五月四日

 特に問題もなく四月が終わった。

 クラスにもすっかり馴染めているし、仲のいいとまでは言えないけど顔馴染みのような人も増えてきた。

 そして五月。世間はゴールデンウィーク。すっかり仲良くなった僕達はショッピングモールに来ている。

 香椎さんは家族で出掛けているとのことで、高村さんと二人きり。


 待ち合わせよりも二十分は早く到着してしまった。楽しみすぎて目が覚めてしまったから仕方ない。


「はあはあ。まひろちゃん。ごめん、待ったよね?」


 息を切らせてやってきた高村さん。

 ただ僕は見とれていた。

 涼しげな白のワンピース姿。薄手のカーディガンに身を包んだ彼女きみはやっぱり素敵だ。


「ううん、全然。今来たところ」

「そっか。ふむふむ……」


 彼女はじろりと僕を見回している。

 変な着こなしだったりするんだろうか?

 スマホで「女子の可愛いコーデ」で検索し尽して、セットアップというものにたどり着いて挑戦してみたんだけど。もしかして不自然すぎたかな。


「ど、どうかしたの?」

「ううん。やっぱりまひろちゃんって可愛いなって思って」

「えっ! そんなことないよ。アズちゃんのほうが絶対可愛いよ」

「えー、それはないと思うな」


 悪戯っぽく笑う彼女もいいな。

 いや、どんな表情もいいんだ。


「そ、そろそろ! 行こうよ?」

「あはは。照れちゃってるのもまたいいね」

「もう、やめてよぉ……」


 アウトレット品を見ては、あーでもないこーでもないと二人で言い合う。

 いくつか服やアクセサリーなんかも買ったりした。

 お揃いのブレスレットも買う。

 こんなに楽しいものなんだ。

 親友だった和輝とくだらない映画をみたりゲームをしたりもよかったけど、これもなかなか。

 いや、楽しすぎる。


「ふう。ちょっと疲れたね」

「じゃあどこか入ろっか?」


 今モール内のお洒落なカフェにいる。

 周りは僕達のように女性同士だったり、男女のカップルだったり。楽しそうな表情を浮かべて賑やかに時を過ごしている。

 なんだかすごいところに来てしまったな。


「まひろちゃんは好きな人とかいるの?」


 これはもしかして女子トーク的なものだろうか?

 そのうち来るだろうなとは思っていたけどまさか初手からとは。


「い、今はいないかな?」

「そうなんだ。どんな人がタイプなのかな?」

「優しい人かな。あと一緒にいて楽しい人」


 高村さんを瞬きもせず見つめたまま僕はそう告げた。


「なるほどね。絶対に……いるよそういう人。私が保証します!」


 もう、目の前にいるんだよ。


「えっと……。あ、アズちゃんはそういう人。いるのかな?」


 彼女は少し思い悩んでいるようで人差し指でストローをいじっている。

 そしてオレンジジュースを一口。

 僕はずっとその唇の動きだけを見ていた。


「まひろちゃんになら言ってもいいかな」


 その時は来た。

 それはいるという事なんだろう。

 思わず唾を飲み込む。

 誰なんだ。一体その幸せ者は誰なんだ。

 悔しいけど知りたい。

 悔しいけど、密かに応援しよう。

 悔しいけど、絶対にしまくろう。

 本当は嫌だ、嫌だけど。

 そのためなら何だっていとわない。


 間はかなり空いて彼女はじっと僕の方を見つめる。

 そしておもむろに口を開いた。


「私ね……春日君のことが好きだったんだ」


 ふわりとライムミントの風が吹いた。

 一瞬だけ鼓動が大きく跳ね

 すぐに血の気がさあっと引いていく。


「え……。あ、ああ、そうなん、だ」

「あの人のこと、前にも話したから知ってるよね? これは誰にも、アヤカにも言ったことがなくてね。でもまひろちゃんならいいかなって思っちゃったの。どうしてかな? 不思議だよね」


 頬を紅潮させて口早に。

 今までに見た事のない、恋するような熱い瞳が僕を見ていた。

 もうやめてよ。

 もういいでしょ?

 もういいから、これ以上はやめてくれ。


「そ、そっか。ごめん、ちょっとお手洗い行って来るね」

「いってらっしゃい」


 僕の物語は途中で終わったんだから、その先にはたどり着く事はできない。

 分かっていたはずだった。

 自分にどうこうできるものなんかじゃない。

 それでも知りたくはなかった。この恋がただの一方通行だったらよかったのに。

 抑えていたものがどんどんとこみ上げて来る。

 それは振りすぎてしまった炭酸のジュースのように一気に弾けた。

 止まらない、どうしよう。

 これの止め方なんて知らない。誰にも教わってない。どうしよう。


「ごめんね、おまたせ」

「まひろちゃん、目すごい真っ赤……。どうかしたの?」

「あ、ううん。……ちょっとコンタクトがずれちゃって。でも大したことないから大丈夫!」

「大丈夫って顔じゃないよ。一応目薬とか差したほうがいいよ。すぐに買いに行こ?」

「そんな大げさなことじゃないから、いい。いいって、いいから!」


 思わず叫んでしまった僕の手を

 ぎゅっと握った彼女の手は暖かくて、辛くて悲しくて辛くて、ほっとした。

 そしてそれと同時に何かの終わりをずっと、告げられていたのをようやく思い出した。


「だめだよ、よくないって! ほら、いこ?」


 心はその日おわりまでにすり減ってなくなってはしまわないだろうか。

 いや。なくなってしまえばいい。

 そんなことばかりを考えながら僕は改札を抜けて家路へつく。


 僕じゃないまひろと彼女はこの先も過ごしていくのだと改めて思い知った。

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