第7話 彼女らも、生きている

 少し時間は遡る。


 キサトはゆっくりと歩いていた。ポヨが場所を知っている為、足取りは確かなものであるが内心ではフラフラだった。フラフラは言い過ぎだが。

 何が原因か? 考えて理解する。理解と言うよりは前にも似た経験をしたから、思い至る節があると言ったところである。


 有無を言わせない気迫に、人の話を聞かない思い込み、無理矢理我を通すやり方。全てを総合し、導き出した答えは


「えげつない程独占欲強いんだな、アカリって子は。・・・いやぁ、まさか気にしなきゃいけないのがあの子だったのか」


 例えば幼稚園の頃、中学生、高校の時。社会人になってからは体験してないが、仲良くしている娘の、好きな人と無駄に仲良くしてると変に嫉妬され、親の仇のような表情で文句言ってくるパターンだ。


 文句を言う前に話せって話である。「私、〇〇君が好きだから、仲を取り持ってくれない?」と一言でも言ってくれれば喜んで恋のキューピットになるのにな、と思いながらも答えはそれではない。

 正解は「あ、マジ? ごめんね。俺が悪かったわ。俺も応援してるからさ、何か手伝える事あったら言ってよ」が正解である。それで大体は機嫌を直してくれる。



 あー、良かった無駄に歳食ってるだけじゃなかった、やっぱり知識だよな、と答えを導き出した事で憑き物が晴れる。


 まぁ、それでもアカリがミナを・・・か、と少し驚く。まぁ、自由恋愛だからね? 驚きはしたけど、うん、まぁ、応援はするさ。それも青春だもんな。




 納得いった事で、焦る気持ちがなくなり、足取りもよりゆっくりとしたものになる。


「にしても最近の中学生って結構マセてるのね。俺が中学の時なんて・・・あー、まぁ、変わらないか」


「昔を惜しんでも仕方ないポヨ。今は今を向くしかないポヨ。・・・ポヨ? かと言ってあの子達を狙うのは無しポヨ? 手を出した瞬間ポヨに内蔵された自爆装置を作動させるポヨ」


「出さねぇし、出す気もねぇよ。俺の心配よりも自分の心配しろよ、お前の煩悩が溢れ出してあの子達に悪い影響を及ぼしたらどうすんだよ」


 言って、あの2人がおっさんのような思考で、同級生にボディータッチするイメージが流れる。


 ・・・まだ中学生で、同級生って部分で許される部分はあるが。まぁ、ダメだな。百害あって一利なしだな、この黒ハム・・・。見た目だけじゃなくて心の中まで真っ黒なのか。

 しかもタダの黒じゃなくてヘドロのような濁り、ドロドロとした黒だ。


 まぁ、既にアカリの方は持ち前のアレが、顔を覗かせているが・・・せ、青春だよな。うん。


 現実に目を逸らしながら、物凄い考え、思考停止している黒ハムを見る。ようやく考えが纏まったのか、真剣そのもので


「・・・もし、そうなったらポヨが責任取るしかないポヨね。安心して欲しいポヨ、痛いのは最初だけポヨ」


「その考えが既に痛ぇよ」


 出来るだけ近づかせないように頑張らないとな、と心に決めるキサトだった。





・・・・・・・・・



 その後、連続的な爆発音、地割れのような音を聞き、只事ではないと思って全力で走り、多分、恐らく敵っぽい少女を殴った訳であるが・・・


「正解・・・だよな? もし違ったら、違ったら、俺・・・」


 モノの見事に奇襲が決まり、遥か下に見えるアスファルトに叩きつけられたクマ耳フードの彼女を見て、視線を逸らす。

 強化された視力で、狼男と、それに対峙するミナと、そのミナの背後で倒れているアカリの姿を発見する。あんなにアカリの服明るかったっけ? と目に見えて分かる変化を遂げた彼女に疑問を覚える。まぁ、模様替えとか、気分転換だろうと無理矢理納得する。


 移動するのが面倒臭くなったか、マジカルフォンを介して再召喚され、出てきた黒ハムが言う。


「魔力の質としてはキサトと同じ魔法少女のものポヨけど・・・少しだけ、ネガティーブのモノも混ざっているポヨ」


「・・・つまり?」


「敵、ポヨ。ポヨが前に話した人の悪意を元にしたネガティーブ、みたいな感じポヨ」


「って事は奇襲は正解って事か、良かったぜ・・・」


 変な冷や汗が流れた自分を肯定する。間違ってなかった、間違ってなかったんだよキサト、と。


「まぁ、でも幼気な少女を殴った事実は変わらないポヨけどね、やーい虐待ポヨ」


「お前はどっちの味方なんだよ・・・」


 と、呟きながらビルから飛び降りる。敵であるなら分かりやすい、後は殴って勝てば良いんだ。

 そんな単純思考で手にステッキを召喚し、狼男とミナとの間にトゥルーオブダークネスを壁のように発動させる。


「こんな壁・・・ッ!? な、何だこのマジカルはッ!!??」


 との、声を聞きながらミナの前に降りる。意外とフワッと着地出来た事に内心喜びながら、2人を見る。


「ごめんな、遅れちまったわ。怪我とかは・・・ミナは無いか?」


 アカリを見て、ミナを見る。びっくりしたように肩を震わせ、若干俯きながらミナが答える。


「う、うん、私は大丈夫だけど・・・その、キサトさんごめんなさい。私が一緒に居たのに・・・」


 泣きそうな声色でアカリを見た。倒れて、気を失っている彼女の顔には大きな傷とかは無いが、小さな擦り傷が何箇所もあるのが確認出来る。無傷なミナと、気絶しているアカリを見て、大体の背景が見えてくる。


 めちゃくちゃに歪だけど、大切で、守りたいって気持ちだけは本当なんだな、とアカリに対する認識を良い方向で改める。歪なのは変わらないけどな。


 申し訳なさそうにしているミナに近付き、頭に手を乗せる。


「き、キサトさん・・・?」


「心配すんな。俺が来たからにゃ、大船に乗った気持ちで待っててな。だから、アカリちゃんと一緒に見ててくれよ」


「で、でもキサトさん・・・」


「ミナはミナで良く頑張ったよ、だから今度は俺が頑張る番だな」


 と、そう微笑んで、無造作に頭を撫でて振り返る。壁の様に発動していたマジカルを解除し、狼男と対峙する。1人だけ別の世界線から来たような妙にリアルな造形の彼、彼女? を見ながら肩を回す。


「俺はあの2人みたいに甘くねぇから。精々死なないように痛ぶってやるから、キャンキャン鳴いてくれよな?」


「はっ、よく言ってくれる。泣かされるのは貴様の方だ」


 最初に動いたのは狼男である。

 踏み込んだ足は容易に地面を抉り、2歩目で最大速度になる。向かってくる両腕を見ながら、手を前に向ける。


「言ったろ? 甘くねぇって。トゥルーオブダークネス」


 詠唱されたマジカルは向かってくる狼男以上の速度で広がり、容易に彼を覆う。全てを無に返す霧だ。このまま突っ込んだら消えるし、退路は、どうしようか? の判断の時間で塞がれる。


 だが、最初のマジカルで何と無く効果を読んだのか、狼男は突っ込むでも、逃げるでもない手段を選んだ。突進の威力を転換し、地面に向け、勢いよく両腕を突っ込んだのだ。

 重機が動かしたような仰々しい音で地面が割れ、天然の砂の壁が形成される。


 だが、それも意味を無さない。


「・・・なッ!?」


「見るべきはそこだけじゃ無いだろ、俺の事もしっかりと見てくれよ」


 目の前で砂の壁が一瞬で呑み込まれ、反射的に空中に飛んだ狼男を追う様にして、キサトが飛び上がる。


「ッ・・・!? くそッ!」


 足元から来るキサトを叩き落とすように拳を固め、振り下ろすが、その最中に黒い靄を見て、攻撃を改める。

 その隙を読んで、キサトが狼男の腕を掴み、顔面に向け上段蹴り。モロにパンモロなのだが、そんな事を気にしている人間は1人もいなかった。人間以外では最中では無いが。


 仰け反り、重力通りに落ちていくスタフィの腹の上に乗って、いつの間にか手に握ったステッキを構える。


「これで終わりだな、トゥルーオブ・・・」


 と、詠唱が完成する前に聞き覚えのない声が響いた。


「スタフィ、戻って!!!」


 その声に反応するように、狼男の姿をしている彼の姿が一瞬で縮み、クマのぬいぐるみになった。


 足場が変化した事で体勢を崩したキサトはマジカルの発動を中止し、地面の着地する。クマのぬいぐるみを見ながら、声が聞こえた方向も注意する。


 どうやら最初に地面に叩き付けた少女が言ったようで、伸びていた彼女が立ち上がったのが確認出来る。

 追撃を、と考えたのだが、注視していたクマのぬいぐるみが何故か手元に戻ってきている事に疑問を覚え、ミナ達を守る様にして、その場で待つ。


「ッつー、痛ったぁーい。・・・もう、スタフィもボロボロになっちゃってるしぃ」


 と、大事そうに糸がほつれているぬいぐるみを撫でる。

 何をするのか? 何をしてくるのか? 誰を最初に狙うのか? 2人を逃がした方が良いか? と、考えたが気を失ったアカリを無理に動かすのは今のミナには難しいよな、と改め、後手に回らないといけない状況を確認する。


 悲しそうに、愛しそうに、優しく愛でていたクマ耳フードの彼女がいきなり、何の前触れもなく撫でていたぬいぐるみを破った。


「・・・何をしてると思う?」


「(ポヨは端末の中に避難中ポヨ。感じる魔力的に感情マジカルとかじゃないかポヨ?)」


「・・・ん? 感情マジカル?」


 いきなり言われた新しいワードに驚きながら、彼女を見る。


「ルルは怒ったもんね、ルル怒っちゃったからねぇ」


 ぬいぐるみの中に入っていた端末、恐らくプリティーマジカルフォンを構え、彼女。ルルは呟く。


「スタフィ、ハイ・ビースト」


 瞬間、肌身で感じる程の威圧感がキサトを襲った。

 気圧されるような、吹いていない筈の突風に襲われているような、明らかに何かが変わったのを五感で感じた。


 半透明の巨大なクマがルルの背後に現れ、彼女を包む。地面から巻き上がる突風が、さらに彼女を包みあげる。試しに、とキサトはステッキを構え、トゥルーオブダークネスを発動したが、巻き上がっている突風に黒の霧が流され、効果は無かった。

 あからさまな進化は、数秒足らずで完了した。


 徐々に晴れる様にして突風が姿を消し、そこから覗かせたのはクマ耳フードとは打って変わった彼女の姿だった。


 狼の口から顔を出し、胸を覆うのは毛皮の布で、同様に腰を覆っているのは毛皮のズボンだ。背丈と、幼い顔立ちからは似つかないスタイルの良さが布からはみ出すように強調されている。手には狼のような肉球や爪が手袋のように生え、足も同様に可愛らしい狼の足を象った肉球や爪がはみ出すものになっていた。その背後で大きく、フサフサな尻尾が大きく揺れている。


 そんなハロウィンでたまに見かけるようになった狼少女になったルルは八重歯を覗かせながら可愛い声で右手を此方に向ける。


「がぶっ」


 広げた手のひらを見せ、閉じる。

 それと同時に感じた殺気に、背後に居る2人を抱えて大きく横に飛ぶ。


 バリッ、と煎餅を齧ったような呆気ない音が先ほどまで居た場所を、地面から出てきた半透明の狼の顎門が一瞬で抉り取り、喰らった。

 2人を抱えながら冷や汗をかく。先ほどまでの戦いとは格段にレベルの違うモノであると目に見えて分からされる事になった。


 地面を喰らった狼が、日に一回の必殺技である事を願いたかったが、それは叶わなかった。何度も、気の抜けた拍手のようなレスポンスで逃げているキサトを予測して地面から飛び出る。

 

 右に左に、後ろから。その攻防も2人を抱えての事なので、行動にも制限がかかっている。徐々に精度が上がってくる。


 強化された身体能力で、2人を抱えた時の重さは殆んど無いが、それでも2人を米俵のように抱えているのはバランスが必要なのだ。少し体勢を崩し、避けるのに失敗する。

 目の前に広がる半透明な狼の口の中。あら、意外にも歯並びは良いのね、と走馬灯のように流れる時間の中で、痛みは待てども来なかった。閉じてしまった目を開ける。


 いつの間にか気を取り戻したアカリと、ミナが絶妙に長くなったステッキと、大剣を不安定な肩の上で、狼に向け叩き付けていた。


「・・・謝罪はしないです。でも、もう、足手纏いにはならないので守らなくても結構です」


「キサト!!! 凄い!!!! スゲェ! やっぱキサト! ・・・ん゛ん゛。私達はチームだからさ、任せてくれよ」


「ふ、2人共・・・」


 ツンツンした表情で、顔を背け、ステッキを構えるアカリと、めちゃめちゃ目を輝かせながら豪語するミナ。2人共・・・私達はチーム、か・・・。


 と、心に響くものを感じる。感じるが、すぐに砕かれる。


「そ、そのっ! で、出来るだけ早く終わらせてもらえると、たッ!! 助かります・・・っ!!」


「ぬ、うぉおおおぉおおおお!!! や、やば・・・ヤバくないぃいい!! けど、ヤバいぃ!!」


 必死の形相で地面から襲いかかってくる狼に必死の抵抗を見せている2人。

 1匹に対して拮抗している2人を見る。そこに、絶望を見せるように追加の狼の顎門が襲ってくる。そんな事実を見ないようにしているアカリと、見てしまって口を半開きにしているミナ。


 そんな2人を笑い、こんな事も1人で出来ないのか、と自分が不甲斐なく感じてしまう。

 圧倒的に質の違う威圧感で、自分のマジカルの使い方を何と無く理解したキサトは争っている狼に向け、無言でトゥルーオブダークネスを放つ。効果は何時も通り、何の抵抗も悲鳴も足掻きも全てを呑み込み、無に返した。


 情けない自分を奮い立たせるように2人の肩をポン、と叩いて前に出る。大きく開いた顎門に呑み込まれ・・・る寸前で黒い霧が噴出し、無効化する。


「大人は子供の見本、だよな。よし、今度こそは見てて・・・」


 と、言い終わる前にミナが一歩前に出た。


「違う!! 確かに私達と比べたらキサトは年上かもしれないけど、チームだから! 助けられたばっかりだけど、チームだから!! 1人でなんでも出来る訳じゃないけど、信じて欲しい!! キサトは前だけを見て、私達が後ろを守るから・・・」


 言うにつれ、尻窄みしていくミナを守るようにしてアカリが一歩前に出る。


「私も同じ感じです。大人だからって子供を舐めないで下さい」


 アカリは手に持ったステッキを振るい、キサトの背後で形成された狼を、アイス、フレア、ストームの3詠唱で凍らせ、溶かし、砂塵と還した。

 振り返り、え、そんな威力だったっけ? と、驚く。


 2人の視線を受け、真意が籠っていると感じたキサト。

 心を改める。確かに2人を舐めていたのかもしれない、子供だからって何にも出来ない、と。子供だから守らないとって、変にカッコ付けて蔑ろにしていたのかもしれない。

 相手は中学生で、年下な未成年だとしても、魔法少女として2週間も活動しているのだ。


 彼女らは彼女らなりに考え、悩んで、行動しているのだろう。そんな成長の場を、大人が奪って良いのだろうか?


 自惚れていた。年上だからって目と目を合わせていなかったのだ。


 2人の言葉を呑み込み、今度こそ理解する。


「・・・そうだな。うん。俺が君達の事を信じてなかったよな。・・・じゃあ、後ろは任せた」


 いつもと違った表情で言ったキサトを見て、2人はそれぞれで頬を緩ませる。

 湧き出るやる気を力に変え、体の中を循環する熱い魔力が認識出来る程高まった2人。その背後から襲いかかってきた狼を、キサトは振り向かずにマジカルを放ち、無力化する。


「・・・あ」


「うぇ・・・」


「だからと言って俺が2人を守らない理由にはならないけどな」


 そう言ってキサトはルルの方へ向かう。

 向かったのを皮切りに2人の内部魔力は加速し、動きが目に見えて良くなる。振るう大剣の太刀筋は威力と正確さが向上し、ステッキから放たれるマジカルの数々は1つ1つが正確にミナを補助し、キサトの行く先を邪魔させない。

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