第8話 漆黒の魔法少女達
ルルは焦り散らかしていた。
普段の対魔法少女なら最初のスタフィ熊スタイルで倒し切っていたし、少し強くても獣人モードで十分対応できていた。
その証拠にアカリの感情マジカルを耐え、カウンターをしっかりと決め、形勢逆転まで持っていった。
誤算はその後のキサトである。
死角から不意打ちを喰らい、少しの間行動不能になっていたが、視界はスタフィと同化しているのである程度の動きを観察する事が出来た。だけど、観察し、考察し、弱点を探したところで、キサトが放ったマジカルは防御不可能で、此方の攻撃も全て無効化される。
マジカルに優れた魔法少女は身体能力に難がある、との常識も彼女には通じなく、肉弾戦もスタフィとの戦いで普通以上に出来ると確認が出来た。
唯一の活路であったアカリとミナと言う足枷も、何故か3人の会話で無くなり、その脅威は最初よりも増していた。
焦る気持ちしかなかった。だけど、その焦る気持ちの中に、この状況も楽しんでいる自分が居る事に気付いていた。
普段は楽しいとも感じない日常を、無理矢理楽しもうと口角を上げていた癖は、今は無くなり、極々自然体で笑顔になっていたのを自覚していた。
放ったマジカルは悉く無効化され、寧ろその隙を練って一撃必殺のマジカルを放たれる。一応の弱点としては、一撃必殺とは言え、実態は霧であるので風には弱い事であるが、風を巻き起こしたところで、無効化される訳ではない。
寧ろ狙いがランダムになって、一撃必殺が拡散されるだけである。殆んど強化と言っても良いだろう。
だが、突風に巻き込まれた後の霧は操作が出来ないのか、それだけは好機足り得る情報だ。
だけど、そんな情報も今は無駄に終わり、現在はキサトの歩みを止めさせる事は叶わず、アカリとミナの2人の魔法少女の攻撃も相まって、体はボロボロで、魔法少女としての衣装も殆んど意味を為していなかった。
そんなルルから目を逸らすようにして近付いているキサトを見て、
「(もしかして照れてる? あぁ、色仕掛けかぁ。そっかぁ。気づくの遅かったなぁ)」
と、反省していた。
確かに、今までそこまで気にしていなかったが、同年代と比べれば幾らかスタイルが良いのだ。それを活用できる相手が居なかったから頭から離れていたが・・・。と、そこまで考え、キサトの手が近付く。現在はどこかのカッフェの壁をぶち抜いて、瓦礫を腰掛けに倒れている。
スローモーションのように見える死神の手招きに思わず声が溢れる。
「死にたく、無いなぁ」
この声に反応してか、それとも別の原因か動きが止まり、表情が曇ったキサトを好機と判断して体に力を入れる。
「(ははっ・・・もう、限界なのかなぁ)」
思うように力が入らない体を心の中で笑い、受け入れる。
せめて最後は笑っていようと、嫌いだった笑顔をもう1度浮かべて黒い霧を待つ。せめて痛みが無いと良いなぁ、と縋りながら。
だけど、そのルルの願いは良い意味で叶えられなかった。
ミナ、と呼ばれていた魔法少女が声を荒げる。
「キサトそこから離れてッ!!!」
薄い紫が黒髪から見えるキサトの背後で、叫んでいる彼女を見る。その隣にはステッキを構え、マジカルを放っているアカリの姿も見えた。
キサトが何かを感じ、その場から離れた瞬間、キサトが今まで立っていた場所に1本の紅蓮の槍が突き刺さった。その刺さった衝撃で、槍を中心とした紅蓮の渦が巻き起こり、周囲の建造物を破壊し、その場を青空の下に変えた。
衝撃に耐えるようにして瞼を閉じていたルルであるが、待っていた衝撃は無く、逆に優しく頬を撫でるような風が彼女を包み、その身に付けられた傷を癒した。
ルルは槍を投げたであろう人物が居る空を見上げる。真っ赤な情熱的なパンツが見える、彼女の心の炎を体現するような全身を赤で統一させている、フワフワなミニスカが印象的な、美しい長い赤髪をカチューシャで止めた見覚えのある彼女が確認出来た。
「イリーシャ・・・ちゃんじゃん。遅いよぉ」
呟きは彼女に届いたようで此方を一瞥し、普段は無表情な彼女なのに、ぎこちない笑顔を見せた。逆光なのがいけないのか、凄く輝いて見えた。
「辺りを灼熱の海に沈める」
有無を言わせない彼女の呟きは、人知れず確定事項となり、イリーシャが腕を上げる。
残像のように炎が軌跡を残し、込められた魔力からマジカルが姿を表す。イリーシャの頭上を中心とし、キサトとルルを離れさせた紅蓮の槍が100本、形を作った。
轟々と、小さな太陽のような輝きを放っている槍達を、腕を振り下ろした事で発射される。
方向性を持って放たれた槍が、辺りを焼き尽くすだろう、と思われた時、ルルにとっては忌々しい、アカリ達にとっては安心の、黒い霧が今までに無い程の勢いで地面から、上空を覆い尽くした。
残った建造物も、電柱も、槍も何もかも覆い尽くしたキサトのトゥルーオブダークネスは有無を言わせない静寂を与えた。
イリーシャの瞳は少しだけ見開かれ、少しだけ意外そうに首を傾げた。はぁはぁ、と肩で息をするように疲れているキサトを一瞥し、イリーシャは地上に降り、ルルを保護し、炎がイリーシャの足元から渦を巻き、2人を覆った。
姿を消す前にイリーシャは
「あの黒い霧ってえっちな魔法少女がやったの?」
「えっちって・・・そうだよぉ。キサトって人。すっごく強いから、次戦う時は気をつけてねぇ」
「次、次・・・うん、頑張る」
その言葉を最後に姿を完全に消す。一瞬の全身を炙られるような感覚の後、霧が晴れるように全身を覆っていた熱が無くなり、景色が完全に変わる。
黒く、深く、染み込んでいるような一色の世界。見覚えがある、あると言うよりは忘れたくても忘れられないあの人の世界。
「ワルイヤーツさんに、一緒に謝ってもらってもいぃ・・・かなぁ?」
軽く身震いし、絶対怒られるだろうなぁ、と想像しながら少しだけ身長の高いイリーシャに上目遣いでそう頼む。本来は自分自身の問題であるのだが、序列ではイリーシャの方が低い。だけど、1人よりも2人である。彼女と一緒に謝ったら少しだけ、罰は甘くなるだろう、と藁にも縋る思いで言う。
だが、帰ってきた返答はその真逆のものだった。
「うーん、謝らなくても良い? むしろ褒められる、かも?」
「褒められるぅ? それってどう言ぅ」
ちょっとまって、と伝え、腰に装着している変身端末を操作する。少しの時間を経て、端末からマスコットである黒いハムスターが飛び出る。
「・・・意外と早いポヨね。もうちょっと後の方で出会うと思っていたポヨ」
「可愛い。可愛いけど、私以外にも居る。示しが付かない、よ」
そう言われ、黒ハムは少し移動し、ルルの姿を確認する。
びっくりし、びっくりされる。表情から感情は読み取れないが、息を吐き、その体に黒い霧を巻き付かせる。
ルルはそれを見て、キサトと同じものだと直感し、臨戦態勢を取るが、イリーシャが無反応なのを見て、冷静になる。・・・深く考えて、イリーシャが無抵抗なのは何時も通りなのを思い出し、このままで良いのか? と、疑問になる。
だが、その疑問は黒ハムを覆った霧と一緒に四散した。
黒ハムを覆っていた霧はいつの間にか人形になり、その暗闇から華奢な体が出てきた。
身長はルルよりもイリーシャよりも高く、キサトよりは低い170程で、キリッとした顔立ちをした、笑顔が素敵そうなお姉さんフェイス。髪型は後ろに流した長髪で、キサトよりも深い黒髪だ。両耳には黒い輝きを放つダイヤ形のピアスを付け、双丘は凛々しくハリがあり、形は物凄く整っている。キサトよりも大きめだ。引き締まった腹部から、伸びる両足はすらっとしている。
一切のムダ毛が存在しない、彫刻のような綺麗で美しい裸体を誇る彼女。
スッと、イリーシャがその場にしゃがみ、膝立ちで頭を垂れる。それに遅れるようにして慌ててルルが続く。
緊張感が張り詰め、ルルは一言として喋れない重圧感を感じていた。
そんな彼女らを見て、美女は口を開く。
「楽にして良い。で、話はキサトの事であろう?」
楽にして良い、との言葉を聞き、イリーシャはゆっくりと顔を上げる。
「はい。その方と共に行動している事をお聞きしたくてお呼びいたしました」
いつもとは違った流暢な喋りになったイリーシャに驚きながらルルは黙って話を聞く。
漆黒の世界で、その黒を操るようにして、霧状になった漆黒で王座を作った美女は裸体のまま腰掛ける。肘掛けに肘を置き、手の甲に顎を乗せる。
ルルはヒヤヒヤしていた、何でこの人が目の前にいるのだろう、と。何でキサトの話が出るのだと。どうして・・・キサトのマジカルと、目の前の王・・・メッチャワルイヤーツのマジカルが酷似しているのだろう、と。
黒ハム改め、メッチャワルイヤーツは微笑み、話し出す。
「・・・そもそも君達は私のマジカルを流用して魔法少女になっているのは知っているな?」
「はい」
「えっ? あ、はい」
少しだけ、イリーシャに睨まれる。
ふふっ、とメッチャワルイヤーツは声を漏らし、その異質で異様な母性あふれる相貌をより和らげた。
「このキサトも同じように、私のマジカルを使って魔法少女化させたのだが、今に至るまでそのマジカルが彼・・・彼女に定着していないのだ」
「定着、ですか」
「そうだ。覚えていないだろうが、君達の最初のマジカルはキサトと同じものであった。まぁ、それも極々短い数秒にも満たない時間であるが。その魔法少女になった事で、私のマジカルは君達に適した形へと姿を変えるのだが」
「それがキサトには行われていない、と」
「ああ。ルル、君なら分かるだろう。キサトと戦ってみてどうだった」
2人の会話の中にいきなり呼ばれてびっくりするルル。
びっくりし、肩が飛び跳ねたが恐る恐る、声を震わせながら説明する。
「えっとぉ、その強かった、って言うのが正確な感想ですぅ」
「・・・ルル」
言葉遣いを指摘するイリーシャに良い、と宥める。
「続けろ」
「は、はい! そのぉ、攻撃しても無力化され、でもキサトの攻撃は当たったらダメで、なら身体能力わぁ? って思ったらぁ、それも普通以上に高くてぇ、正直、死ぬ覚悟で挑まないと、次は本当に殺されそうな位ですぅ」
「そうか」
話を聞き、どうだ? と、視線でイリーシャを訴える。その彼女の表情は信じられない、と言ったものだった。
確かに、序列としてはイリーシャよりルルの方が高いが、それは総合的な視点で見ての判断である。純粋な戦闘能力で考えるならイリーシャは1、2位を争える力を有している。が、それでもルルの戦闘能力はイリーシャからしてみても相当に高いものだと認識していたのだ。
自身は安全な場所から戦えるスタフィの獣人化、そして感情マジカルの射程無限、回数制限無しの強力な攻撃。そして、本人への過剰な身体能力の強化は、イリーシャから考えて、勝つのは骨が折れる、と考えるものである。
言葉に出さなかったが、表情で物語っているイリーシャを見て、メッチャワルイヤーツは満足そうな表情になる。
「定着していない、不完全な今でもルルをここまで追い詰められる強者なのだ。・・・我らの目標への一歩足り得る存在だろう?」
「はい・・・。ですが、その者の考えが一致するかは・・・」
同意し、行動を共にしてくれるか疑問なイリーシャ。
それに対し、確かにそうだ、と言うメッチャワルイヤーツ。
「だが、我が身近で観察した結果、キサトは我らの陣営に来る、と確信している」
今はまだ、その時では無いが、ゆっくりと気長に待とうではないか。この悠久の世界で、と話を締め括り、姿を黒ハムに戻し、イリーシャの端末に入る。
ふぅ、と息を吐き、緊張の糸を解いた2人であるが、急に端末からハムスターの顔を見せる。
「ルル、とやら。少しこっちを向くポヨ」
「は、はぃ!!」
そう言って、戻る前の姿よりかは幾らかサイズが劣るが、良い形をしている双丘を瞳に収める。
「沢山食べて沢山寝るポヨ。じゃ」
遠慮なく凝視し、適当に手を振って帰って行った。
呆気にとられるルルを見て、イリーシャはぎこちない笑みを浮かばせながら彼女を抱く。
「な、何よぉ」
「・・・仲間、仲間」
少しだけ、黒ハム姿の彼女と一緒にいる時間が長いイリーシャは、ルルを優しく撫でる。
何が何だか分からないルルであるが、別に悪い気はしないのでされるがまま、イリーシャが満足するまで撫で続けられていた。
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