第9話 ライオンズ、バーバリ君

 場所はカッフェ跡地。


 ズゥーん、と擬音が体から染み出していそうな落ち込みを見せるキサトを、なんとも言えないような表情で見つめる2人。と1匹。


 見慣れた・・・まぁ、見慣れたくはないが、馴染みのある黒いハムスターではなく、より可愛らしい、デフォルメされたライオンが浮遊し、こちらを見ていた。


 そうですよ、俺って男だからね? 別に俺の懐が寒くなった訳じゃいけどさ? でも、楽しみにしていたものがなくなるってのは結構心にくるもんなんだぜ? と、色を失ったボクサーみたいな風体を晒しながら、立ち上がる。

 いきなりの様子に2人はびっくりした様子を見せる。


 無事な椅子を見つけ、2人の前に持ってきて座る。


「よし、じゃあ話を整理しようか」


「え、えぇ・・・キサトは大丈夫なの?」


「情緒不安定ってヤツですね。・・・ミナに悪影響がないか、それだけが心配です」


 やはり態度の変わらないアカリに、何かコンプレックスでもあるのか? と、考えてしまうが、態々突っ込んで聞く内容でもないので受け流す。


「切り替えが出来るって点は凄く魔法少女向きだから褒められる事ガオ。キサト・・・さん? 胸を張って生きるガオ」


 心配され、嫌悪され、肯定される。

 その三連単を目の当たりにし、少し気が落ち込むが


「・・・起きた事に対してウジウジしていたら前に進めないだろ? 時には諦めるってのも大人になるって事なんだよ」


 と、説明する。それに対して何を諦めたの? と表情で訴えてくる。

 一瞬、買ったばかりの服を、襲撃で・・・と、言おうとしたが、魔法少女としてのキサトでは無く、二十歳を超えた成人男性としての木佐斗が理性を見せ「・・・男が女性服買って一喜一憂するのってどうなの?」と、問い掛けてきた。


 まぁ、その問い掛けも、考えも、既に遅いのだが、一応のモラルがある事は誉める事だろう。一旦自分の姿を鏡で確認してほしいところだが。



 一瞬の恥を覚えたキサトは、少し言い淀み、考えを纒め結論付ける。


「出会いと、別れって事・・・カナ?」


 変なやつになってしまったが、その言葉でミナはキラキラとした表情に、アカリは愛も変わらず無表情の中に嫌悪の表情が見える顔で、よく分からない。

 で、それよりももっと分からない謎のライオンの彼は、サムズアップして頷きを繰り返していた。謎に自己肯定感を高めてくれるね、このライオン。



 出来れば黒ハムと代わって欲しいなぁ、と思いながら彼? 彼女を見る。恐らく、魔法少女になった時にポヨが言っていたマスコットの一つなのだろう、と大体の辺りが付いたのだが、やはり、人が良いのか、ハッと気づいた表情で一歩前に出た。浮遊しているので一歩なのかは疑問だが。


「あ、あぁ!! 自己紹介がまだだったガオ。僕はライオンフレンズのバーバリライオン! 別名アトラスライオンって呼ばれているガオ」


 そう言って立派な立髪をフリフリ揺らしながらサムズアップする。よく見れば、その立髪の先は浅黒く、動物園とかでよく見るライオンとは少し違った雰囲気を感じる。まぁ、そんな事を思うキサトであるが、近日動物園に行った記憶は無く、遡って思い出せばあるのは幼稚園時代。

 聞いた事のないライオンの名前に、それっぽく納得しているだけである。


「バーバリライオン・・・名前だけは聞いた事あるけど、実際に目にするのは・・・って、ライオンフレンズ? 君以外に居るのか?」


 凄く局所的な友達なんだなぁ、と思いながら聞いてみる。


「ガオ! 僕の他にインドライオン、ホワイトライオン、マーライオンが居るガオ。それぞれが別の魔法少女を担当しているから今すぐには紹介できないけど、皆凄く良いライオンだガオ」


「へぇ、そんなに居るのか・・・て、マーライオン!? それって、俺の記憶が正しければ口から水を垂れ流している、下半身が魚のイメージなんだけど・・・」


「そのイメージであってるガオ。キサトさんはとても物知りなんだガオね。僕たちのリーダー的な存在なんだガオ」


「そ、そうなんだ」


 口から水を垂れ流してリーダーとは? 少し所じゃない疑問が浮かぶが、まぁ、魔法少女が存在するんだもん。マーライオンが居たって不思議じゃないよね。

 まぁ、そもそもライオンのリーダーがマーライオン? って思ってしまうので、そこはマジカルパワーでなんとかかんとかである。




 と、他のマスコットとの対面で少し驚いてしまったが、気を取り直す。

 どうやら担当、との言葉が出た通り、彼・・・バーバリはアカリとミナの2人を担当しているマスコットの様で、その仲は凄く良いように見える。・・・近所の犬みたいな扱いされているけど、それで良いのかしら? とは思ってしまう。まんざらではない表情なので、よほど器がでかいように見える。


 どうして、バーバリと黒ハムとの間に深い溝が感じられるのはなぜだろうか。やはり変態と紳士は相容れない存在って事の証明なのか。

 学会に持っていって議論したい気持ちで一杯なのだが、門前払いされること間違いなしなので心の中に留めておく。




 よし、じゃあ話を整理しようか、と言って数分経ってしまったが、本題である。


「ちなみにキサトさんはあの魔法少女の事はご存知ガオ?」


「いや、知らないな。そもそも、魔法少女の大体の目的はメッチャワルイヤーツを倒す事だろ? なんでそれが同士討ちに繋がるのか・・・」


「私個人としては、そのまま業火に飲まれるキサトを見てみたいって気持ちもありましたけどね」


 そんな心の声がうっかり、すっかり、ガッツリ溢れているアカリを肘で突き、ミナは謝る。


「あの、ごめんなさい。私たちが勝手に行動したからこんな事になったのに・・・ほら、アカリも!」


「・・・本当にごめんなさい」


「まぁ、怪我とかは・・・今が無事なら俺は気にしないよ。ただ、次からはもうちょっと俺の話も聞いて欲しいかなって」


 恐らく謝罪の言葉は本音なのだろう。本当に申し訳ない、ってそんな気持ちを感じられる。だから許したのだが、業火云々の言葉も嘘とか、冗談とかが感じられなかった。・・・いつかは背中から刺されないよね?「私のミナを誑かさないで!」とか。

 四通り程、そんな未来に繋がるルートが見えたので決して嘘ではない未来なのだろう。


 ちょっとだけ、アカリには優しくしないとな。マジで。


「あ、そっか。2人・・・3人とも何か飲むよな。ちょっと待ってくれな」


 と、あからさまに不自然な動きで廃墟とかしたカッフェの中を散策し、無事な、一貫性のないコーヒーカップを四つ手に入れ、頑張ってコーヒーを注ぐ。

 それを3人に差し出す。


「あ、ありがと・・・え、苦っ!?」


「どうも・・・あまぁ」


「う〜ん。良い香りのする豆だね。有り難いね、僕はコーヒーには五月蝿いライオンだからガオね」


 三者三様で感想を告げる。俺の優しさで多分これくらいでしょ? 的な量の砂糖を投入した訳だけど。


「糖尿病で、間接的に殺すつもりですね、キサト。良いです、私も受けて立ちましょう。私の為に、そしてミナの為に、強いては世界の為に」


「俺そこまで何かやったの・・・?」


 逆に悪化した。




 コーヒーで一呼吸置き、バーバリが話し始める。


「キサトさんの言う通り、殆んどの魔法少女の行動理由がメッチャワルイヤーツを倒す事ガオだけど、中にはそうじゃない魔法少女も居るんだガオ」


「そうじゃないって・・・」


「ガオ。例えばキサトさん、魔法少女になって楽しかった事とかってあるガオ?」


 楽しかった事・・・?


 絶妙なハスキーボイスのバーバリに言われ、キサトの頭の中には楽しかった思い出が蘇る。

 魔法少女になった初日。鏡に映った見た目麗しい自分の容姿。可愛く、気品に溢れ、魅力があり、美女として胸を張れ、巨乳で、と、そこまで考えて胸を張って「これが楽しかった!」と言える程、素直な感性をしていない事を思い知る。

 性に塗れた汚れた獣よ・・・と、自分を卑下しながら、神妙な表情で頷く。


「殆んどの魔法少女は現実でも楽しく生活し、でもこのマジカルフィールドでも楽しく活動している。それは力であったり、自己顕示力であったり、人それぞれガオ。でもそれは日常のスパイスとして楽しんでいるんだガオ」


「ああ、それは分かる」


 現実でのアカリとミナの生活は分からないが、アカリの振る舞い方からして、現実の方を重要視しているってのは理解出来る。


「でも、それが全員が全員そう、って訳じゃないガオ。現実では上手くいっていなかったり、苦しんだり。敢えて、言葉で表現するなら、虐められていたり、未来に苦しんでいたりガオ。そんな子たちにして見ればこの世界は、なんの苦しみも無く、魔法少女(自分)らしく生きれる空間なんだガオ」


「・・・あぁ、それも分かる」


 子供たちにとっての苦しみは、もはや大人になったキサトには完璧には理解出来ないが、明日を生きる為に今を苦しんでいるって点では同じだ。だから今は今以上に魅力を感じていた。


「そんな子たちにしてみれば、僕たちが敵対するメッチャワルイヤーツは救いのヒーローなんだガオ。事実としてネガティーブが存在していなければ君たち魔法少女は居なかったし、逆にネガティーブが居たからこそ魔法少女が存在できているんだガオ。だから、その親玉であるメッチャワルイヤーツに感謝はしても、恨み言はないんだガオ」


「・・・って事はあの魔法少女たちは、メッチャワルイヤーツを守っている? いや、守っていなくても、彼女達の理想・・・なのかな。魔法少女として居続ける為に俺たちを狙ったのか」


「つまりはそんな感じガオね。難しい関係になってるガオ」


 俺たちは・・・というか、アカリとかの魔法少女はメッチャワルイヤーツを倒す、と言う使命で動いていて、襲ってきた彼女達は魔法少女として居続ける為に動いている。俺は・・・俺は、俺ぇ・・・。


 若干、本音と理想と建前が入り混じってカフェラテになりそうな感じであったが、無理矢理思考を変える。


「俺たちとしてはネガティーブを倒しながら、メッチャワルイヤーツを倒しながら、彼女達も相手しないといけないのか。3対1は辛いなぁ」


 人数的にも。そして力量的にも。

 もし、俺1人で戦った場合であれば、まだなんとかできそうな雰囲気はあった。だけど、今は3人である。1人だけでは解決できない事もこの先あるだろう。であればこの2人を強化するって話に繋がる訳である。


「ん? 3対1ではないガオ。1対2対1ガオね」


「それって・・・あぁ、メッチャワルイヤーツはネガティーブの親玉だから・・・でも、そしたら襲撃した魔法少女って」


 数が合わない事になってしまう。


「振り分けが違うガオ。詳しくはネガティーブ対メッチャワルイヤーツ&襲撃した魔法少女&キサトたちガオね。メッチャワルイヤーツは親玉だからといって完璧にネガティーブを使役できているって訳じゃないガオ。親玉って言われているには彼女の能力が関係しているんだガオ」


 彼女の能力・・・?

 と、気になる話である。


「まぁ、かと言って勝つのが無理な相手ではないガオ。使役できていないって欠点を逆に逆手に取って、ネガティーブが大量発生している場所に誘い込めば同士討ちが始まるし、弱ったメッチャワルイヤーツを討てれば完璧ガオ」


「誘い込むって・・・確かネガティーブって負の感情が〜って奴だろ? そんな事になるなら元の世界がどんだけ悲惨な事になってるんだよ」


「そうガオ。問題はそこになるガオ。だから目先の目的は自力の強化、つまり『感情マジカル』を完璧に使いこなせるようにする事ガオ」


「『感情マジカル』・・・? まぁ、使いこなせたからと言って、メッチャワルイヤーツの居場所や、目的が分からないとどんなペースでやれば良いのか分からないよな」


 一生懸命修行なり、訓練を積んだとしても、習得する前に襲撃とかされたら二の舞だし。


 それについては同意見だったのか、今まで、無言で聞いていた2人も大きく頷いていた。


「居場所ガオ・・・? えっと、暗き世界に居るって事だけは分かっているけど行き方は分からないガオ。目的も今の所、彼女自身が接近する事は無かったから分からないガオ」


「何も分からないばかりじゃ、ダメじゃない」


「次襲撃されたら・・・いや、今度はキサトの手を借りないように戦えないと」


 何もかもが分からないばかりじゃ、いざ取り掛かった時の心情がぁ・・・と、口々に言う現状。

 まぁ、バーバリだけであるがアカリが感情マジカルへの足がかりを掴んでいる事を知っているので、やりようはあるにはあると考えている訳である。

 その事を話さないのは、不安感は確かに理解できる、との考えがあるからだ。考えてるのね、ポヨと違って。キサトに聞かれて居なくて助かった次第である。



 うやうや言っている2人を保護者のような表情で見ていたバーバリであるが、1つ思い出した事があったのか声を上げた。


「そう言えば、繋がりがあるかは知らないけど、メッチャワルイヤーツの仲間である魔法少女の共通点として、プリティーマジカルフォンの色が黒ってのがあるガオ」


 そう言われアカリとミナは腰に下げたマジカルフォンを取り出す。綺麗で可愛らしいピンク色である。

 恥ずかしがりながらキサトも腰に下げたマジカルフォンを取り出す。綺麗で可愛らしいピンク色だった。


「言われたから反射的に出しちゃったけど、そもそも俺たちは・・・」


 言い終わる前に、テーブルに出した、自分のマジカルフォンに目が写った。確かに綺麗で可愛らしいピンク色の幼女趣味のフォンだ。フォンだけど、妙に気になる黒い点が見える。

 何だろうか? と手に取り、爪で擦ってみる。ちなみに爪は自身の髪色と同じ、紫っぽい黒のマニキュアが塗られている。細部まで凝ってるなぁ、と自身の魔法少女造形に感心しながらペリペリと剥がしてみる。


「(あれ? あれ? 結構、すんなり剥がれるな・・・)」


 と、思いながらも瘡蓋を無理に剥がしてしまうのと同じ、ささくれを痛いと思っても向いてしまうのと同義。抗えない衝動でその黒い点を中心として爪で剥いでしまう。

 黒かった。とても黒かった。その黒いのも塗装じゃ? と思ったけど、黒い部分は何度擦っても、力を入れても削れないありのままの姿だった。



 一瞬で、冷や汗が背中を伝った。悪寒が全身を覆う。嫌な予感が脳内を駆け回る。


 そんな俺の様子を心配してか、ミナが声を掛ける。


「ど、どうしたんだ、キサト? そんな気付いちゃいけない事に気付いちゃったような表情して・・・」


 まさか気付かれた・・・? 不信感が声を裏返させる。


「い、いや!! そんな事はないぞ!? うん! 決してないからな! うん!」


 あらかさまに不自然そうに2人に見られる。アカリがずいっと立ち上がり、こちらに身を乗り出す。


「少しマジカルフォンを貸して頂いても?」


 立ち上がり、大人としての身長差を活かす。手を高く上げ、手の届かない場所で訴える。


「いや、本当に何でもないから! 何でもないからさ、ほら『感情マジカル』だっけ? それの習得に勤しもうぜ? 時間は有限なんだからさ!」


「いや、でも・・・」


 と、納得しきれていない表情だが、渋々と言った表情で席に戻るアカリ。

 一段落、と気を抜く暇もなくバーバリが口を開く。


「そう言えばもう一つあったガオ。確か、メッチャワルイヤーツに肩入れしている魔法少女には、黒いハムスターのマスコットが居るガオ」


 座ったアカリと入れ替わるようにしてミナが立ち上がった。


 こんの、クソライオン・・・ッ! 絶滅危惧種とかしらねぇ、全身の皮を剥いで北海道の海で寒中水泳でもやらせるぞ? と、本心で考えながら向かってくるミナをあしらう。


「キサト? もしかして・・・」


「気のせいだぞ。うん。気のせい。いやぁ、アイツ風呂が苦手らしくてな。言っても入らないからあんなに黒ずんでしまってなぁ」


 と、必死に苦しい言い訳でゆるりぬらりと回避して居たのだが、


「やぁやぁやぁ。待たせちゃったね僕の可愛いマドモアゼル? ポヨ。ちょっと私用が入っちゃってお話しできなかったけど、無事終わらせてきたから・・・って、て? あぁー、やったポヨねキサト」


 話題の人物が高く上げたマジカルフォンから飛び出し、変な登場文言を言いながら落下し、言いながら現状を把握する。まぁ、黒ハムが出た瞬間に優しいライオンだったバーバリの犬歯が剥き出しになり、ガルガルと鳴っているから把握は容易だが。


 予想していたし、何となくもしかして? と思っていたけど、それが現実になった瞬間だった。


 何か弁解も、話し合おうの言葉もなく、バーバリは叫ぶ。


「アカリ、ミナ戦闘準備!!! 相手はメッチャワルイヤーツ・・・大将その人と、叛逆者だよッ!!」


 叛逆者って言わなくても・・・と、考えるが、そんなノホホンとした空気感のキサトとは違い、明確な肌身で感じられるほどの緊張感が両者の間に生まれていた。


「やっと本性を表しましたね、キサト」


 ああ、君はブレないのね?

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