クリスマスの一幕
共通テストから始まる大学入試までも残すところ僅か。
日めくりカレンダーは購入時のような厚みを失って、残っているのはあと八枚だ。
「そろそろ切り上げるか」
「えっ? もうそんな時間?」
「ああ、もう六時過ぎだ」
そっかと頷いてコートを羽織り始めた芽衣を横目に、俺も外へ出る準備に取り掛かる。
今日も変わらず受験生らしく我が家で勉強に励んでいたのだが、今日は一応クリスマスだ。受験生にクリスマスや正月といった年末年始の楽しみがあるのかといわれれば微妙なところだろうが、多少の息抜きは必要だろう。模試の結果は問題ない訳だし、廣瀬家主催のクリスマスパーティの招待状が手元にあるのだ。
白いダッフルコートに身を包んだ芽衣と共に家を出てみれば、炬燵の温もりを享受しながら勉強していた俺たちには冷たすぎるくらいの北風が吹き付けてくる。
「「寒っ」」
思わず声をこぼしたのは俺だけじゃなかったようだ。廣瀬家まで休憩もなしにこの寒さの中を歩くのは無理そうだし、暖かい飲み物か軽食でも買い食いしながらになりそうだ。
「去年は雪だったけど、今年はさすがに降らないっぽいね」
「残念な気もするが助かるな」
「炬燵で勉強してばっかりの私達にはちょっと堪えそうだもんね」
「ちょっとじゃなくて、かなりじゃないか?」
答えながら取った右手は、まだ十分と歩いていないというのに冷たくて、触れた薬指のリングはこちらの熱を持っていこうとしている。
「コンビニ、寄ってくか」
「だねー。さすがにちょっと温かい飲み物でも買って手とか温めたいし」
駅前まではあと少しだし、そこからはバスも使えるのだが、そこまで耐えられそうにもない。それに、都合よくあるコンビニも良くないだろう。いや、どこにでもあって便利だからコンビニなんだろうが……。
* * *
コンビニであんまんと缶コーヒーを買って外に出れば、店内はこれでもかというほどに暖房が効いていたということもあって、より一層寒く感じられる。これは一刻も早く暖かいものを食べる必要がありそうだ。
レジ袋からあんまんを取り出して半分に割れば、断面から覗く餡子がこれでもかと湯気を出していて、その熱さを教えている。
「クリスマスなのにあんまん頬張るなんて思わなかったよ」
「チキンは用意してくれてるらしいし、勉強した後は甘いものが欲しくなるからな」
「それもそうだね」
片方を芽衣に渡して、あんまんに噛り付く。いつもと味は変わらないのだろうが、より美味しく感じるのはこの寒さのおかげか。隣で食べる芽衣も顔をほころばせながら、この甘さを味わっている。
「相変わらず美味しそうに食べるな」
「そういう壮太だって、あんこまでつけちゃって」
そう言った芽衣は、人差し指で軽く俺の頬を撫でて、手に付いた餡子をパクリと口へ。それから、うん、甘くて美味しい、なんて溢す。食べてるものは同じなんだけどなぁ……なんて溢したくなるのをグッとこらえて、代わりにもっとくだらないことを口にする。
「あんまんは噛り付いてこそって気がするじゃん」
「最初に分けるために割ってるじゃん」
「まあ、それはそうなんだけど。それはノーカンってことで」
「なにそれ。まあ、また餡子付けてたら、私がさっきみたいに取ってあげるからいいけど」
いつだってね、なんて可愛らしく微笑みながら言われると、こちらの方が照れてくる。それは、あんまんを食べるときはいつも隣にいてくれるということだろうか。まあ、芽衣の隣を手放す気はないから、結果的にはそうなるのかもしれないけど。
「あっ、見てイルミネーション」
俺の心の内なんて知らないかのように、また弾んだ声が耳に届く。その声に引き戻されるように、芽衣の指さす方へと視線を向ければ、眩しいくらいのイルミネーションが確かに街を彩っていた。よく見れば去年よりも光の道の距離は長くなっているような気がする。
「去年よりも豪華になってる気がするな。綺麗だ」
「うん、綺麗だね。また一緒に見れて嬉しい」
「またって、これから先も多分ずっと一緒に見ることになるんじゃねぇの? まあ、ここのを見続けることになるかは分かんないけど」
先ほどまで振り回されていたからか、そんな歯の浮くようなセリフがこぼれてしまったが、まあ、これは聖なる夜の魔力のせいにしておこう。
隣にいる芽衣の顔でも確認してやろうと思ったが、あんまんを食べたばかりだというのに、腹の虫が鳴ってそれどころではなくなった。それに合わせて芽衣の携帯も鳴ったが、誤魔化しきれてはいないようだ。
「ママが、もう準備出来てるから早く来て、だってさ。壮太のお腹も我慢できないみたいだし、行こっか」
「ああ、行くか」
次のクリスマスはどこのイルミネーションを見ることになるのだろうか。そんなことを考えるよりも前に、ちびっ子たちが待つパーティのことでも考えようか。
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