絶望の中の光

「えっと、あなたは一体?」

「ようやく落ち着いたのね。私はエリア。魂の管理者をしているわ。……あなたの事はもう知っているから、名乗らなくても結構」


 管理者ときたか。とにかく、この人は只者ではない事だけは何となく分かった。

 有無を言わさぬ貫禄の持ち主。直感的にそう感じた。

 いわゆる、オーラ的な類の話は信じていなかったのだが、今となってはそれが分かる気がする。


「それで、エリアさんや。ワシはどうなるんじゃろか……」

「そうね。この後は魂を浄化、分かりやすく言えば成仏してもらうわ。手続きはすぐに終わるから」


 ボケの部分は敢え無くスルーされ、この人には冗談の類は通じないのだなと僕は悟った。


「じょ、成仏した後はどうなるんでしょう?」

「それは教えられない事になっているの。ま、逝けばすぐ分かるわ。それじゃ、これにサインを頂戴」


 終始無表情なエリアさんは事務的に淡々と事を進めていく。なるほど、流石に手馴れているなと感心していると何かを手渡された。

 『浄化同意書』……? 死んでもなお、こんな契約書じみたものがあるんだな。


「そこに名前を書くだけだから別に難しい事はないわ」


 脳裏にあの娘の笑顔がよぎった。

 目の前であんな事があったんだ。心に深い傷を負ったに違いない。そして何よりこれからの彼女が心配でたまらない。

 一人ぼっちになってしまった姉さん。

 家の事はいつも僕頼みだったから、きっと大変になるだろうな。

 親友のアイツ。

 もう悩みを相談しあったり遊んだり下らない話も出来ないんだ。

 ――こんな事なら皆に一言、ありがとうくらい言っておくんだったな。


「エリアさん」

「何? まさか自分の名前を忘れたなんて言わないでしょうね」

「何とかならないでしょうか」

「……要領を得ないわね。もっとはっきり分かるように言って」

「僕はまだここを去りたくない。やるべき事がある。だから……」

「生き返る事はできないか、と?」

「はい。できませんか?」


 エリアさんは左手を顎に当てて何かを考えているようだ。

 やっぱり、無理なんだろうか。

 彼女を真剣に見つめていると時たま目が合い、その都度あの瞳に吸い込まれそうになる。そして再び彼女は目を伏せ考え込んでいる。

 僕はと言えば、彼女から視線を逸らすまいと必死だった。

 その遣り取りがしばらく続き、ようやく彼女はその口を開いた。


「最初に言っておくけど、あなたがしたい事すべては叶えられない。その上最終的には、成し得たすべてが無駄に終わるわ」

「で、でも、方法はあるんですね!?」

「ない、とは否定ができないだけの話よ」

「では、それでもいいので」

「落ち着きなさいな。聞いてからでも遅くはないから。……これにはいくつか制約があるの」


 そう言うとエリアさんは、焦る僕から離れるように二、三歩ほど歩き出し、そのまま背を向けたまま足を止めた。

 僕はその場でじっと固唾かたずを飲んで次の言葉を待っていた。待つしかなかった。


「まず、魂の器であるあなたの体はもう機能していない。よって、元の体には戻れない」


 彼女は振り向いて、真っ直ぐ僕を見据える。


「そこで、仮初かりそめの肉体に魂を宿す事になるわ。と言っても、今生きている誰かに転移する訳ではないわ」

「仮初め……?」

「その名のとおり、仮の体よ。見た目から何からすべてが、人間。だけれど元から存在はしていないただの魂の器。その体をってこの世界に割り込ませる。つまり『存在している』と世界に誤認識させるの」


 この人は何を言っているのだろう。内容があまりに現実離れしすぎていて、良く分からない。

 理解がついて行っていない僕を尻目に話は続く。


「それから、その体は持って一年。そして消える際に、存在ごとすべてこの世界から消滅する」

「つまりどういう?」

「そうね。例えば向こうで関わった人がいるとする。でも体の消滅と共に、共有していた記憶、存在していたと言う事実が一切消えてなくなるという訳」


 ここまで聞いて僕は愕然がくぜんとし、その場で膝をついた。


「そ、それじゃあ……」

「だから。はじめに言ったでしょ? 最後にはどうあっても徒労とろうに終わるって。それでも、あなたはやるつもり? あなたのような人間は過去に何人かは居たけれど、それを聞いて諦めて去っていったわ」


 何も残らないのでは意味は、とてもではないが……。

 やっぱり何事も、上手く行かない様にできているものだ。この世界は理不尽な事だらけだ。

 これはもう諦めが肝心ではないか?

 ――だって僕はもう、この世にはいないのだから。


***


 キラキラと

 聞こえる。

 確かに聞こえた。


「……また、同じクラスになれたらいいよね」

                 「ふふっ。二年でもまた一緒だね。よろしく!」

「――君といるとなんだか楽しいな」


 脳裏には楽しそうな彼女の声との笑顔。

 いつだって笑っていた。僕はそれを側でずっと見ていたんだ。

 なんだ。

 なんだ!

 それだけで――いい。


***


 僕は。

 例え自己満足で終わったとしても、いい。

 だから。


「エリアさんっ!」

「だから落ち着きなさいって……。見なければ良かった、知らなければ良かったと後悔する日が必ず遠くないうちに訪れるわ。あなたはそれに耐えられる? 自我が崩壊しない自信はある? 崩壊したその先は悲惨そのものよ? 若さゆえの一時いっときの感情に振り回されていてはいけないわ。まだ決して遅くはない……。いいから。いいから……黙って引きなさいなっ!」


 それは初めて見た彼女の鬼気迫る表情だった。

 空間がピンと張り詰めるのが直感的に分かった。

 でもそれでも、無様でも食い下がって、やらなくてはならない。


「ダメです。ダメですよ。……もう、何を言われても。気持ちが変わることはありません」


 エリアさんは最後に僕の目を試すように見る。相対あいたいした僕は、絶対に逸らしてなるものかと見つめ続ける。


「……ふう。とんだ大馬鹿さんには、これ以上何を言ったところで無駄のようね。仕方がないわ、受理しましょう」

「ありがとうございます」


 表情から察するに僕の覚悟は伝わったみたいだ。


「ま、足掻くだけ足掻いてみなさい。……出来れば、悔いのないようにね」


 気のせいだろうか、エリアさんがわずかに笑ったような気がした。

 そしてそう思うや否や、僕は暖かくもあり冷たくもある眩しい光に包まれた。

 ……彼女は何か言い忘れていたのだろうか? 無表情はそのままに、ぱくぱくと何かを喋っているけれど既に何も聞こえない。

 そのまま僕の意識は遠のいていった……。

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