ポッキーゲーム
吹き抜けていく風が季節の変化を教えるように寒さを運んできている秋のある日のことだ。冬を感じるような肌を切るような冷たい風が頬を撫でていったところで、隣から、コンビニ寄ってかない? と声をかけられた。頷きながら店内に入れば、お菓子棚の方へと芽衣の足は一直線。
「壮太、今日はなんの日だと思う?」
「えっ? ごめん、なんかあったっけ?」
棚に並ぶお菓子に視線を向けていた芽衣は、何かを思い出したのか、そんなことを聞いてきた。だが、申し訳ないことに思い当たる節がない。記念日かなと思ってもみたが、それも今日ではない気がする。
「えっと、別に私たちの記念日とかじゃないよ」
「そうだよな……。分からん。なんの日なんだ?」
降参だと言う代わりに両手を軽く上げて見せると、ふふふと笑いながら背中に隠していたポップを見せてくる。
「ポッキー&プリッツの日らしいよ! というわけでポッキーゲームを」
「単純すぎない? いや、まあ、いいけど」
「えっ、いいの?」
「ダメっていう理由もないからな。あとはなんか買うものある?」
芽衣から箱を受け取って、そのまま飲み物なんかも一緒に買って、外へ出る。夜のとばりが下りて空が碧くなる前のほんのひと時。空は紅葉よりも赤く染まっていた。
「壮太ってポッキーゲーム知ってたんだね」
「えっ、ああ。ポッキーゲームってアレだろ? ポッキーでチャンバラするやつ。相手のポッキーを折った方が勝ちっていう……」
俺の言葉に吹き出しそうになるのをグッとこらえる芽衣。だがそれでも、こらえきれずに吹き出してしまった。篠崎に聞いたのだが、どうやらヤツは適当なことを言ってたらしい。
なんとも言い難い表情が眩しすぎるくらいの夕焼けに照らし出されるのがいやで、顔ごとそむける。
「ご、ごめんって」
「いや、別にいいんだけどさ。じゃあ、芽衣のいうポッキーゲームってなんなの?」
「それは、えっと……」
言い淀む芽衣の顔は、夕日に照らされているからなんて言葉じゃごまかせないほどに赤く染まっている。それが恥ずかしさからなのは分かるが、こうも真っ赤になるのも珍しい。
「ちょっと、芽衣さんや、一体なにさせるつもりだったの?」
恐る恐るという言葉が似合うように尋ねてみれば、耳まで真っ赤にしたまま、小さな声で説明を始めた。
「……ポッキーを、その、両端から食べてくの。で、先に口を離した方が負けっていうゲーム」
「それ、両方離さなかったらアレじゃん。いや、いいけどさ」
「……いいの?」
ちょっと恥ずかしいけど、まあ、と頷いたところで、我が家が見えてきた。
「祐奈もいるだろうから、あとでな」
「分かった」
夕飯を食べ終わると、宿題が終わっていないだとかで祐奈が部屋に戻っていった。食後のリビングには泊っていく芽衣と二人で残される。
「えっと、その、する?」
うるさい位の静寂が支配していたリビングで、手元にポッキーの箱がなければ、お誘いのようにも聞こえる言葉を口にする芽衣。思わず紅茶を噴き出しそうになったが、その自覚はないようで、お腹いっぱいだった? などと吞気に言葉を続けだした。
「いや、平気だ」
俺が頷けば、手早く箱を開けた芽衣は器用にもチョコの部分にふれずにクッキー部分を咥えてこちらに振り向いてくる。
ポッキーを咥えているとはいえ、キスを待っているような顔に思わず笑みがこぼれてしまう。そうして少しの悪戯心に任せてチョコの部分を咥えることなく眺めていると、器用にもポッキーを咥えたまま、早くしてよ、と言い出す芽衣。
小さく頷いて、少しずつ食べ進めていく。少しずつ近づいていく芽衣との距離。ゲームの勝敗はつかないんだろうなと思いながらも、唇にやってくるであろう感触に備えて目を閉じれば、ポキッと乾いた音が耳に届いた。目を開けてみれば、あと数センチで触れてしまいそうな芽衣の顔。そして、その間に見える折れたポッキー。
「えっと、今のはどっちの勝ちになるんだ?」
「ごめん、見てなかった」
「マジかよ……。もう一回するか?」
「うん」
芽衣が頷いたのを確認して今度は俺がチョコのかかっていない方を咥える。芽衣との距離は先ほどよりも離れているが、やはり近い。きめ細かな肌や長いまつげ、俺の顔を移している大きな瞳。綺麗な髪を軽くひと撫でしてから、先ほどお預けをくらった分も楽しむために、先ほどよりもいくらか早いペースで食べ進めていく。
そして、間もなくといったところでまた乾いた音。見れば少し顔を赤らめて、目を逸らす彼女。
「ちょっと、芽衣さん?」
「いや、なんか恥ずかしくなっちゃって」
「言い出したのはそっちなんだよなぁ……」
「ごめんって」
謝る芽衣にまあいいけど、とポッキーを差し出せば、持ち手の部分を少し揺らしながら黙々と食べ始めた。餌付けをしているみたいな気分だが、それよりも気になることが一つ。先ほどまでのせいかチョコのついていない部分は、咥えようと思えば咥えられるように、こちらの方を向いている。
すっかり油断している芽衣の柔らかな頬を両の手で軽く押さえて、クッキー部分を咥えて大きく二口食べ進める。なにが起きたか分かっていない芽衣の唇をそのまま奪ってしまう。
「芽衣さん、良かったら一緒にお風呂入りま――」
唇を奪われた芽衣と、リビングの扉を開けて呑気に声をかけてきた祐奈がそろって固まる。ついでに俺も固まっているが。
「お兄ちゃん、一応祐奈もいるから、リビングではやめてよ……」
「ああ、ごめん」
真っ先にこちらに戻ってきた祐奈の言葉に頷けば、ようやく芽衣も戻ってくる。
「……えっと、お風呂だっけ? いいよ」
祐奈としては頷かれても困るだろうに、いたたまれなくなって逃げたかったらしい芽衣が頷いたことで、この場はお開きとなってしまった。
普段は芽衣にやられてばかりだから、たまには、とやってみたのだが、これはこれで、と思ってしまったのは心の内にとどめておいた方が良さそうだ。
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