指先であっても気付けるのは――
定期試験を翌週に控えたある休日。
勉強といえば互いの部屋でばかりしていたので、気分転換のためにやって来た喫茶店。店内には同じ目的でやってきたであろう学生の姿がチラホラと見られる。彼らを横目に見ながら、空いている席を探す。
「あれ? 雨音に廣瀬さん?」
聞き覚えのある声に振り返れば、友人であり、去年のクラスメイトでもある篠崎に若宮さん、そしてあーしさんの姿。
「みんな揃ってどうしたの?」
「勉強会だよ、もうすぐ試験あるし。芽衣ちゃんと雨音くんも一緒にやる?」
「だってさ、壮太。どうする?」
「まあ、開いてる席はだいたい一人席っぽいし、お言葉に甘えようぜ」
俺がそう返せば、じゃあ、二人は飲み物買ってきなよと更に返ってくる。その言葉にうなずいて、一旦席を後にする。
飲み物片手に戻ってくれば、篠崎の隣にいたはずの若宮さんが移動しており、篠崎にこっちだ、と手を引かれる。芽衣の隣に座れたほうが都合が良かったのだが、男女で分かれると言うなら、仕方ない。
「よっしゃ教師ゲット」
「いや、教師ってお前……。試験範囲一緒なのか?」
「え?」
文系クラスと比べれば、毎日1、2時間長く、土曜日まで返上して授業を受けている特進クラスの試験範囲が同じだと思っていたらしい。
篠崎たちが今やっている範囲はこの間の中間試験での出題範囲がほとんどだ。
「こっちも結構カツカツだから、違うところはそんなに見たくないんだけど」
「え?」
先程の反応を再生したかのように、声をこぼした篠崎。驚いたのは、俺がカツカツだと口にしたからなのか、見放されかけたからなのかは定かではない。
ため息一つと共にノートを前回の試験に向けてまとめたノートを投げつけて、教科書をひろげる。
神様、仏様、雨音様などと言いながらノートを読み始めた篠崎の言葉に適当に返していると、向かいから少し気になる会話が聞こえてきた。
「芽衣はついてけてるん?」
「まあ、一応?」
「それなら良かったし」
「毎日復習してやっとだけどね」
「それができてるなら心配ないっしょ」
あーしさんの言葉に、心の内で頷きながらペンを走らせる。
「壮太、ここなんだけどさ」
「あー、その問題か。そこはだな――」
ルーズリーフに解法を書きながら説明を付け加えていく。うんうん、と頷きながら、自分のノートに書きこんでいく芽衣の手を見ていると、爪が光を反射して光ったように見える。
「今日は青なんだな。グラデーションとラメが夏っぽくていい感じだ」
一通りの解説を終えたところで、爪にふれると芽衣はいつにもましてご機嫌な声で、そうでしょ! とこだわったポイントを語ってくれる。それに耳を傾けていると、その様子を見ていたあーしさんが声をかけてきた。
「雨音ってネイル嫌じゃないの?」
「えっ、なんで?」
「男子ってあんまりそういうの好きじゃないじゃん?」
「そうなのか?」
大きな主語でくくられてしまった気がするが、実際にはどうなんだろうか。個人的には嫌ではないし、むしろ良いとさえ思っているのだが。
篠崎も似たような意見だろうし、いまいちピンとこないでいると、芽衣が小声でそっと、あんまり受けは良くないみたいだよ……と呟く。
「あーしのは気付かないこともあるし、気づいても反応は微妙なんだけど、雨音はさらっと褒めるよね」
確かに、言われてみればそうかも、とあーしさんの言葉に芽衣が重ねて、さらに言葉を続ける。
「祐奈ちゃんの英才教育のおかげ?」
「英才教育って……。いや、まあ、祐奈から色々と言われはしたけど、基本は思ったことを言ってるだけなんだけど」
「本当は?」
俺の言葉に納得いかなかったのか、尋ねてくるあーしさんに、少し照れ臭いが言葉にする理由を告げることにしよう。
「彼女が指先までおしゃれしてくれてるんだし、それのセンスいいんだから褒めるだろ」
「最近はデートの時とか、言わないでも気付いて褒めてくれるよね」
芽衣が付け足したことで、納得してくれたのか、なにしたらそうなるんだし、と少し不機嫌そうな言葉が芽衣の方へと飛んでいく。或いはその言葉はここにはいない彼氏をどうにかするための問いなのかもしれないが。
「何って、特別なことはしてないよ」
「あぁ、俺はなにもされてないな。ただ、デートの時のオシャレって俺のためみたいな部分もあると思うんだけど、それで指先まで気にしてくれてるんだったら、気付かない方が失礼だと思ってるだけだ。改めて言葉にするとなんというか、ちょっと恥ずかしいけど」
先ほど芽衣がしてくれたように、俺も付け足して、ついでに理由まで述べてみれば、手を動かしていた若宮さんと篠崎までもが手を止めてこちらを見ている。
「ちゃんと考えてるんだ」
「まあ、一応」
「芽衣ちゃん幸せ者じゃん。和也君も見習ってよね」
「まあ、頑張ります。自然にその発想に至る雨音のレベルをいきなりは期待しないでいただきたいけど」
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