夢の夢は現実

「ん……?」


 気が付くと、ここは……僕の家だった。

 何だ、今のは夢だったのか。

 僕は物凄い寝汗をいていた。


「でも夢で良かっ……あれ?」

「おはよう」


 目の前に彼女が居た。

 さっきは誰も居なかったような気がしたのだけど、寝ぼけていたのだろうか。

 しかし何故ここに? まさか同居中だった? いつの間にこんな展開に!?


「え、おはよう」

「それじゃ、やっと起きた事だし出かけようか」

「え、どこへ? 何か約束してたっけ?」


 ここで彼女が終止、無表情な事に違和感を覚えた。

 いつもはもっと柔らかな表情なはずなのに、何かがおかしい。

 それとも、起き抜けの僕の脳が働いていないだけなのだろうか?


「どこって」


 彼女はここで初めて口元だけで笑顔を作り、そして低い声で言った。


「忘れちゃダメじゃない、君のお葬式だよ?」


***


「うわあぁああ!!」


 また夢だった。

 よくよく考えてみれば、彼女があんな酷い事をいうはずがない。

 でも、夢の中で夢を見るなんて驚いた。

 今のが夢で……そうなるとどこまでが現実なのだろう?

 クラスが一緒になった所からだったら、落ち込んで丸二日は家から出ないからな。


 しかし、何だろう。変な感覚がするな。

 足元が覚束おぼつかないと言うか、地に足がついていない感じだ。


「おお!? 浮いてる……?」


 文字通り僕は地上を数十メートル程浮遊していた。

 人がこんなふうに空を飛べるはずがない。しかも落ちる事なく滞空状態が続いているではないか。

 一体どうなっているんだと、ぐっと足元を見下ろす。


「何だこれは……」


 先程の夢に出てきたあの交差点に、普段からは想像もつかない光景が広がっていた。

 横転した大型トラックと生々しいスリップ痕。野次馬と見られる人達。パトカーに救急車。

 そして……彼女がいた。間違いない。そのかたわらに血まみれで横たわっているのは、……僕?

 まさかそんなはずがない!


「ふーーーっ! とりあえず寝るか!」


 あまりの事に僕は一旦思考を停止して再び考え始めたものの、やはりまとまらず……。


「うん、これはなかなかリアリティのある」

「――夢なんかじゃない」


 楽観的な結論を唐突にさえぎられた僕が、その声のした方へ振り向くとそこには綺麗な女性が僕と同じ様に浮かんでいた。

 肩まで届く白髪のロングヘアをなびかせた彼女は、その透き通るような藍色と焦げ茶色の瞳――オッドアイなのだろうか?――に僕の姿を映し込む。

 背丈は僕と同じくらいかそれより高いくらい。黒のワンピースが印象的な程に良く似合っていた。


「あなたは死んだ」

「え……僕が、何? 今なんと?」


 彼女はちょうど真下を指差した。


「今の、はっきり聞こえたと思ったけど? 死んだと言ったのよ。たった今見たでしょう、あれよあれ」

「でも、現に僕はここに……」

「それはあなたが魂だけになったからよ。あなたはもう、誰からも見る事も触れる事も出来ない」


 この人は何を言っているんだ?


「いやいや……? ああ、ははははっ……! 夢にも限度と言う物があるぞぉぉおぉ! 早く覚めろよぉおおおおおっ!!」

「……また始まったわ」


 今しがた僕の死亡を告げた天使のごとき悪魔は、肩をすくめやれやれといった表情を作り、一方の僕はしばらくの間、前頭葉の活動を停止した。

 そしてどのくらいの時間が経ったのだろうか。ようやく落ち着きを取り戻しつつあった僕は、すっと体を起こした。

 本当に夢なら早く覚めて欲しかった。が、一向いっこうにその気配もない……考えたくはないけどやはりそういう事なのだろうか。

 僕は何故だか冷静に状況を飲み込み始めている。

 もうどうにでもなればいいと、目の前にたたずむ女性に話しかけた。

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