僕の初恋には期限がある。

ひなみ

プロローグ 決意

終わりは始まり

「そろそろだな。よし!」


 気合いを入れ直すと、僕は時間を見計らって家を後にする。

 今日は始業式。今日から二年生だ。

 そもそも、学校自体はあまり好きじゃない。もし行かなくていいのならよろこんでサボるだろう。

 ただ一つ、足を向かわせてくれる大きな要因……。


「あ、おはよ!」

「……おぅ、おはよう。奇遇だな」


 僕は可憐な制服姿の女の子と遭遇する。

 もちろん奇遇などではない。

 彼女がここを通る時間はすべて把握済みだ。

 言っておくが僕はストーカーなどではない!

 断じて、決して違う。


「私達も二年生なんだよね」

「だな。入学してからもう一年経ったんだな」

「……また、同じクラスになれたらいいよね」


 僕は彼女の事が大好きだ。だが今は面と向かって言える度胸などはない。

 だけれど一歩ずつ進んで行こうと思う。まずはクラスが一緒になる事を願う。

 別々のクラスと言うのは、なかなかに大きな壁となる。中学時代に仲良くなった友達がいたのだが、学年が上がりクラスが変わった途端に顔を合わせる機会も少なくなり、あまりつるまなくなった。別に仲違なかたがいをしたわけではなく、言うなら自然消滅のような静かな幕引きとなった。

 そんな経験もあり、ここでつまずくとかなり危うい。とは言っても、自分には流れに身を任せる他ないのだが。


***


「ふふっ。二年でもまた一緒だね。よろしく!」


 狙い済ました思い通りの展開に僕の心臓は張り裂けそうになったが、平静を保たなければ。

 ここで挙動不審は非常によろしくない。大自然に心を落ち着け、同化させ、そう、まるで自宅のトイレにいるかのように振舞わなくては。


「あぁ……」


 どうやらくつろぎ過ぎたようだ。

 まあ、これから幾らでも挽回のチャンスはある!


「席もまた隣だしー」

「まあ出席番号順だからな」

「あっ、そっか、それもそうだねっ」


「それでね、あのミキちゃんがなんと実は……!」

「うんうん」


 他愛もない(はずがない!)会話が弾む下校中。

 それはやって来た。


「それじゃ、私こっちだから。また明日ね!」

「またな」


 毎朝合流するいつもの交差点で、彼女と僕はお互いに手を振り別れる。


 名残惜しいが一人家路いえじに着こうとしたその時だった。

 唐突にクラクションの音が背後から大袈裟に鳴り響く。嫌な予感がして振り返ると、大型トラックはその騒音をそのままに、あろう事か彼女の方へ向かっている。運転手は居眠りでもしていたのだろうか、完全に歩道に向けて爆走中だ。

 当の彼女は呆然として、時間が止まったかのように立ち尽くしている……。


 ――僕の右足は考えるよりも速く、大地を力強く蹴って一歩目を踏み出す。

 自己最速記録を塗り替え続け、ただ走る。


「こっち!」


 ハッとした彼女は振り返って僕を見た。チラリとうかがい知れたその顔色は蒼白そうはく、完全に血の気が引いている。それに加え足もすくんでいるのだろう、依然として身動きが取れそうにはない。


 程なくして追いついた僕は、寸でのところで彼女を路肩へと跳ねける。

 安心するのも束の間、僕の目の前には急ブレーキで突っ込んで来るトラックが、視界一杯に広がりつつある。

 ああ、ダメだ、助からない。

 刹那せつな、強い衝撃。


「――くんっ!」


 人はこんなにも高く跳び、そしてこんなにもゆっくりと落ちて行くものなのか。こんなスローモーションの世界なんて、小説や漫画、ゲームの中だけの話だと思っていた。

 やっぱりこういうものは一度、体験してみないと分からないものだな。


 僕は地面に思い切り叩きつけられる。痛い、痛い、痛い。いやだ……嫌だ!! まだ死にたくない。


「――りして!」


 泣きじゃくり叫ぶ君の姿に気は緩み、僕の。

 世界はゆっくりと歪み始める。

 ああ、そうか。無事なんだな。

 良かっ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る