第二章 消え行くもの

五月七日 その一

 ゴールデンウィークでのあれを僕は払拭できないままでいる。

 告白されたのと同時に振られたような衝撃の出来事。

 ここ数日は、面白くもないテレビを見て壊れたおもちゃのように笑う振りばかりを繰り返していた。

 このままではいけないはずなのに、体がそれを嫌がってるみたいだ。

 ついにはその様子を見兼ねたらしくルナが「何も考えずに出かけてみたら」と提案してくれた。


「喰らえっ! 今こそ必殺の一撃――」

 そして僕は好きだった、「超甲合体シャイニングロボ」というロボットアニメでテレビ版では人気の高かったシリーズものを見ている。

 これはその劇場版なんだけど、やっぱりこれじゃない感が強い。

 まあこの業界では割とよくある事だし、そこまで期待はしてなかったからいいんだけど。


 空席の目立つ館内で真面目にスクリーンを見ている人は少ない。

 僕もついつい「このシーンの作画もあんまり良くないなぁ……」と、不満の呟きがこぼれてしまう。

 こういうのも一緒になって言い合ってたっけ。

 それだけでどんなつまらないものだって楽しかったはずなんだよな。


 スクリーンから流れるエンドロールを最後まで見つめる。すっかりガラ空きになったここで今になって思うのはそんな事ばかりだ。


「やっぱりいまいちだったな」


 それはシアターに面した、人通りの少ない帰り道のことだった。

 いかにもガラの悪そうな金髪の男がふらふらとこっちに近づいてくる。

 このまま行くと体が間違いなく接触する。そう思い進行方向を変えようとしたその矢先。


「ねえ君ちょっといいかな。今一人でしょ、遊ばない?」


 薄気味悪い作り笑顔を浮かべて、立ち止まったその男を無視して通り過ぎようとした。

 すると男は急に腕を掴んでくる。


「何ですか? やめてください」

「なんだよ、ちょっとくらいいいじゃん」

「痛い、やめて!」

「うるせえな、大声出すなよ。いいからこっち来いって!」


 男のその力は想像以上に強くて全然引き剥がせない。

 ……いつもだったらもっと軽々といくはずなのに。


「あのー」

「あ?」


 背後から「何か嫌がってませんか、その子?」と声を掛けてきたのは、かつての親友である和輝かずきだ。


「てめーには関係ねーだろ、行けよ」

「ねえ。この人、知り合いなんですか?」


 と、こっちに視線を預け尋ねてくる。

 僕は困ったふうに全力で首を左右に振った。


「あれ……違うって。それにその子嫌がってませんか?」

「ちっ、面倒くせぇな。正義のヒーローでも気取ろうってか?」

「いいえ? あんたみたいな人間が大嫌いなだけですよ」

「は? 何それ。てめぇさ、痛い目に遭いたいわけ?」


 それから。

 和輝は男にいいように殴る蹴るを繰り返されている。

 そもそもこいつは喧嘩のできるような奴なんかじゃない。

 それでも僕を庇うような動きを取って何度も立ち上がった。


「今、警察呼びましたから! 覚悟しろ……っ、して下さいね!」


 とっさにスマホを取り出して威嚇を始める。

 もう僕の力ではどうにもできない。じわりと目に浮かんだ悔しさとともに、さっさと行って欲しいと願いながら睨みつける。

 すると男は舌打ちをして足早に逃げていった。

 ――助かったのか?


「あの、だいじょぶ。大丈夫ですか?」

「いてて。あんまり大丈夫じゃないかも」


 そうやっておどけて笑うのは相変わらずだな。


「血が出てますね……これどうぞ」

「ありがとう。君は何ともない?」

「はい、おかげで助かりました」

「いったた。それは……よかった」


 簡単にでも手当てをしようと、彼に肩を貸しながら近くの公園に向かう。

 その痛々しい姿に僕の心は申し訳ない気持ちで押し潰されそうだ。

 ――身長、前は同じくらいだったよな。これじゃ支えになれてないかもしれない。


 ベンチに人ひとり分の間を空けて座る。これが今出来る精一杯の距離かもしれない。


「和輝君。助けてくれて本当にありがとう」

「いいってそんな。て言うかおれ、カッコ悪いところしか見せてないし。礼なんて」

「ううん、格好良かった! 君がいなかったら今頃どうなってたか……」

「そうかな……まあありがと?」


 近くで遊んでいた子供達も帰っていったのかここも少し静かになった。

 大体の手当てが終わると和輝は少し俯きながら、


「えっと冬月さん、だっけ」

「うん」

「うーん。ごめんね、すごく変な事言っちゃうけど」

「何?」


 じいっと僕の顔を覗き込みながらこう続ける。


「何かね、初めて会った気がしなくてさ。もしかして、どこかで」

「それはないと思うよ?」

「あー、やっぱそうだよね。何でこんな変な事言い出したんだろ? おかしいよね!」


 言って彼は自分の言葉を笑い飛ばすと、そのまま立ち上がった。

 このまま別れてしまえば次またいつ会えるかわからない。それだけは避けなければ。ここは不自然でもいいから、思い切って距離を詰めてみてもいいかもしれない。


「そろそろ帰るかな。手当てしてくれて助かったよ、ありがとう」

「あ! ちょっと待って」

「え?」


「私も変な事聞くんだけど……和輝君って春日祐かすがひろって人の事、知ってる?」

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