第一章 マイワールド・アゲイン
四月十日 その一
目覚ましのアラームが鳴っている。
その音に自然に体が反応して、僕は手を伸ばし叩く。
止まらない。
何度目かのトライの後、ちょうどベルのあたりにヒットするとようやく静かになった。
現在時刻は六時半過ぎ。今日も一日が始まろうとしていた。
「ふあぁ……」
大きく
これも夢ではないよな? 古典的ではあるが右頬をつねる。
ジーンと軽く痛みが走った。僕は戻って来る事ができたのだろうか?
――ぷに、ぷに。
……ん? 何か体に違和感があるな。所々に余分な肉が付いている。
髪も優に肩まであり、これまでに伸ばした事がないくらい長い。
もしかして、いわゆるメタボ……もとい、
そうか、エリアさんがあの時、何か言いかけたのはこの事かも知れないな。
まあいい、ひとまず顔を洗おう。それからついでに髪を切るとしよう。
一番気がかりなこの体型については、今後絞っていけばどうにだってなるだろう。
さて……全体の容姿を決めると言ってもいい、顔はどうなっているのだろうか。
前の顔がいわゆる特に言う事もないくらい平凡だった僕としては、今時のイケメン顔がいいぜ、とかそんなミラクルは特には望まないので、とりあえず平均点。いや平均点より上くらいを保っていて欲しい。
僕は洗面所へと足を伸ばし、鏡台の前へ立つ。
冷たい水でじゃぶじゃぶと顔を洗い、きちんと畳まれた良い匂いが香るタオルで顔を拭う。
「んっ?」
あれ?
今何かちらっと見……?
いや、見間違いだ。僕はそう言い聞かせ再び恐る恐る鏡を覗き込む。
「はっ!? はああああああああああ!?!?!?」
向かい合う鏡の中には、驚いて目を見開き、ぽかんと口を大きく開けた女の子が居た。
***
「こ、これはどういう事だ……」
左の頬が痛い。本当にこれは夢ではないようだ。
まあ……。
自分で言うのもおかしいのだが、僕は可愛い。
……何て言葉だけではナルシストそのものだ。
しかし実際、整った顔、長い黒髪、ほっそりとした体。そして小ぶりな胸。
む、胸……胸がある!? そして、生まれ付いてから一緒だったはずの相棒は居なくなっていた……。
「そうだ、学校に行かなくては」
てきぱきと身支度をしている
どうして違う体になったばかりなのに知っているのだろう。
この家からして言うと、自分のそれとは勝手が違うはずなのに、洗面やトイレの場所も手に取るように分かる。起きた時も普通にここは自分の部屋だと認識することが出来た。
今だって髪を慣れた手付きで
もっと言うと、恥ずかしいのだが下着の付け方なんかも体がちゃんと覚えている。
「まあ、よく分からないけどいいや」
「――それについて、ご説明しましょう」
「!?」
何処かから声が聞こえると、僕は声にならない声を上げた。
「え、君は誰? どこから入ってきたの?」
目の前には青みがかったショートヘアの女の子が立っていた。
背はかなり低く、顔立ちにもどことなく幼さを感じる。
彼女はニコッと笑顔を作ってこう言った。
「よくぞ聞いてくれました。私はエリアから命じられて、まひろさんのサポートをする事になりましたルナです」
「あぁ、エリアさんの知り合いね。ところで、まひろさんとは?」
「いえ……彼女は私の上司なんです。それにしても、何も聞かされていないのですか? まひろとはあなたの事ですよ」
ほうほうと頷きながら、エリアさんが美女ならこの子は美少女だなと思った。
それはさておき、僕のここでの名前が
……そんな大事な事を伝え忘れるなんて、エリアさんは意外と抜けているのだろうか?
いや、逆にわざと言わなかった可能性も否定できないぞ、あの人なら有り得るな。
いずれにしても、なんて可愛らしい名前だろう。
僕がまひろちゃんだって。この外見と併せて、しばらく布団の中で悶え死んでいたい、そんな気分だ。
「先ほどの記憶に関する事柄なのですが――あの、聞いてます?」
「……あ、いや失礼。続けて」
「あなたの体の中には既に記憶が刻まれています。ですから、これをしようあれをしようと思うだけでインプットされている行動が取れるようになっています」
「インプット?」
「あなたは生前男の子だったそうですね。でもご安心ください。実生活には支障がないようにできていますので」
「ほう、それはすごいな!」
「ですが言葉遣いや振る舞いにだけは気をつけたほうがいいですね。今のままでは周りから変に思われるでしょうから」
確かにそうだ。これまでのような男丸出しな言動はできないな。
「以上で説明は終わりです。ふー、命令とは言え堅苦しいのはやっぱり苦手だな~」
今まではいわゆる仕事上の顔だったのだろうか、説明を終えるとルナは雰囲気が急に柔らかくなった。
「わざわざありがとう、ルナさん」
「もー、ルナでいいよ! ルナもまひろって呼ぶからさ!」
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