第10話 住む世界
現在は緊張も緊張。果てしない緊張感がこの空間を支配し、キサトの脳裏には会社での面接を思い出していた。
あぁ、確かにこんな緊張感だったなぁ。声震えてたなぁ。流石に武器を手に取って、臨戦状態!! てな訳ではなかったが。
と、現実逃避から帰還し、現実を直視する。あわあわと、現状に理解が追いついていない状態なミナを抜いた1人と1匹。アカリの魔法少女らしいステッキの切っ先はこちらを向き、先ほどまで可愛らしいライオンだったクソ猫はガルガルと犬歯を剥き出しにして威嚇している。
流石に馬鹿じゃない。夢見る変態成人男性であっても、一応は社会常識のある常識人であるキサトは理解したくなくても、理解していた。理解どころじゃなく、現実として、実態を伴って直視させられているのだが、今にしてみれば些細な誤差だろう。
自分の持っているマジカルフォンと、彼女らが持っているマジカルフォンを見比べると、確かに何とも言えないパチモン感が漂っている感じがするし、クソ猫が話していた内容をキサトのCPUで演算し、理解する。
どうやらキサトの立ち位置はアカリ達とは違い、どちらかと言えば襲撃してきた魔法少女寄りなのだろう、と結論が出てきた。
何となく、それとなく、理解し、納得し、現実を直視する。
「狼狽えている暇はないガオ! ミナ、君も武器を構えるんだガオ!! 相手は敵なんだガオ」
だが、そんなキサトの心を察する訳でもないバーバリは、ガルガルと威嚇しながら隣で行動できていないミナを叱咤する。
「そ、そんな事言ったって・・・な、なぁ、アカリ!? あ、アカリだって何とか言ってくれよ!! キサトはそんな人じゃないって・・・」
決してキサトから視線を逸らさないアカリの表情を見て、徐々に声が沈んでいく。
「ど、どうしてなんだよ・・・」
落ち込み、沈んだ表情を見せるミナ。縋る思いで、対照的に座っているキサトを見つめる。
「キ、キサトだって何とか言ってくれよ!! 黙ってないでさ・・・」
ミナの悲痛な言葉を浴びせられたキサトであるが、返事は出てこない。
ただ、視線だけは彼女らを見て、巡るように隣に居る「やっちまったね、キサト」と言わんばかりの表情で浮遊している黒ハムを見ていた。
双方にそれ以上の言葉はなかった。
ただ、キサトは真意を探る表情を黒ハムに向け、黒ハムはその表情に対して、否定も肯定もしなかった。
「そうなのか・・・。まぁ、だからと言って俺が2人と敵対する意思はないんだけどな?」
と、何となく背景を理解した上で、だからと言って敵対する意味は無いと考えて、あっけらかんと言ってみたのだが、それはどうやら許してくれなかったみたいである。黒ハムの「キサトの意見も尊重したいけど、残念だけど魔法少女になったからには私たちの考えも受け止めてくれないとね」の、普段と違った声色と、話し方で現状は、悪い方向で変化してしまった。
黒ハムの姿を覆うように、見覚えのある黒い靄が現れる。数秒とたたずに姿が人のモノになり、深い黒髪が腰程の長さまである彫刻のような芸術的な美しさを誇る裸体の女性が現れる。時間差でその体に黒の靄がかかり、ドレスのような形を取る。
深い、聖母のような笑みを浮かべながら変化した黒ハムの姿に呆気に取られていると、バーバリの叫び声で、改めて緊張感が高まった。
「2人とも離れるガオ!!」
そんな言葉を聞いてか、それとも聞く前に感じ取ったのか、アカリはミナの手を取り、廃墟と化しているカッフェから離脱する。その直後、黒ハムだった彼女の足元に広がった黒の靄から、記憶に新しい灼熱の槍が飛び出し、彼女らのいた場所に突き刺さる。
巻き上がる砂埃。跡形もなく消し飛んだ椅子達。
突き刺さった槍を引き抜いた、赤髪の魔法少女が姿を現す。
「避けられた。・・・キサト、どうも。久しぶりです」
「あ、どうも。お久しぶりです」
振り向き、軽く頭を下げた赤髪の魔法少女に、合わせるように頭を下げてしまう。
社交性の高さが故に普通に返事をしてしまった。
はっ、俺は何を!? と、思う頃には遅かった。
カッフェから離脱し、少し離れた空中で武器を構えていた2人に見られていた。
ミナの表情は困惑、疑問、思い出し、ギリギリ理解を通って、納得したようだった。アカリの前に出るようにして、大剣を構えた。
そして、こちらまで声が届くボリュームで、
「キサト!! 私たちを騙していたんだな!!」
と、叫んだ。
「なぁ、なぁ・・・なぁ。もう・・・なぁ?」
言葉が出なかった。
もう、この際、善悪とかどうでも良い。ただただ、自分の意図せぬ形で彼女らを裏切った形になったポヨに腹立たしいし、説明されてなかった言葉不足感も気持ち悪いし、入り組んだこの空気感もモヤモヤさせられる原因になっていた。
このまま、敵対するよりも、声を大にして「俺は関係ない!」だの、「騙されていたんだ!」とか言って、どうにか理解を得られたいのだが、言葉が入り混じる中。環境が変わっていく状況、を目の当たりにしながら頭の中で、過去の言葉が浮かんできていたのだ。
「なぁ、黒ハム」
「んぇ?」
呼ばれるとは思っていなかったのか腑抜けた声を上げた。
そんな彼女を無視して、考えていた言葉を喋る。
「俺がミナ達とは違うってのは分かった。クソ猫が話していた内容で気になった所があった。・・・あの赤髪の魔法少女、そして最初に襲ってきたぬいぐるみの魔法少女の2人はどっちだ?」
この際、善悪とかはどうでも良い。知らんし。どうでも良い。まぁ、でも裏切るのは俺の良心がなぁ、と胸を痛める話であるが、それとは別の話で、胸に刺さっていた棘が気になっていた。
魔法少女になった初日、あのババァに言われた領収書。そして黒ハムに告げられた「受け取っていないから戻れないし、死の概念は変わらない」の話は、受け取っていない云々よりも、マジカルフォンが普通かそうではないかの違いではないのか? と考えたのだ。
結論に至るまでは何となく、ぼんやりとしか考えていなかったのだが、今日。クソ猫の話に上がった黒のマジカルフォンで何となく話が繋がったような気がしたのだ。
きっかけはどうであれ、キサトは魔法少女になったのだから、一応は使命を全うしようと考えている善良な一般魔法少女である。あるのだが、それ以前にキサトは大人である。もう、女体化に興奮し、受け止めているどころか楽しんでいる人種を大人と言い表して良いか微妙な所であるが、一応の線引きは出来ているキサトである。
現在の心持ちはどうであれ、心残りはあるが結果は、一番綺麗な形に収まればいいな、と考えていた。
黒ハムはそんなキサトの発言にびっくりし、何言ってんだこいつは? と、変な奴を見る目になっていたのだが、一応理解し、おそらく
求められているであろう言葉を口に出した。
「どっちかと言うならキサトと同じだな」
で、あるなら立ち位置は決まった。
ゆっくりと歩き、手に自身のステッキを召喚し、赤髪の魔法少女の隣に立つ。
「キサト、だ。さっきまで敵対していた君の心情は少し複雑なモノだと思うが・・・」
と、複雑だろうなぁ、と思っていた彼女の心情に理解を示し、どうにか協力する関係になれれば、と話し掛けたのだが、反応は意外にも素朴なモノだった。
「どうも、キサト。私はイリーシャ。私は別に気にしてないよ。どっちかと言えば、味方の方が心強いし、キサトの容姿は私のドストライクだし」
「へっ!?」
「食べちゃいたい」
びっくりし、目を見開く。
知性溢れる、冷静沈着な人なんだろうなぁ、と思っていたキサトの頭に、特大な爆弾がぶつけられる。
全然気にしていない素振りだし、演技で取り繕っているのか? と考えたが、少しでも気を許したら食事的ではない意味で食べられそうな気配を感じる。
どちらかと言えばアカリ的な性格なのか、と良い意味・・・でもないが、仲良くはなれそうな人物で安心する。
「殺しはしない。しないって言うか出来ないけど。今日は取り敢えず力を示すだけだからキサトは魔法を使わないで」
「示すって・・・いや、2体1だろ? 俺も力は貸すぞ?」
「うーん? 大丈夫かな」
と、キサトの返事を待たずに赤髪の魔法少女、イリーシャは空中で対峙している2人に向かって飛ぶ。
「お、おい!!」
静止の声を聞き流しながらイリーシャは手に持った灼熱の槍で向かってきたアカリの魔法を叩き落とし、降り掛かってきた大剣を避けた。
数メートル高い位置で、立ち止まり、初めて会った時の魔法を放った。
空を覆うような真っ赤な魔法陣に、顔を覗かせている灼熱切っ先。
記憶に新しい魔法を目の当たりにし、威力を記憶している2人は身構える。以前は不意打ちであったが、今は目の前である。心持ちが違うし、アカリの姿は、ぬいぐるみの魔法少女と対峙した姿になっていた。
遥かに大きくなった魔法杖を構え、何十にも魔法を発動している。全てが全て、イリーシャに向かって放たれていたが、彼女にあたる数メートル前で蒸発するように四散していた。
そんな戦いとも言えない、目の前に力の差を突きつけられている光景を見せられていたキサトは少しだけ引いていた。
「な、なぁ? 死ななくて記憶が失うだけって言ってもそれが事実って言う証拠ってないよな? ・・・速報でニュースになんねぇよな? 久しぶりに嗅ぐ焼き肉が、人の肉なんて嫌だぞ?」
「・・・多分心痛めてるだろうなぁ、と考えていた私が馬鹿みたいだな。キサトの考えているのは常識の話だ。私達は魔法少女だぞ? 魔法少女は魔法少女の攻撃ではそうそう傷付かんし、死なん」
「だったら安心・・・か?」
「まぁ、痛覚は普通に感じるだろうがな」
「ダメじゃねぇか」
この場はイリーシャに任せて、私たちの拠点に帰るぞ。と彼女が出現させた黒い靄が掛かった扉を潜る。
TS魔法少女は背伸びする 椎木結 @TSman
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