五月十七日 

 数日前のできごと。


「おっはよ~」


 クラスの出会う人皆に、男女問わず声を掛けていく。中には一言も話した事のない人もいたりして、反応はそれぞれだけどまあ大体は好感触と言えるもの。

 ちょうどあの二人が話しているところに出くわすと、


「冬月さん今日は一段とキラキラしてんなぁおい!」

「まひろちゃん、何かいい事でもあったの?」

「え、別にないよ!」


 香椎さんの「いや、絶対あったろ」と見るからに言いたげな視線をすり抜け、1限目の準備を始めようと軽い足取りで自分の席へ向かう。

 すぐに目の前に立ちはだかったのはやっぱり香椎さんだ。バスケのディフェンスのような腰を落とした素早いガード。この子、普段はアレだけどやれば出来る。

 すかさずフェイントを掛けて抜き去ると背後から声が上がった。


「冬月、来月からキャプテンは任せた! 行け!」

「いや先輩だったんかいっ!」


 目配せをしてからのハイタッチを彼女と交わす。


「あれ、二人ってこんなに息ぴったりだったっけ……?」


 不思議そうに高村さんが僕たちを見ていた。


「アズちゃん。香椎さんって次の行動が目で読みやすいから。もうわかるよね?」

「なるほど」

「いやいや。4文字で即理解ってひどくね!?」


 とにかく誰にも暗いところを見せたくない気持ちが強くなっていった。ただから元気に見られているかもしれないけど、それはもうどうだっていい事だった。

 そしてお昼休みでのこと。


「男かね?」

「え、ウソ。そうなの?」

「え、え?」


「みなまで言わせないでくれたまえよ! 男ができたんだろう?」

「ね、まひろちゃん。その人ってどんな人なの……?」

「いや待って? なんでそうなるの……?」


 二人は目を合わせて笑うと


「いつもと明らかに様子が違うし、なあアズサ」

「うん。ねえねえ、私に一番に相談してくれればいつでもね!」

「だから違うんだってー!」


 そんな誤解が発生したりもした。


***


 最近は仲のいい二人以外とも普通に話をしたり、一緒に帰ったりするようにもなって交友関係が広がりつつある。


「やっほ。ちょいちょい、まひろん借りてイイ?」


 と、気さくに声を掛けてきたのは隣の席の石動いするぎまな。どうも読んでる本の趣味が合うようで話す機会が増えている。


「まひろは物じゃないぞ! どうしてもってぇなら、父親であるこのワシを倒していってからにせんかーい!」

「ごめんね、石動さん。これはほっといていいから」


 高村さんが香椎さんの頭を軽く小突く。

 その二人のいつものノリにクスクスと笑いながら、


「じゃあそうさせてもらうよ、父上」

「おう、達者でなー! いてぇ!」


 地鳴りのように大きな声を背に受けつつ、石動さんに手を引っ張られ教室を出た。


「お願い。文芸部に入ってくれよ、まひろんぐ」

「そんなポテロングみたいに言われても。そこって実際にどういう活動してるの?」

「大体は本読んで時間になったら帰る」

「それ帰宅部と変わらない気がするなぁ……」


 石動さんから視線を外して、窓の外を見つめてため息をつく。

 隣に並んでも背の低めな彼女は食い下がるように僕の右腕にしがみつくと、


「え、全然違う。部活帰りにファミレスとかいけるよ」

「バレたら面倒な事になるって」

「大丈夫、皆やってる、事だから」

「5、7、5風に言われても」


 悪いけど断ろうと思って彼女の方へ向き直る。


「ボクはもっとキミと仲良くなりたいんだよ。だめ?」


 と、これまでに見せた事のないような真剣な表情をしていた。


「それは構わないけど。部活かぁ……」

「とりあえずいこ」


 手を握られたまま文芸部の部室だという場所に連れられる。彼女はスキンシップが多めの子なのかもしれない。

 戸を開けると中は意外と広くてソファーなんかも備え付けられていた。


「おぉ、思ったより本多いね」

「でしょ。これほとんどボクが家から持ってきたの」

「う、うわぁ……これは新刊!」

「どうですかお客サン。いいイマスヨ。入リマスか、入リマセンか?」


 安住の地という言葉が真っ先に浮かぶ。何でも好きに読んでいいと誘われて欲望にあらがう事もできず、結局釣られてしまうのだった。

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