四月十四日 その一

 転校初日以来、彼女は未だに休み続けていた。

 なかなか来られないのは体調が思わしくないのだろうか。はたまた別の、僕とは関係のない理由だろうか。

 知りたい。どうあっても。

 こうなったら家にでも、と思ったのだが彼女とまひろは一切接点がない。

 だからわざわざ心配して来たと言うのはあまりにも不自然だ。

 つまり現段階で僕に出来る事などありはしない。

 せっかくこの体や環境に慣れて来つつあるのにもどかしい。


 自分の席で今後の考え事をしていると、ガラッと教室の扉が開く。

 ――高村梓たかむらあずさ

 僕が命をしてでも助けたかった、どんな時でも笑顔だった彼女がそこにはいた。

 瞬間、僕の体は思わず大きく跳ねる。自然と目頭が熱くなるのを感じた。

 ただ彼女にほぼ全てのクラスメイトの視線が集中していたので、さすがに誰にも見られはしなかっただろう。


「おぉ、アズサ。おはよう、待ってたよ。大丈夫?」


 今声を掛けたのは高村さんの一番の親友、香椎綾香かしいあやかだ。

 彼女は一年の頃に何度か顔を合わせたことがあった。


「アヤカ。うん、まあ……」

「だったらいいけどさ。ほら、ノート写すでしょ?」

「あ、そうだね」


 そう言うと二人は唯一の空席の――高村さんの席へ向かった。

 声を掛けるのを躊躇とまどっていたクラスメイト達も安心したのか、止めていた動きを再開させる。

 でも僕は感じた。彼女は心ここにあらずといった風で、表情にもあまり変化がなかった。やっぱり無理をしているように見える。

 そこが多少心配ではあるけど、これで僕もようやく動き出すことが出来る。


***


「はい時間ですね、今日はここまで。ちゃんと今日の内容を復習しておくように」


 終鈴が鳴り英語の教師が教室から出ると、僕は意を決して高村さんの席へ向かった。

 今まさに僕は彼女に話し掛ける。それをさえぎるような心臓の鼓動がうるさい。

 それ以上は叶わなくても、また友達になりたかった。いや、違う。ならなくちゃいけない。

 ……そう思うとやっぱり緊張するな。けれど焦らず自然に……僕は冬月まひろ。


「あ、あの」


 彼女は僕に気づいていない。声が小さかったかな。

 僕は再び呼びかけた。


「あのっ!」

「えっ?」


 彼女は驚いて僕の方を振り返った。近くで見るとやっぱり印象が前とは違う。

 何より元気がない。そう感じたものの、僕は続けた。


「私、最近この学校に転校してきて……」

「あ、アヤカが朝言ってた転校生の……?」

「そうです。私、冬月まひろって言います。えっと、高村さんがお休みしてたって聞いて」

「……そうなんだ。わざわざありがとう。私は高村梓、ってもう知ってるのかな? よろしくね冬月さん」

「よろしくおねがいします」

「あとね、敬語じゃなくていいよ。私達クラスメイトなんだしね」

「あ、うん。じゃあよろしくね」


 何とか初会話を成立させた所で、香椎さんが割って入ってきた。

 次は何を話すかで頭の中が真っ白になっていたので、正直助かった。


「おや、おふたりさーん! 美少女がお揃いで何の話してるの?」

「何だアヤカか……。美少女って。冬月さんならわかるけど、私は違うけど?」

「え、私も違いますよ……あ、違……うよ」


 僕はハッとして慌てて言葉を直すと、高村さんとばっちり目が合った。そして僕らはお互いに微笑ほほえんだ。


「ふふっ」

「何、今の! あやしいぞ……!」

「そんな事ないよね、冬月さん」

「うん、ないよね」


 良かった。高村さんの笑顔を見て僕は安堵あんどした。

 ……やっぱり彼女にはそれが似合っている。


「それは置いといてだね。そうそう、冬月さんもお昼一緒にどう? それとももう先約があるかな? 冬月さん、可愛いし」


 突然、香椎さんのお誘いが飛び込んできた。


「か、可愛いは置いといて。二人が良ければ私もぜひ」

「そこは置かないでくれたまえよ? ま、うちはむしろ来て欲しいなと思っているよ。アズサもいいよね?」

「うん、私も構わないよ。冬月さん、可愛いし」

「うう……高村さんまで」


 僕は心の中で小躍りした。友達までぐっと近づけそうな感じだ。

 それからはあっと言う間に午前中の授業が終わり、待ちに待った昼休みの時間がやってきた。

 こんなに昼休みを心待ちにしていたのは、久しぶりだ。

 僕は、表情を顔に出さないようにしてワクワクしていた。

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