四月十日 その二

「ホームルームの前に転校生を紹介します。さあ、入って」


 一歩、また一歩と歩く。

 二年の教室。それは僕がいるはずだった、いない教室。

 散々頭の中でシミュレートした自分なりの冬月まひろ像を思い出す。

 視界すべてが張り詰めたような独特の空気の中、僕は先生の隣――黒板の前あたりに立ち正面を向く。


「じゃあ、冬月さん自己紹介して」

「はじめまして、冬月まひろと言います。仲良くして貰えると嬉しいです。よろしくお願いします」

「えー、冬月さんは家庭の事情でこのクラスに……」


 まあ無難な挨拶だろう。奇をてらって変な事を口走るのは、今後の生活においてあまりにもリスクが高すぎる。

 挨拶の直後、わぁっと歓声のようなものが場に響いている。

 教室内は明らかにざわついている。まさかとは思うが早々に何かやらかしたか?

 いやでも、どこも変なところはなかったよな?

 そんな心配をき消したのは担任の山口先生だった。


「はい、静かに! では冬月さん、あそこの空いている席に座って」


 僕は再度、ガニ股歩きにならないよう細心の注意を払いながら指定された席へと向かった。

 ――僕は女の子。女の子。


「超かわいい!」

「あの娘、スタイルいいね」

「よろしくねー」


 様々な声や視線が僕に向けて放たれる。

 何かこういうのも……テレビで見るアイドルの気分と言うか、悪い気はしないなと思ってしまった。

 よろしくね、と控え目に周囲に発しながら僕は席についた。

 そしてホームルームが終わると、わいわいと数人のクラスメイトが僕の机に集まってきた。


「前の学校はどんなだったの?」

「家から学校は近い?」

「やっぱり彼氏とかいるの?」


 このように矢継ぎやつぎ早に質問が飛んできて、それをしどろもどろとしながら返すのだがすごく疲れる。

 これはこの先大変になりそうだ。


 そして空いている席を僕は見つけた。

 休み時間に名前を確認したところ、やっぱり彼女は休みのようだ。

 ……何とかして早いところ近づかなくては。

 まあ、それには彼女がいなくては始まらないのだけど。


 これからの事を考えているうちに時間は流れていく。兎にも角にも、一日目が終わった。

 緊張に次ぐ緊張の連続だったけど、最初の一歩としては上出来じゃないかと思う。


 完全に余談になるが、スカートと言うのはスースーして落ち着かない。これにも慣 れる日が来るのだろうか……。

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