第5話 すれ違い
時計とは偉大なものである。
人類史最大の発明とも呼べる時間を確認でき、そして理解できる。
例えば目指すべき指標にも出来、それを元に待ち合わせとかもできる。1分が60秒だと分かるし、1時間は60分だとも知れる。そして1時間は非常に長い事も体感できる。
キサトは盛大に暇を暇していた。
マジカルフィールドは現実世界を元にしているとは言え、そこに住んでいるような稀有な人間は殆んど存在しておらず、その関係で娯楽が機能していなかった。
何十倍も拡大されている関係で、移動にも相当の努力を有し、近場の駅を目指すのも骨が折れる。
移動の殆んどを身体能力にモノを言わせて飛んだように動いていたので疲労感は一切ないのだが。これが若さか。
試しに覗いた商業施設は無人であるし、ゲーセンも稼働していなかった事からして、娯楽が機能していないのは確定である。ソースは俺。
あぁ、こんな退屈な時間を過ごしていくのかぁ、と絶望する寸前、ガラスに映った自分の姿が見える。キサトに電流走る。
そうだ、そうである。自分は今何か? それを忘れていたのだ。今は現実に打ちひしがれる社会人ではなく、少年少女の希望となる魔法少女の姿なのだ! 表面上は冷静そのもので、さも当然ですよ? と言った凛々しい表情でレディースの店へ足を運ぶ。
「あぁ・・・これが幸せなんだな、忘れていたよ・・・」
「忘れたままな方が世間体的には幸せポヨ」
黒ハムと一緒にあーでもないこーでもない、と春夏秋冬のコーデを試し、延々と試着を繰り返す。恐らく試着済みとタグ付けして売れば高額転売間違いなしだろう、別の立場だったらキサトが買っている。
例えば、縦シマ模様のセータの上にブラウンのコートを羽織り、幅広のボトムス。服装が可愛すぎて自分には似合っていないと、照れながら戻す。
膝上の藍色ワンピースを着てみて、田舎の花畑で出会ったら初恋は俺だなぁ、と思ってみたり。
自身の髪色が紫っぽい黒である事からクール系が似合うと確信したキサトは走る。店内を。
「あれと・・・これと・・・それ・・・っ! はい、これが大人の財力っ!!」
無人なので、お金が必要なのか悩ましい所であるが、ここは立派な社会人である。法律に則って電子マネー決済である。勝手にレジに入って色々触っているのは法律的にどうなの? と、思う所であるが、まぁ、人いないし構わないだろう。ガバガバである。
どうしてプリティーマジカルフォンに決済機能があるのか疑問に思う所である、変身端末じゃないのか。
「そこはマジカル要素でどうにかしたポヨ。契約者の善意は決して挫かせないのがマスコットの役目でもあるポヨ」
「善意は挫かせないけど、性癖はへし折るのな」
「間違ったことは間違っている、と言うのが正義ポヨ。悪・即・斬的なポヨ」
「新撰組も聞いて呆れるぞ」
斎藤一もフタエノキワミである。
両手に服が様々に詰まった袋を下げ、再度来た道と同じく建造物を蹴り上げながら空を駆ける。
別れた2人曰く、マジカルフィールド内に連絡先を交換し合っている魔法少女が居た場合、その魔法少女のマジカルフォンを媒体として近場に来れるらしいので、場所的にはどこでも良いのだが、何となくカッフェに愛着が湧いていたので戻っている訳である。
不法侵入であるが無人だもん、別に構わないよねっ!?
帰ってからこの服群で色々と可愛くならなくちゃ! と、盛大に魔法少女を活用しようとするキサトの脳内であるが、現実はそうはいかない。
カッフェの中に入り、服達が入った袋を適当な場所に置いたタイミングで来た。あ、あら意外と早いのね・・・?
1人分の魔法陣がマジカルフォンから飛び出し、地面に描かれる。そこから金髪の彼女が現れる。
「キサトさんお久しぶりです! へへっ、会いたくてこっそりと来ちゃいました!」
少し待つ。
「うん、久しぶり・・・あれ、1人?」
こっそりと言った彼女の言葉通りなら1人なのだろうが、確認する。まぁ、正確には待ち合わせしていないので構わないのだが・・・。
期待も混じったそんな言葉は、やっぱり返された。
「うん! 流石に夜中にアカリを呼ぶのはちょっと・・・あ、その迷惑じゃなかった? 用事とかあったら私、帰るんで・・・」
と、元気が歩いているような彼女が、尻窄みするように元気をなくしてしゃべる姿を見て、慌ててフォローする。
「いや、別に構わないよ!! うん。全然迷惑じゃないから・・・て、夜中? なら寝てた方が良いんじゃ。ほら、夜更かしはお肌に悪いし・・・」
本音としては2人一緒の方が安全なので、取り敢えず帰っていただきたかったが故のお肌のあれこれである。聞いただけの情報なのでその真意は知らない所である。
落ち込んでいるミナの元気を取り戻すために迷惑じゃないよ! と言ったキサト。
2人の方が安全だから、ほら! お肌にも悪いし寝てたら・・・? と言ったキサト。
そんな2つの相反する考えに板挟みにされていることに気付かず、ミナに言われる。
「お肌ならキサトさんもなんじゃ・・・? でも大丈夫!! 明日は学校休みだから!! だからネガティーブ倒しに行こっ!!」
と、キラキラした表情で言われたら堪ったもんじゃない。嫌だと言う方が困難であり、嫌だと言える根性はキサトには備わっていない。
少し息を吐き、しょうが無いなぁと溢す。
「分かった。分かったけど安全にな? 危ないと思ったら俺に任せろよ?」
「・・・? はい!! 分かりました〜!!」
本当に分かってるのか・・・?
と、疑問に思う程、嬉々乱舞している彼女を見て心配する。
他に心残りがあるとすれば、それは試着しただけで仕舞ってある戦利品の服達の事である。ごめんね、これが終わったら沢山着てあげるからな・・・? と、出稼ぎに行く父親のような心境になる。
父ですらない独身であるが、その事実は深くキサトを傷付けるので、特にポヨは口を挟むつもりはなかった。
その黒いハムスターのクリクリとした可愛い目玉はしっかりとミナを凝視しているので、後々の盗撮コレクションに加えられるのだろう。誰も知らない所である。
・・・・・
キサトの心配は良い意味で裏切られる事になった。
「キサトさん、そっちに1匹向かう!!」
と、叫ばれ、思い切り殴り飛ばし、クマのネガティーブを視界から退かす。言葉通りに1匹抜けたようで片腕をミナの大剣で断ち切られた、手負のクマが向かってきていた。
心配そうな表情を見せるミナ。だがしかし、その表情とは別に、大剣を振るう鋭さは劣ろうどころかより一層の進化を見せていた。幾ら魔法少女と言っても中学生だぜ? そんな子が一刀でクマを真っ二つにすると思うか?
最近の若者怖いなぁ・・・と、思いながら向かってくるクマに向け、召喚したステッキを向ける。出来るだけ範囲は小さめに
「トゥルーオブダークネス」
呪文を口にし、ステッキの先端から漏れ出すように深く深淵のような霧が出現し、向かって来たクマを一瞬で覆う。悲鳴も、足掻きも、命乞いも全ては深淵の中。帰ってきた返答は静寂だ。
黒となったクマの残骸を風が通り過ぎ、霧ごと姿を消し去る。
2人の戦闘は終わりである。
一応の確認として少し見て周り、黒ハムに聞く。
「辺りにネガティーブの反応はないポヨ」
その言葉を聞き、緊張の糸を緩める。ニッコニコでどう!? と聞いてくるミナの勢いに呑まれながら褒める。
「ミナちゃんって戦い慣れてるのな、少しびっくりしちゃったわ」
「そりゃあ魔法少女として2週間目だもん、否が応でも慣れちゃうよ!」
「そっか。・・・そっか? 2週間!?」
「うん! 最初はちょっと怪我しちゃう時もあったけど、でも、私にはアカリが居たから。どうすれば怪我しないか、どうやれば安全か考えてた! まぁ、それでもキサトさんには敵わないけど・・・へへへ」
照れ臭そうに笑うミナ。
引く時はしっかりと引いて、押すときはしっかりと押し切る。まぁ、考えてみるが基本的にゲームの話なので説得力はない。そして魔法少女としての先輩がミナであると新事実。普通に驚く。いやいや俺、魔法少女歴では後輩だぜ? とも言い出せない空気感。
ごめん、ごめんねぇ・・・嘘はいけないんだよ? でもこの場合はクリスマス前にサンタ来ないかもよぉ〜? と同義だと特別視して頂きたいなぁ。
そっかぁ、そうなのかぁ、と言いながらステッキを消す。
倒したクマ型のネガティーブをしっかりと見届け、さぁ帰ろうかと話す。一応、この世界に1匹しか現れないとかそんなルールは無いので探そうと思えば他のネガティーブも探せるらしいのだが、そこまで本腰を上げて探す程困ってないし、今は1人ではなく2人である。
明日は休みだとは言え、年頃の女の子を夜更かしさせて良い理由にはならない。
と、一生懸命説明する。
「えー! まだまだ一緒にネガティーブ倒したい!! ・・・えっと、その現実世界で生産された負のエネルギーを間引かないと、マジカルフィールドに閉じ込めきれないネガティーブが飛び出してきちゃう!!!」
「・・・本当?」
「本当ポヨ。けど、魔力の流れからして停滞もしてない、丁度良い循環だからそんな事にはならないと思うポヨ」
「え、何この可愛いハムスター!!??」
黒ハムに説明させ「じゃ、解散しよっか」と言って終わる所だったのだが、ミナが黒ハムに興味を示した。何これ〜? と言いながら空中に浮遊する黒ハムを掴みーーあぁ、ホログラムなんだよなぁーー胸元に抱き寄せる。あれ?
「(特別に実体化したポヨ)」
「(・・・変態)」
「(今ならそれもご褒美ポヨ)」
成熟しきっていない女体を無垢なマスコットとして愛でられる事で堪能する黒ハム。その表情は至って普通な黒いハムスターであるが、キサトの目から見ればデレデレと鼻の下を伸ばしたおっさんの様に映る。
見るのは良くても触るのは無しじゃなかったのかよ、と思うが引き剥がせそうに無い。
ま、幸せそうならいっか・・・と、困り顔のまま固まっていると、ミナのマジカルフォンから魔法陣が飛び出る。
「お、アカリちゃんか?」
言って気づいたが、ミナ曰く深夜である。そんな時間帯に来るとは思えない。
が、そうではなかった。
少し明るい茶髪で、ボブカットなアカリが口を結んで出てきた。
「アカリちゃんも来ちゃったか・・・不健康だぞ・・・」
アカリは視線を合わせようとしない。
魔法陣から出てきてすぐにミナを手を掴む。
「あれ? ミナもキサトさんと一緒に・・・」
ミナが言い切る前にアカリが声を荒げて遮る。
「黙って!!」
「み、ミナ・・・?」
キサトから離れるようにズンズン、とミナを引っ張って進む。
そんな彼女を見て、何と声を掛けようかと戸惑っていると、キッ、と睨む様にしてアカリが振り返った。
「こんな深夜にミナを呼び出すなんて最低です。キサトさんは年上ですけど、年上だからって何でも好き勝手に出来ると思わないですください」
「ミナ、それはちが・・・」
「大丈夫、ミナちゃん分かってるから。・・・キサトさん」
「おう・・・」
ミナの腕をキツく掴み、泣きそうな表情で
「私達を、ミナをアナタの勝手に巻き込まないでください」
そう言って離れて行った。
しばらくぼぅとし、2人の姿が見えなくなった頃、黒ハムが戻ってきた。
「・・・年頃の女の子は難しいポヨ?」
「難しぃっつーか、何か話がすれ違ってるような・・・ふぅ、追いかけるか」
初対面では常識人な印象を受けたアカリ。そんな彼女が怒るって事は相当な理由があるのだろう。恐らく。そうじゃなければ、あんな怒りはしないし、泣きそうな顔も見せない。
「ま、普通に彼女2人だけってのも危ないしな」
表面上は冷静を保っているが、内心では自分よりも遥かに年下な女の子に怒られ、少しびっくりしている所である。心配ってのも本当の所なので何処が悪かったのかを考えながらゆっくり向かう事に。ある程度の場所は黒ハムの探知で分かるので見失うことにはならないだろう。
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