四月十四日 その二
「やあやあ、冬月さん。こっちの机くっ付けちゃうね」
ガガッと音を立てて隣の机を引き釣りながら、僕にとっての救世主と言うべき香椎さんが登場した。
僕も立ち上がり椅子を準備するのを手伝おうとした。
「あ、冬月譲はいいよ。何と言っても、今日の主役はあなたなのですから!」
彼女は左手で僕の行動を制し、同時に右手の人差し指で僕を指差して言い放った。
その堂々たる言動の意味ははっきり言ってよく分からないが、気迫だけは十分のように思う。
「じょう……? しゅやく……?」
「この子はいつもこんなでね、残念でしょ。でも気にしなくていいからね、残念だから」
声のした方を振り向くと、高村さんが呆れたように解説をしながら僕のうしろに立っていた。
「おのれ、残念とは何だっ。しかも二回までも! 冬月さんまでそんな目で私を見ないでえっ!」
香椎さんは、オーバーリアクション気味に体をくねらせ大声で訴えてきた。
この様子にどこかからか『香椎劇場がはじまった!』『またか』などと聞こえてきた。
つまりは高村さんが言うとおり、この子は普段からそういう感じなのだろう。
「え、違うよ香椎さん。普通に見てるだけだよ? どこが残念なのかなって」
「やめてえぇえぇええ」
「はい、冗談はこのへんにして座りましょ? 昼休み終わっちゃうよ」
両手でパンと軽く響かせると高村さんはその場を納め、それぞれの席へと僕らを促す。
少し前の事なのに何だか懐かしい光景だ。
彼女は大体、話の中心にいるわけではなく少し引いた所から周り全体を把握して
もちろん後からフォローも忘れない。つまりは気の利いている子なのだ。
「じゃあ、お腹も空いたし食いますか! いただきます!」
僕はいつものように小さなかわいらしい弁当箱のふたを開けて、食べ始めた。
元々小食だったけど、この体になってからはさらに食べる量が減った。
この分だと浮いた食費を好きな物に当てられる。
あとやっぱりいまさらなのだけど、男と女と言う物は作りがまったく違うのだなぁとしみじみ感じた。
「ほぉ、冬月さんのお弁当美味しそうだねえ」
「わ、本当だ。自分で作ってるの?」
二人に弁当を物凄く凝視されている。何だか恥ずかしい。
「え、あ、うん。でも普通だよこんなの」
「またまたご
香椎さんはミニハンバーグを物欲しそうに指差している。
「これは昨日の夜の余り物だし……」
「もしかして、冬月さんは一人暮らしなの?」
「アズサ、いい質問だね。それはうちも気になった」
二人の視線が弁当から僕に移った。
高村さんがじっと僕を見ている。
「え、うん。一人だね」
「そうなんだ。でも両し……ッ!」
高村さんはギュっと香椎さんの右腕を抓って、その言葉を最後まで言わせなかった。
一方の香椎さんも何かを察した様子で、あの性格に似合わず押し黙っていた。
無意識だったが視線を落としてしまったのが悪かったのかもしれない。
二人に余計な気を使わせてしまった。
「両親はね、二人とも海外に居てね。なかなかこっちに戻って来れないの」
僕の両親はもうずっと昔に亡くなっている。
幼い頃旅行帰りに交通事故に遭い、姉さんと僕だけが一命を取り留めた。
後から聞いた話によると、父さんと母さんが
当時、小学何年生の頃だったかも覚えていない。
ただ、僕は涙が枯れるほど泣き、隣で姉さんが泣くまいと唇を噛み締め、硬く握り締めた両手が震えていた事だけは鮮明に記憶している。
それからは、親戚や周りの人達に支えられながらも姉さんと二人きりで暮らしてきた。
……ここ数日は
これでは、父さんや母さんをはじめとして、一人取り残された姉さんに申し訳が立たない。
「……みたいでさ。やっぱ冬月さんもそう思うよね?」
「うん、そうだね」
それからは何となく会話をしていたと思う。その内容なんて上の空で。
僕は確かに浮かれ過ぎていた。残された時間は、こうしている間にも刻々と過ぎていくと言うのに。
授業が終わると僕は誰よりも早く、高村さんさえも視界に入れる事なく教室を出て、帰宅の
それから部屋に入ると着替えもせずベッドへ飛び込み、元の僕の家である――
行こう。
もしかしたら姉さんはまだ帰ってきていないかもしれないけれど、とにかく行ってみよう。
「春日っと……」
小さな1DKのアパートの一室。表札には『春日』と名前が入っている。
僕はここに住んでいたんだ。そう思うと何だかもうここが他人の家のようで寂しい感じがした。
緊張気味にインターホンを鳴らす。姉さん、居てくれるといいけれど。
そういえば、自分の家のを鳴らしたのは初めてだな。何とも不思議な感覚だ。
それから十五分ほど様子を見たものの、やはり留守のようで姉さんは出なかった。
仕方がない。今日の所は出直すとしよう。
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