五月二十五日
「ねえ、アズちゃん。ちょっと相談なんだけど……」
「あ、もしかして恋わずらいみたいなことかな?」
「えっ……!?」
「待ってました、まひろちゃんの恋愛相談……! 大丈夫。アヤカには絶対言わないから。あの子は特にお喋りだからね。でも安心して、まひろちゃんと私だけのここだけの秘密にしておくからね!」
日曜夕方頃のハンバーガーショップで二人、向かい合い座って話を切り出したところ、高村さんは目を大きく見開き身を乗り出した。
「え、いや。違うけどね?」
「そういうのいいからいいから。言ってみてよ」
女の子というのはここまで恋愛話に興味を持つ物なのか。ましてや
「えーっと、これは友達の話なんだけど……」
「お友達ね、お友達。それでそれで?」
どことなく含ませたように聞こえる口調が、気になると言えば気になる。
「ある人がね、友達のことを好きみたいでね。でもその友達はその人にあんまり興味がないみたいなんだ」
「うんうん」
「それでどうにかしてあげられないかなって思ってて」
彼女はコーラの入った紙カップのストローを指先で
「そのお友達って興味はないにしても、その人自体を嫌ってたりしてるわけじゃないのかな?」
一息にそう告げた。
「うん、だと思う」
「そっかー。だったら、もうちょっと仲良くなってもらうのがいいかも?」
「例えばどういう感じに?」
「そうだね。まずは一緒に過ごす時間を増やすとか、それが十分ならどこかに遊びに誘ってみるとか……? でもいきなり二人は難易度高そうだしなぁ、最初のうちは複数人でがいいかも」
それは僕じゃ思いつかなかっただろうアイデアだ。たった今新たなヒントを得たのは確かだ。
「なるほどー」
「頑張ってね……まひろちゃん!」
この間といいやっぱり勘違いされているみたいだ。でもここですべて話してしまうと余計に面倒なことになるかもしれない。今はこのままにしておこう。
「だから私の話じゃないんだってー!」
「あ……そうだったね。これからも私にできる事があったらなんでも相談して!」
彼女はくすくすと笑いながら小さなファイティングポーズを取った。
話が一段落したところで予期せぬ来訪者はやってくる。
「ようよう、お二人さん。私を差し置いて何の話をしているんだい?」
「「あ」」
手にしたトレー一杯のフライドポテトとともに彼女は現れたのだ。
「やっほー、香椎さん……」
まずいんじゃないかこの流れ。そう覚悟を決める。
「まひろちゃん」
言うとこちらと窓の外の交互に視線を移し、それを二、三度繰り返す。ここは退けということか?
「あ、やば。用事があったんだった。そろそろ……帰らなくちゃなー……」
わざとらしく呟いて高村さんの様子をうかがう。すると彼女は小さくウィンクをした。これはゴーサインと見るべきか。
すぐさま立ち上がり一階に繋がる階段へと逃走を図る。
「おっと、冬月さん。フリーーーズ! 取調べはこれからなんだぞっ! そこでしばし待てぇい!」
腕組みをしてそう
固まったまま視線を逸らせないでいると、
「まあまあまあまあ。美味しそうな揚げたてのポテトでも食べようよ?」
香椎さんがテーブルに置いたそれをトレーごと引き寄せて、高村さんはひょいひょいパクパクと物凄い勢いで食べ始めた。
「ちょーい、さすがに遠慮がなさすぎやしないか? いやそれ私のおやつ兼晩御飯なんだが……聞いてんのか。あれ!? もう半分もないんだけど……おい、その手を止めろよアズサ!」
香椎さんは高村さんのもとへ駆け寄ると彼女の両肩をつかみ、そのまま体を左右に揺らした。
子リスのように頬を膨らませるレアな高村さんの姿を脳裏に焼き付けながら、感謝をしつつこの場をあとにした。
そんな帰り道、また姉さんの家に行ってみようと思い立った。再会したあの時から元気にしているのかが気になっていたのだ。
(ルナ、ちょっと遅くなるかも)
(ほいほーい! あ、何か甘いもの食べたいな、食べたいな~?)
(わかったよ。じゃあ帰りにどこか寄って行くから!)
すでに日は落ちてきている。まあこの時間ならいるだろうという打算も込みだけど。
春日家の玄関前に立ってインターホンを一回押してみる。心臓がドキドキと速くなる、相変わらず半端のない緊張感だ。
「はい」
「あの、先日お伺いした冬月といいます。覚えてますか?」
「ええ、今開けるからね」
そう聞こえるとガチャリと開錠の音がした。
骨ばった手足、蒼白くこけた頬。姿を現した彼女は確実に痩せ細っていた。ダイエットをしていた時なんて比較にならないくらいに。
ずっと近くにいたからこそ、それはすぐにわかる。
「お姉さん、痩せました?」
「うぅん、そうでもないと思うけどな」
「ちゃんと食べてますか?」
「……大丈夫よ」
そう長くは言葉が続かなかった。こういう時、どうしたら元気づけることができるのか僕にはわからない。心配で戻ってきたことを伝えられればいいのに。
いや、そうしたところで信じて貰えるはずはないけど。
「冬月さん?」
「あっ」
「どうかしたの?」
姿は変わっても、心配そうに見つめる瞳は元気だったあの時のままだった。だったら僕も同じように心だけはそのままでありたい。
「家の中で待ってて下さい! すぐ戻りますから」
行きの途中にあったコンビニに戻るといくつか買い物をして、急いで姉さんのもとへと引き返す。
彼女はずっとここで待っていたのだろうか。ドアの前で膝を抱いて
「戻りました」
「あら、冬月さん。おかえりなさい」
「どうして外にいたんですか?」
「あ、ちょっと立ち上がれなくて……。手伝ってもらえるかな?」
彼女に肩を貸して家の中へ入る。使われた様子のない台所に、片づきすぎたその居間は生活感のない空間のように思えてならない。
「これ、色々買ってきましたから」
袋の中にはレトルトのおかゆと、ゼリー飲料がいくつか。そして、姉さんが好きだった栗ようかんとチョコレートが入っている。このくらいならきっと不自然じゃないはずだ。
それをテーブルにそっと置く。
「そこまでしてくれなくてもいいのに。冬月さん、レシート見せてくれる?」
言うと彼女は財布を取り出す。
「私が勝手にしたことですから、いいんです」
「でも……」
「元気を出して欲しくて。じゃあ、暗くなってきたのでこれで失礼します」
僕は返事を待たずに家から飛び出していく。
閉めた扉に背中を預けながら夜空を見つめて思った。
まだ終わってなんかいない。それだけは確信をし決意を新たにする。
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