六月二十一日 作戦決行!①
「なんだか最近さ~」
「うん?」
「まひろ、すっごく楽しそう!」
「え、そうかな?」
休日の朝、支度をしていた僕にルナは「うん!」と微笑んだ。その表情は
気付けば僕は、彼女の透き通るようなエメラルド色の瞳に釘付けになっていたのだ。
その一方で、もしも彼女がいなかったらと思うとぞっとする。
「あれ……どうしたの~?」
「何でもない! じゃあ行ってくるね。おやすみ、ルナ」
「はーい、がんばってね~……」
駅のホーム。待ち合わせの場所へ向かうべく乗車し、椅子には腰掛けずゆっくりと閉じていくドアを見つめる。
ほどなくして車内は揺れ始める。
あれだけの大見得をきった。背中を勢い良く突き飛ばすようなまねをした。実際どういう結果になるのかなんて分からないくせに。それでももう、今日という日はこの電車のように動き出してしまったんだ。後戻りはできない。
車窓を足早に流れていく景色を眺めながら、そればかりを考えていた。
「冬月さん!」
改札を抜けると向かい側から声がした。その人物はこちらに小さく手を振っている。
「
現在時刻は集合時間の二十分以上も前だ。
「なんだか自分のことみたいに緊張しちゃって。あはは……」
「あー、でもわかる気がする。ちょっと時間あるし……そこで何か飲んでく?」
と、僕は近くのドーナツ屋を指差して言った。
「悩みごと?」
それぞれテーブルにつき、
「どうして、
彼がそう思うのももっともだ。
僕はカフェオレのカップから口を離し、
「困ってる人を放っておけなかった……から? あの時、ほら。和輝君だってそうだったじゃない。見ず知らずの私のためにさ」
「あ、ああ……うん」
それを思い出していたのか、彼は少し苦い表情を浮かべる。
「あのね! 何となくだけど私達はさ、きっと似てるんじゃないかなって思うの」
「似てる……?」
「誰かを助けたい。力になりたい。後悔したくない。そういうところ! 君は違うかな?」
「ううん――そうかもしれない」
伏し目がちだった和輝とようやく目が合う。
そして彼はこう続ける。
「冬月さん、今日は頑張ろう!」
和輝はグーの手をこちらに軽く突き出した。
「うん!」
同じように僕もこつんと拳を合わせて、それを誓った。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
店を出ると待ち合わせ場所に再び戻る。
「まひろん、いた」
「いする……まなちゃん!」
僕を見つけた様子の
「うん?」
「まひろん。私服もかわいい」
「やだなぁ、そっちだってー」
ぎゅっと彼女から腕に抱きつかれ、相変わらずの距離感の近さを実感する。
「……よう」
そこから少し離れたところに隼人君が立っているのがわかった。表情は硬く明らかに緊張している。
「もしかして隼人、あんまり寝てないんじゃない?」
「まあ……」
それ以上は聞こえなかったけれど、隼人君と和輝は何か話をしている。
「ねえまひろん」
「なに?」
「この四人じゃないとダメ? ボク、今日はまひろんとだけで遊びたい」
恨めしそうに覗き込んできた石動さんからは、ただ不満だということがありありとわかる。
「まあそう言わずにー」
「あの隼人の友達? 知らない。知らない人怖い」
「怖くないよー。むしろいい人! 私が保証する!」
そう言うと彼女の表情が少し和らいだ。いっそ丸め込んでみる? 今日はすべて石動さん次第なところもあるわけだし。
「みんな、そろそろ行こう!」
と、全員に向けて声を掛けて改札前をあとにする。
***
「イヤ。ボクはまひろんと一緒に遊ぶ」
「え、ええ~……」
テーマパークに到着して間もなくのことだ。
まず、「男女ペアで周ってみよ?」と提案してみた。つまり、石動さんは隼人君と。僕は和輝といった具合に。
けれどそれが気に食わなかったらしい石動さんは、断固として首を縦に振らない。
困り果てた僕は「ちょっとトイレ!」などと言って彼女から離れる。そして和輝にだけにメッセージを送信するのだ。
『石動さんが嫌がってるみたい』
と送る。
『そっかぁ。でも、無理にってのはあんまりよくないかもしれないね。最悪怒らせちゃう場合も……』
『そうだよね。とりあえず午前はこのままで行こうと思う。で、勝負は』
『午後で巻き返す、だね!』
和輝からのメッセージに大きく頷く。
こういうノリが、私が僕だった頃のことを思い出させるようで嬉しかった。
「おまたせ。じゃあ午前は女同士、男同士で組むことにしよっか。午後はまた入れ替えもあるからね。それでいいかな?」
一緒なのがわかった途端、上機嫌な様子で石動さんが手を繋いでくる。何だか妹のような、仮にいたとしたらこういう子は可愛いだろうなと思う。
午前中は色々忘れて楽しんでもいいかもしれない。
『こっちでルートは大体抑えてあるから、はぐれんように着いてきてくれ。もし、まながふらふらと寄り道し始めたらすぐに呼んでくれや』
と隼人君からはメッセージが届いている。
なので男性陣に先行してもらう形で、お互いに話の聞こえない程度の距離を取りながら進んでいくことにしよう。
「見て。まひろんとデートの舞い」
手を離した彼女は、まるで踊るように僕の周囲をくるくると回っている。
「あははー。うーん。でも、女の子同士ってデートになるのかな?」
「なるなる」
話していると前の二人がジェットコースターへと向かっていった。いきなりそれとは攻めるなぁと思いながら、なんだか楽しくなりそうな予感がするのは確かだ。
「あれに乗るみたいだね。ああいうのって苦手だったりしない?」
「全然。むしろスキ。いこ」
「まあまあ、そんなに慌てないでいいよ。って力強……!」
石動さんにぐいぐい手を引っ張られて乗り場まで向かうのだった。
「ひゃー、楽しーねー!」
「まひろんて、大人しいかと、思ってた」
「あ、うるさかったらごめんね……。もしかして引いた?」
「違うの。そっちのほうが全然スキ」
こうして僕達は、ジェットコースターを初めとしていくつかアトラクションを回った。
「ふうー。まなちゃん、少し休む?」
「あれ、いいな」
そう言うと石動さんは、ふらふらとティーカップの方へ吸い込まれていく。
男性陣は近くのベンチに腰掛けていた。二人とも頷いている。行ってこいということなのかもしれない。
石動さんに着いていき、向かい合って座るとすぐにカップはゆっくりと動き出した。視線は合わせたまま。彼女は何か言いたげな様子に思えた。
「まなちゃん、どうかした?」
「前に隼人の話したよね」
「うん。どう接していいのかわからないって、その時言ってた」
「どうしたら――」
言い掛けて彼女はハンドルを二、三回回した。周りの風景が少しだけ早く流れていく。その時ちょうど隼人君と和輝の姿が映りこんで、小さく手を振っているのがわかった。
「どうしたら?」
「今より少し仲良くなれるかな」
彼女は初めて目を逸らした。
「だったら。これまでよりちょっとだけ近くにいてみたら? それで何かわかることもあるよ、きっと」
「そういうものかな」
再びじっと真剣な眼差しを向けてくる。
「そういうものだよ!」
笑顔で答えると僕は力強くハンドルを回した。
***
同じテーブルでのお昼を終えて、午後の組み合わせを決める時が来た。
いくつかパターンを用意しておいた。石動さんがどう動くかはわからないけれど、抜かりはないはず。
「ボク、午後は……隼人と回ってみたい。いい?」
彼女は確かにそう言った。
「いいんじゃないかな。じゃ、おれは冬月さんと行くね」
と、和輝が即座に了承してみせる。
「そこまで言うならしゃあないな」
言葉とは正反対に隼人君の表情は紅く染まっていた。
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