第6話 大好きなんだってね

 アカリに手を引かれ、進んでいくミナ。

 無理矢理にでも振り解こうとミナは頑張るが、まるでびくともしない。普段はそんな力ないのに・・・と、若干驚いているミナである。

 理由がわからず、声をかけるが何の返事もない。ただ、ミナからして少しだけ見上げる程の身長差のアカリは怒っているんだろうな、って事だけは分かる。言って仕舞えば何かに怒っているとしか理解できない。



 進んだ距離が、キサトが見えない程まで行った所でアカリは手を緩めた。


「アカリ、勘違いなんだ!! キサトさんには無理言って私が勝手に・・・」


 と、真意を説明しようとするミナの頬をむぎゅう、と抑えて押す。タコのような口になった。


「にゃ、にゃにをするだぁ」


 乙女にしては少し芸人じみている表情になったミナをアカリは上司し、泣きそうな表情になる。


「ミナちゃん」


「・・・う、うん?」


「ミナちゃん」


「うん」


「ミナ・・・ちゃん」


「・・・え、ど、どうしたんだよ、アカリ? 何で泣いてるんだ・・・?」


 呟き、噛み締めるようにミナの名前を呼んでいたアカリであるが、その呼びかけは徐々に涙声に変わっていき、最後には涙腺が崩壊したように、ポロポロと泣き出してしまった。

 そんな、普段決して見ることのないアカリの泣き顔に、オロオロとしてしまうミナ。


 どうすれば良いか、慰めれば良いのか、さっぱり分からずタコ顔のまま困る。


 だが、そんな時間は長く続かず、アカリの涙が止まった事で答え合わせされる。


「良かった、良かった、ミナちゃん怪我とかないよね? 傷とか出来てないよね? 打撲とか脱臼とか、幾ら私達が中学生だからまだ怪我の治りが早いと言っても痛いのは嫌だもんね。ね、キサトさんにその・・・へ、変な事とかされてないよね? ね、大丈夫。私達は親友だから、うん。大丈夫、聞いても他の人に言ったりしないから」


「あ、アカリ・・・?」


「あ! うん、確かに言うのは恥ずかしいよね、うん。それは私の配慮が足りていなかった。だから、その、そこの店に入ろ。うん、そうしよ」


 と言って向けられた視線を追うと、そこには電気が通っていない為、廃墟じみた暗い印象になっているホテルがあった。


「そこって・・・アカリ・・・?」


「うん、大丈夫、私も初めてだけど、キサトさん・・・あの女狐にやられた事を私が上書きするから、ね? とっても優しく、なぞるように・・・ね? 大丈夫。私はミナちゃんが好きだし、大事だし、特別だから・・・預けてくれないかな?」


 縋るように言ったその言葉は、視線を合わせると有無を言わせない強制力を持った眼力で、嫌ともうんとも言えない雰囲気だった。

 とても異様な空気感だ、何が起こっているんだ? と、ミナはひしひしと感じる。だが、それは感じるだけで、物事は水平型エレベーターの様に、ミナの意見をそっぽに置いて進んで行く。


 嫌だ、の前に何で? が埋め尽くされているミナの手を持って、今度は優しく引っ張る。アカリの表情を見る。とても女っぽい、艶やかな、それでいて引き込まれる様な表情だった。何でも包み込んでくれそうな・・・


 と、引き込まれそうになるアカリの手を振り解いて叫ぶ。


「ど、どうしたんだよ、アカリ!? な、なぁ、私が勝手に夜中ネガティーブと戦った事を怒ってる? だったら謝るから、から・・・本当にどうしたんだよ、アカリ・・・」


 分からない、分からない。分からない事しかなくてどうしようもない。

 さっきまではキサトと一緒に楽しい・・・かは分からないが、憧れる人と一緒に戦えて凄く嬉しかった時間だったのに、この左はなんだろうか。


 現状のアカリの変化との落差もミナを混乱させる原因になっていた。


 必死に説明を求めるミナを、子供をあやす様な優しい声色で、保母の様な朗らかな表情で諭す。


「ミナちゃんは心配してるんだよね? うん、そうだよ、きっと。でも大丈夫だから、ね? 確かに怖いかもしれないけど、2人いれば何だって大丈夫、でしょ? 今までも、これからも。・・・もしかして」


 表情が曇る。空気感が変わった。ミナは言葉が出せず、息を飲む。


「私じゃなくて、あの女狐が良いの? あんな一人称が『俺』とか女のカケラもない人が? 気品すら感じられないガサツな立ち振る舞いな人が? 間違ってる、間違ってるよミナちゃん。友達は、親友は間違っている事は間違ってるって伝えないといけないよね・・・?」


 そう言って右腕を構える。片手はミナを握っているので逃げられない。そもそも、ミナの頭の中には逃げる、と言う選択肢が生まれていなかったが。

 有無を言わせない平手は、ミナの目から、ゆっくりとスローモーションかのように流れる。


 パチン、とそんな心地良い快音が鳴る・・・前に彼女らが入ろうとしたホテルを破壊しながら一つの影が落ちてきた。瓦礫と、砂埃、破壊音が彼女らを覆う。


「ミナちゃん!! アイスストーム!!」


 いつの間にか取り出したアカリのステッキが向かってくる土砂の波に向け、マジカルを放った。

 地面から巻き上がる様にして発動された砂埃を巻き込んだ竜巻は、彼女らを覆っていた瓦礫を吸い込み、巻き上げ、凍らせる。


 破壊の後に残ったのは、瓦礫が氷、氷像の様になった高い、竜巻の柱だった。




 アカリのマジカルは『フレア』『アイス』『ストーム』の三種類だけである。と、ミナは教えられた情報を思い返す。実際、この2週間はその三種類だけしか使っているところを見てない。なら、その新しいマジカルは何なのか?


 アカリに抱えられ、守られる様にして背後にいるミナは考える。考え、思い至る。


「何で、私がアカリの後ろに守られないといけないのっ!!??」


 叫び、片手に大剣を召喚し、恐らくの襲撃者に向け。


 飛び出し、戦う気満々のミナを見て、アカリは取り乱したように叫ぶ。


「ミナちゃんは後ろ!! 後ろで、隠れてて!!」


 こんな時までそんな事を言うのか、とミナは振り返り、少しだけ冷たい表情になる。

 その表情を見たアカリは気圧され、泣きそうな表情になる。


「お願いだから、お願いだから私から離れないで、知らない所で居なくならないで・・・」


「・・・アカリ? それって、」


 少しだけ、理解できる本心が溢れた時、見計った様に、なっと瓦礫の山から抜け出した様に、1人の少女が顔を覗かせた。


 ノースリーブで、クマ耳のフードを被った短パンの彼女。フードから覗かせる相貌はキツい三白眼で、八重歯が印象的な金髪だった。

 ゲホゲホ、とむせ返りながらポッケに突っ込んだ右手を出し、2人の方へ向ける。


 キツい顔立ちには見合わない可愛い声色で、めちゃめちゃな笑顔を見せながら


「スタフィ、今度は遠慮は要らないよぉ。全力ガブガブ」


 そう、背後で瓦礫に呑まれていたもう1匹に命令する。


 瞬間、飛び上がる様にして大きな影がクマ耳の彼女を飛び越して襲いかかる。


「ウガァアアアアア!!!!」


「く、クマ!?」


「み、ミナちゃん、前前!! フレアストーム!!!」


 クマ、と言うよりは熊な、妙な生々しさを感じる熊に向け、アカリはマジカルを放つ。巻き上がるように拘束し、燃やし尽くす炎の竜巻だ。

 一瞬動きを止めた事でミナとアカリは距離を取る。紙一重だったようで、炎の竜巻から力付くで抜け出した熊の一撃が、先ほどまでミナが立っていた場所に繰り出された。その威力は容易にアスファルトを打ち砕き、地響きを伴って周囲の地盤を数センチほど下げる。


 その威力を見てミナは青褪め、アカリは対照的に高揚した。この威力がミナを襲ったら、と考え、そんな攻撃を繰り出した彼女に対しての怒りで顔に熱が入っているのだ。


「なぁ、逃げよ? キサトさんを呼んできた方が良いって・・・」


 とのミナの言葉は耳に入らず、いや正確には聞いたのだが、自分ではなく、キサトを頼っているミナと言う事実が、怒りに更なるガソリンを撒いている。

 怒りに応えるようにアカリのステッキは一回り大きくなり、軽トラ程の大きさの熊を覆い尽くす程の魔法陣でマジカルを発動する。


「サン・フレア!!」


 発動したマジカルの太陽のような輝きを放ちは、向かってきた熊の目眩しを担う。本質はアカリの強化である。


 羽化するように彼女の背中に真っ赤な轟々とした炎の翅が生え、衣装も炎そのもののラインが入る。背丈自体も伸び、キサトと同様程のものになった。


 爛々とする視線をクマ耳の彼女に向け、駆ける。


 何だそれ!? と、変化したアカリの姿に戸惑っているミナ。だが、敵である彼女はその姿を知っているのか気不味そうな表情を見せた。


「ゲ、感情マジカルまで覚えてるなんて、私聞いてないよぉ。スタフィ、あー、嫌何だけどなぁ。・・・本気で相手してあげて」


 心底嫌そうな顔で、スタフィと呼んでいる熊に向け魔力を注ぐ。その魔力は可視化しており、キサトのマジカルの様な深い霧状のそれが熊を覆う。

 吸収し、熊の姿が一層凶暴になる。


 表情は熊らしいものから犬っぽい、吻が伸びた顔付きになる。耳は鋭く伸び、体表を覆う毛は月からの月明かりを反射する、高硬質なものに。両腕は肩、上腕、前腕が発達し、人の腕らしく。両足も二足歩行に適した構造になる。

 変化を遂げたスタフィはその両足で地面を踏み締め立ち上がり、顔を上げ、月明かりに向け叫ぶ。


「ワオォオオオオオオオン!!!」


 変化を纏めると熊から狼の獣人に変身、が正しいところである。


 そんなウルフマンな変化を目撃した2人はそれぞれの感想を述べる。


「か、可愛い・・・」


「熊肉なら需要はあったんですけど」


 と、そんな感想を聞いてからか、それとも遠吠えが満足いったからか、スタフィの視線は2人に移る。


「すまない、この姿の俺は・・・力加減が上手く出来ない」


 え、喋れんの? との感想は、スタフィの姿がブレ、一瞬でアカリの顔面を殴りつけた衝撃で述べられなかった。


 速度を付けての殴り付けは、スタフィの言う通り、手加減の一つもなく、全力そのものであった。

 インパクトの衝撃でアカリが立っていた周囲の地面、建造物が薙ぎ倒され、吹っ飛ばされたアカリの場所を示すように数十センチ抉れた地面がある。



 衝撃でゴロゴロと飛ばされたミナは、頑丈になった自身の魔法少女としての体を今まで以上に無いほど褒めながら、手から離れた大剣を再度召喚する。立ち上がり、スタフィを睨む。

 足はブルブルで、腰はガタガタで、歯はカタカタ鳴っているが、視線は逸らさず、スタフィただ1人を睨んでいた。


 その視線を受けた彼は「ほぉ」と感心の声を上げる。


「君がその心意気なら、俺も答えよう」


 と、良い、全身の毛を逆立てる。


「・・・主人よ、避難を」


 言葉は流れ、返答は遠く離れた場所から聞こえる。


「もうしてるよぉ」


 直接見るわけでもなく、野生の優れた索敵能力で、耳をピクピク鼻をヒクヒクとさせ、主人のいる場所が聳えるビルの屋上である事を知る。ついでに手を振っているなぁ、とまで分かる。


 スタフィは腰を落とし、両手の爪を出す。ふぅ、と息を吐き、閉じていた瞼を開ける。腹部に衝撃が伝わる。


「うぐっ・・・ま、まだ息があったのか」


「・・・」


 衝撃を加えた張本人はアカリであった。

 殴り飛ばされた数十メートル先から強化されたフレアを発動し、スタフィの攻撃をキャンセルした訳である。そして、そのキャンセルの隙を見逃す程、今の彼女は甘くない。


 口元を覆う、マフラーのようなそれは、アカリが移動した場所を炎の軌跡として残す。


 さっきのお返し、とガラ空きな顔面に向け、炎で覆っている拳を振り抜き、地面に叩きつける。

 アスファルトに埋まったスタフィに遠慮なく、ハイヒールになった自身の靴で何度も顔面を踏みつける。踏み付けるごとに、ヒールの部分を形成しているマジカルが変化する。

 フレア、アイス、ストームとランダムに変化し続けるそれは、一切の抵抗を踏み躙る。


 逃れる為のスタフィの身捩りは、正確無慈悲なアカリによって一つ一つ潰され、足を掴んで停止させようとする動きは足すらを覆うマジカルの炎によって焼かれ、意味を成さない。



 そんな一方的とも言える虐殺の終わりは意外にも呆気ないものだった。


 目に見えて威力の無くなったアカリの足を掴み、横たわった状態から上段蹴りを顎にヒットさせる。一瞬の強烈な衝撃は、容易に脳震盪足りしめる。

 身動きが取れないアカリを放り、スタフィは深い地面の穴から飛び出す。


「・・・流石は魔法少女、と言った所だがまだ若い。いくら強くても、時間の制限があったら意味がないだろう」


 そう言って鼻を押さえ、血を抜く。ピシャ、と地面に飛ばされた血は浅黒く、獣臭がすぐに漂ってくる。


 飛ばされたアカリの側にいるミナは、彼女に呼吸がまだある事を確認し、もう一度対峙する。


「彼女が感情マジカル使えるなら、君も使えるのだろう? さぁ、かかってこい」


 いつの間にか、忘れていた戦いへの高揚感を取り戻したスタフィは、その野獣そのものな表情を歪ませ、若干上擦った声で言う。

 言い終わって、自身の声が上擦っていたことに気付いたスタフィは心の中でほくそ笑む。自分にもヒトっぽい部分はあったのだと。



 残されたミナは大困りである。感情マジカル? なにそれ? そんなものがあるなんて初めて知ったし、アカリがそれを習得しているなんてのも初めて知った。

 と言うか魔法少女になったタイミングも、行動も殆んどを同じで過ごしてきたので本当に何にも知らないのだ。

 それを求められても困るけど・・・と、思いながらも震えが止まった体で大剣の切先をスタフィに向ける。


「私が、私である為に絶対守る・・・ッ!!」


「・・・ふむ、感情マジカルにならないのか? いや、それともまだ習得していない・・・? まぁ、戦えば分かるか」


 そう言い、一歩近づく。それとほぼ同時に背後で聞き覚えのある悲鳴が聞こえる。悲鳴と言うよりは潰れた音であるが。


「ひぎゃ、」


「あ、主人・・・? ・・・なっ、俺とした事が」


 落ちてきた、つまりは上に原因があると顔を上げる。そこには月明かりを吸収する黒を象った様な魔法少女の姿を見付けた。

 その姿は両サイドを三つ編みで纏め、後ろに流した紫っぽい黒髪をし、服と呼ぶよりは布と表した方が良い格好で、絶対領域からスペード柄のタイツが伸び、黒のヒールを履いている。黒のイブニンググローブを着けた腕は殴って、振り切った姿で止まっている。頭上に居ることでミニスカが意味を為していないが、そんな魔法少女ではなく、魔法少女のコスプレをした女優と言い表した方が適切な彼、もしくは彼女、


「や、闇夜の使い、キサト。マジカルな漆黒で浄化してやるけど・・・え? どんな状況?」


「キサトさん・・・」


 キメ顔か困り顔か微妙な表情で固まっているキサトと、対照的な笑顔になったミナ。

 伸びて感情マジカルが解かれているアカリに、地面に叩きつけられグルグルと目を回しているクマ耳の彼女。そして獣人のスタフィ。


 さぁ、魔法少女ヒーローのお通りだ。

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