第四章 カウントダウン
七月二十一日 一方的なシンパシー
終業式を終えての帰り道を
一方の文芸部はというと、夏休みに何度か出るくらいの連絡事項のみ。もっともそれはそれで好都合ではある。
これから迎える夏休みの計画は着々と進んでいる。既に各方面には了承を得ていることもあり、目下の不安要素はイレギュラー対応のみといったところだろう。
もしもの時にはルナの力も借りつつできるだけ落ち着いた行動を心がけよう。
「まひろん、何かいいことあった?」
隣からの不意な声に思わず呼吸と瞬きを忘れ、何よりも心臓が大きく一つ跳ねた。
恐る恐る顔を向けると、灰色がかった瞳はじいっと僕を見つめていた。
「えっ!? ど、どうしてそう思うの……かな?」
急いで立て直そうとするけれど、かなり挙動不審になってしまった感じは拭えない。
「知りたい?」
「う、うんそりゃあまあ」
「本当に?」
僕は大げさに首を縦に二度振る。
「今までで一番、晴れたような
僕の見せただろう動揺には一切触れる様子もなく、いつもと同じように
彼女の言葉に確かにはっとした。してしまったけれど、
「そうかな?」
僕はこの一言を返すことしかできない。
誰にも――実際には一人? いるにはいるのだが――打ち明けられず押し殺していたはずの感情は、気付かない間に出てしまっていたのかもしれない。
そうした変化を察知してもらえていた。いや、これは単なる世間話の類であって僕の考えすぎに違いない。
けれど、なんだか表面の「私」だけではなく内側の「僕」を見ていてくれているような、そんな気だけがして、そうであって欲しくて、勝手に心の真ん中あたりが熱くなっていく。
落ち着こう、これはただの世間話に過ぎないのだから。
深い呼吸をすると脳と肺に酸素が行き渡っていくのを感じる。
遠くから聞こえる誰かの話す声やセミの鳴き声とともに、見慣れた景色はゆっくりと流れ続ける。
しばらく無言の間が空いて、立ち止まった
もし仮に
――今ここで本当のことが言えたらどんなに楽だろう。
交差点の信号が赤から青に変わり、辺りは動きを取り戻そうとしている。
これから発する言葉の真意が伝わるはずはない。はずがない。どうあってもありえない話なのだ。
けれど、この気持ちに嘘やごまかしなどは一切ない。だからこそ真っ直ぐに伝えたい。
「あのね! まなちゃん、ありがとう」
再び間が空く。思わずごくりと喉が鳴ったのがわかった。
どくんどくんと、僕は彼女の反応をうかがってしまっている。
それとほぼ同時に止まっていた時がようやく動き出して、ざわついた空気をすぐ間近に感じ取ることができる。
「……ん」
隣で一歩目を踏み出す、いつもと変わらず掴みどころのない彼女はわずかに小さく頷いた。
***
「ただいま」
帰宅するとすぐにベッドへと飛び込んだ。スマホのロック画面を解除して、メッセージを確認する。
【日曜は大丈夫だよ。でも本当に二人で……? 誰か呼ばなくていいの?】
【いいっていいって。じゃあ十時にね!】
「よしっと」
勢い良く立ち上がりスマホをベッドに放り投げる。着替えるべく制服の上着を脱ごうとしていると声が聞こえてきた。
「ねえねえ、今の誰から? あ、もしかしてカレシとかいうやつ~?」
「違うよルナ。アイツからメッセージが来てただけ」
「あー、
「うん」
買って間もないキャミワンピースに袖を通す。
高村さん達の協力のお陰で最近は可愛い服というのもわかってきた。そこで思い切って今年流行の青色を取り入れてみたのだが、透き通るような涼しげな色合いはこれからの季節にはぴったりだと思う。
「まひろがそういうつもりじゃなくてもさ、向こうからしたらかわいーい女の子が、それも二人きりで遊ぼうって誘ってきてくれてるわけだよね? 変に勘違いされたりとかはあるんじゃないの~?」
「そうかもしれないけど、アイツに限ってそんなことないはずだし……」
少し考えているとルナが手を引っ張ってきていた。
「――聞いてる? もうまひろはまひろであって、
「それって
元の関係でなくなった僕らがこの先どうなっていくのかはわからない。けれど、警戒のような態度を親友に取るのはどうしても考えられそうになかった。
「まあルナからしたらそういう展開になったらなったで、面白そうだからいっか~! あ、その時はまた報告してね!」
ルナは言い放つとにこにこと満面の笑みを浮かべている。
彼女は天使のように見える悪魔なのかもしれない。
「まったく、馬鹿言わないでよ。じゃあちょっと出掛けてくるからね」
振り向きざまにそう告げて、もはや日課となりつつある春日家へと足を運ぶのだった。
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