六月二十一日 作戦決行!②

「ふう、なんとか上手くいった? みたいだね」

「ね。どうなることかと思ったけど、よかった」

 先を行く二人を見届けながら頷く。

「やっぱり、冬月さんが何か働きかけたおかげ?」

「うーん……そういうのじゃないよ。まなちゃんの気持ちが、ちょっとだけ変わったんだと思う」


「そっか。それにしても――あの作戦さ」

 もし石動いするぎさんに「このまま、まひろんと組む」と言われたら。

 まず和輝が腹痛を訴えて僕に肩を貸すように頼んで、トイレへと消える。その際に「すぐ戻るから先に行ってて」と、先行を促すという作戦とも言いがたいものがあるにはあったのだ。

 でもそれは今考えるとあまりにも――


「やっぱり、おかしいよねぇ。おれにそこまでの演技ができるとは思えないし」

 和輝はくすくすと笑う。

「でもちょっと見てみたかったな。和輝君の迫真のお腹いたい!」

「え。えー……冬月さん何気にひどくない?」

 その顔を見て彼と同じように笑うのだった。


 午前中と同じように、今度は和輝と後を追う形でこの時間を楽しむとしよう。

 なんてお気楽気分だったのは束の間、前の二人はホラーアトラクションへと入っていくようだ。確かここのはかなり怖いと聞いている。


「和輝君。ああいうのってへ、い、き?」

「も、もちろん……。任せてよ」

 すごく苦手だったはずなのに、彼はどうして見栄を張っているのだろう。まあ、かくいう僕もあまり得意ではないのだけれど。

 深呼吸を繰り返し、意を決してアトラクション内へ入る。

 そこは一面の暗闇だ。思わず彼の服の袖に掴まるようにして、半歩ほど後ろから着いていく。

 そうしていくつか怖がらせるようなポイントはあったものの、段々と大した事はないのかもしれないという安心感が互いに芽生えつつあった。


「冬月さん、大丈夫だからねー……」

「そうだよねー……」


 それでも先を行く和輝の歩みは満身創痍まんしんそういといった感じがあり、お世辞にも速いとは言えない。

 まるで牛のようにゆったりと歩いていると、正面には井戸のようなものが見えてきた。数分振りに、どくんどくんと心臓が早鐘はやがねを打ちはじめる。


「こ、これ! 絶対中にいるよね、ね?」

「うううん、いると思う。あそうだ走っていけば気付かれないかも!」

「え、ちょっと待ってよー!」

 あまりの急発進に僕は置いていかれそうになるものの喰らいつく。

 そのスピードのまま恐る恐る通り過ぎる。けれど井戸はフェイクだったのだろうか、そこからは何も出てはこなかった。


「なんだ!」

「ふー、よかったぁ」

 先にはもう明かりが見えてきている。

 終わりもすぐそこという安堵の気持ちが溢れ出てきていた。

 直後、背後からひんやりとした何かに肩を叩かれ――


「「うわああああああ!!」」

 叫ぶと同時に強く手を引かれ、出口まで一直線に駆け抜けていくのだった。



「ぷくく……。お前らものすごい声やったな? こんなことなら録音しとけばよかったわ」

「二人とも、怖がりさん?」

 膝に手を当て、息を切らせている僕らに隼人はやと君と石動さんが声を掛けてきた。彼の方は鼻につくような余裕の笑みを浮かべている。


「ま、まなちゃん達は怖くなかったの……?」

「「全然」」

 腕組みをし互いに目配せをした、彼らは憎たらしいほどに勝ち誇っていた。


 午前中と同じジェットコースターに再び乗ったり、空中ブランコや立体迷路、合間に休憩と称してソフトクリームなどを食べながら話しているともう夕方が近い。

 隼人君の方もなんとなくだけれど、石動さんと打ち解けつつあるような雰囲気が見て取れる。

 そろそろ最後になるだろう予定の時間だ。ルートに関しては隼人君任せだったけれど、ここだけは自分の意見を聞いてもらった。


 彼らに先に乗ってもらうと、続けて来たゴンドラに和輝と入り向かい合って座る。

 ぐらぐらと動き出すとゆっくり頂上付近にまで到達。豆粒のようになった人達とこの近辺を行き交い流れる車、視線を上げると赤く染まりつつある遠くの景色がよく見える。


「あいつ上手くやってるかな……」

 と、和輝は不安そうに小さく呟いた。

「大丈夫だって、信じようよ。もしね……ダメならダメで三人でカラオケとか行こ?」

「うん……そうだね」


 何を話そうか。そう考えていると間が空いて、ちょうどゴンドラは降下に入ったところだった。


「ねえ、和輝君」

 じいっと窓の外を見ていた彼は、「うん?」と返事をするとこちらを向いた。

「今度遊びに行こうよ。君はゲームセンターとか行く人?」

「普通に行くよ。あ、でもそれって二人でってこと……?」

「そうだよー!」


 形は変わっても親友関係でいたかった。彼はそれをきっとわかってくれるはず。


「うん、まあ……冬月さんが大丈夫ならいいんだけど」

「そっか! じゃあその時は連絡するよ」


***


「それでどうだった?」


 現地解散になった後、石動さんとは別れて三人電車の中にいる。正面の窓から見えた景色は薄暗くなってきていた。


「できるだけ冷静に気持ちは伝えた。けど……返事はすぐにできないって言われたわ。これダメやったんかな?」

 隣の隼人君は微妙な面持ちでスマホを見ながら答えた。


「石動さんは君のこと嫌ってるわけじゃない。それは前に言ったよね? でね、少しでも仲良くなってみたいってさっき言ってた」

 僕はそう即答する。

「だったらまだ終ってないんじゃない? 少なくとも今、悲観的になっちゃダメだろ」

 和輝もすぐにフォローに回ってくれた。


「そうか。これ、交換してもらえたのは……まだアリってことか?」

 石動さんの連絡先。

 隼人君はスマホの画面をこちらに、続けて和輝の方にも向けて見せる。


「それは、これからの君次第じゃないかな。私としては引き続き協力は惜しまないつもりだよ」

「同じくだけど。隼人さ……お前変に突っ走るなよ?」

「わ、わかってるわ! わかってる……」



 改札を抜けてそれぞれが帰路に着こうとしていたところで、隼人君が急に足を止めた。


「冬月、和輝。ほんまありがとうな。俺今日のこと、絶対忘れられへんと思うわ」

「礼なんてお前らしくもねーんだよ! 明日は雨か? 豪雨か?」

「おまっ、人がせっかく真面目に……!」


「私も、忘れないよ」

 二人が楽しそうに笑い合うのを見ながら、小さく声を響かせた。

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