を見回すようにしてみれば、空港から駅の方、中心街へと向かうものだけあって、ほとんどが俺らと同じ観光客のように思える。中には俺たちのように恰好を間違えてきたような人の姿もある。
少し車内を見渡している間に動き出したバスは、空港を出るとすぐに海沿いに整備された国道を進む。車窓の奥には海が映っており、時折漁港なんかも見られるが、反対の窓に映るのは市街地。観光を主とした街並みなのかと思っていたが、案外そんなことはないらしい。誰かの日常は他の誰かの非日常なんていうが、それは確かなようだ。
* * *
バスに揺られること三十分。降ろされた函館駅前から少し歩いて、ようやく目的地宿泊先であるホテルへとたどり着いた。
家を出てからは六時間弱。実際に移動に費やした時間はその半分ちょっと、といったところか。一日の四分の一にも届かない時間で本州の北端を通り越して、更にその先、北海道までやって来れるのだから技術の進歩とはなかなかななものだ。もっとも、それだけの時間を移動に費やせば技術云々の前に疲れが出てくるのだが。
「とりあえず一時間くらい自由時間にするか」
鍵を受け取ってきた篠崎が、ぐるりと俺たちの表情を視界に収めてからそう言った。
ほとんど座っているだけだったとはいえ、引率者もいなければ、それなりの移動を伴う旅路に疲れたのは俺だけではないらしい。
受け取った鍵の一つを若宮さんに渡した篠崎と共に部屋へと向かう。卒業旅行ということもあって男女別の部屋割り。とはいえ部屋は隣のようだが。
「またね」
部屋に入る間際、貸していたジャケットをこちらに寄越して、小さく手を振ってきた芽衣に、頷くように、またあとで、と答える。
「結構いい部屋だと思うんだけど、どうだ?」
部屋に入るや否や、先に入っていた篠崎がこちらを振り返ってキメ顔で聞いてきた。
狭いなんてことはなく、広すぎることもない、ベッドが二つに机と椅子がそれぞれ用意されていて、すこし贅沢な気もする部屋だ、というのが第一印象。だが、連れられるがままに進んで驚いた。どうやらこの部屋、広くはないとはいえ、露天風呂が付いている。
「おお、マジか」
「マジだよ。せっかくの卒業旅行だし、雨音には散々世話になったからな。温泉好きだろ?」
「そりゃ好きだけど、高くなかったか?」
一応今回の幹事である篠崎に旅費は徴収されているが、この部屋に渡した分で泊まれるとは到底思えない。そんな意図も込めて尋ねてみれば、この間の福引で旅行券が当たったからいい部屋にしてみた、なんてセリフが返ってきた。
「まあ、俺からの合格祝いとでも思ってくれ。それより、これからどうする? 風呂入りたいなら、それでもいいけど」
「いや、この後また外出るって考えたら湯冷めしたくねぇし、部屋でゆっくりするくらいでいいんじゃねぇの? 時間も大してないし」
俺が答えれば、篠崎はベッドの一つに腰を下ろしてそのまま倒れこむ。
「にしても、結構寒かったよな」
ゆっくりとした時間が流れる中で、先ほどまでは間違っても言えなかったことを篠崎は口にする。篠崎を真似るようにベッドに倒れこみ、その言葉に賛同する。
「だな。もう少し着込んでくりゃ良かったとは思った」
「それな。まあ、向こうは暖かかったから、こっちに合わせたんじゃ汗ばんでただろうし、難しいよな」
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