第4話 時間の流れは非常に非情

 無事、オオアリクイ型のネガティーブを数の暴力で袋叩きにし、帰還する事に成功したキサト一行。

 すっかり夜も更け、アカリとミナの2人はそろそろ門限の時間だと元の世界に戻った。

 戻る際のキサトの羨ましそうな、なんとも言えない表情は2人に見られていなかった事は幸いだろう。その姿が魔法少女じゃ無かったら、獲物を見定める変態の絵である事は間違いなしだ。異論はない。




・・・・・・


 元の世界に戻り、偏差値が高めの中等部の制服に身を包んだ2人が、張り詰めた空気を逃がそうと盛大に息を吐く。幸せが逃げるとか、そんな事はこの場合そこまで気にしていられない緊張感だったのだ。

 ミナの場合の緊張感は、アカリのモノとは違っていたが、


 制服の胸ポケットに入っているスマホで時間を確認しているアカリの視線を遮るようにして、高揚した表情を見せるミナ。


「な、なぁ! アカリ見た!? 見たよな!? すごかった、キサトさん!! 初対面なのに颯爽と助けに来てくれて、しかも私のワガママにも付き合ってくれて・・・」


「う、うん・・・凄ったよね。戦い慣れてると言うより、周りの事が凄く見えてる人だったよね。何回か助けてもらっちゃってたし、私・・・」


 キサトの本心は、どのようにして女の子と接すれば良いのか、まず接する前提条件が魔法少女は如何なものか? と、悩んでいたのだが、それは杞憂だった。


 もう、2人は魔法少女として、キサトよりも先輩な2週間の時を経ている。その中で魔法少女の資格を剥奪、絶望を表しにした表情を見てきているのだ。戦うことに対してのリスクを十分認識していた。


 魔法少女として親玉を倒した事のリターンを考えると個人プレーが常識なこの世界で、助けて来てくれた事への懐の深さと、優しさに感銘を受けているアカリである。

 彼女自身も、目の前で興奮しているミナを見て、同じような考えをしているのだろうと考えていたのだが。


「な、なぁ、アカリも気付いてるよな、キサトさんが・・・」


 と、あわあわしているのを見て、やっぱりミナはミナであると再認識したアカリは思った事を口に出す。


「凄くお人好しな魔法少女だよね」


「幼稚園の時に見たアニメの主人公と同じだよっ!!」


 少しの空白を置き、アカリが呆けた表情で


「へ?」


 と、言葉を漏らす。

 呆気に取られた表情のアカリを見て、言い過ぎたと思った顔になる。


「えっと、確かに同じってのは言い過ぎだけど、ほら、幼稚園の時一緒にアニメのごっこ遊びしたよなっ!? その時の主人公にすごく似てるじゃん! 強く優しく、気品に溢れたヒーロー!! 気品があるかは私には分からなかったけど・・・でも、同じだった!!」


「幼稚園・・・えっと、魔法少女キラピカ、の事だよね・・・?」


 魔法少女キラピカの事を思い出す。

 2人が幼稚園児の頃、放送されていた魔法少女アニメの事である。微かに薄れかかった記憶を辿ると・・・確かに、その主人公の見た目はキサトに似たものであるし、気品以外では肩書きと同じ部分を自身も感じられたと思っている。


 キサトと、キラピカが同じっぽいって事は同意するが、それがミナが興奮している理由にイコールにはならない。そんなに好きだったっけ・・・? と、昔の事なので記憶が曖昧になっている。


「なんだ、アカリも覚えてるじゃん! 私がキラピカで、アカリで巻き込まれる中学生役!! 今はどっちも魔法少女ってのが少し可笑しいけど・・・でも、でも! あんな魔法少女も居るんだ・・・」


 アカリは知らないところであるが、ミナが憧れているのは色々な側面がある。

 が、それはミナの性格的に話す事は今の所無いので、すれ違いのようなものが起きているのは仕方が無いだろう。


「私も、キサトさんみたいに・・・いや、参考に出来るところだけ貰って、頑張る! 頑張ったらアカリも心配とか無くなるだろ?」


「無くなるって・・・頑張ったら、何で心配が無くなるの? ねぇ、ミナちゃ・・・」


 アカリの声を遮るようにして、ミナの小さい悲鳴が聞こえる。


「や、やば! 門限が、門限が!! アカリ、走るよっ!!」


 困った表情のアカリと、恋した少女のような透き通った笑顔のミナが路地裏を走って抜ける。抜けた先は街頭と、店の灯り、イルミネーションが輝く煌びやかな世界だ。



・・・・・・・


 そんな煌びやかな世界と対照的な、夕暮れが今も続いているオレンジ色の中で、無人の店でポヨと対面で座っているキサト。その表情はミナが憧れるような魔法少女らしいものでは無かった。そもそも少女では無いって所をツッコむのは邪推だろう。


「で、どうだったポヨ。若い子との会話は色んなトコにシゲキが来るポヨ?」


「言い方に悪意あるな・・・それでよく俺に変態だと罵れるよな、顔の厚着には季節外れすぎじゃないか? あぁ年中か」


「・・・納得いかないけどここはポヨが大人になるポヨ。どんぐりの背比べポヨね」


 何が背比べだ、殺人と窃盗では同じ犯罪でも、レベルが違うだろとキサトは呟きながら、コーヒーを啜る。まだ熱かったようで「あちっ」と罵ってコーヒーカップをテーブルに戻す。

 同じ枠組みであるポヨ? と思ったポヨであるが、まぁ別に良いか、認めてるし、と口に出す事はなかった。


 少し考えキサトは口を開く。


「大人が子供とコミュニケーション取る利点は分かる。教師と生徒って感じだよな? お互いに、別の立場での意見で話し合えるからな」


「そうポヨ? ポヨ! やっぱりキサトもポヨと同じ考えなんだポヨ。ようこそ、見るだけでノータッチポヨ?」


 キサトも同じようにポヨの話を無視し、続ける。


「だけど最初の狼、次のアリジゴクで分かったけど、俺が1対1でも十分に勝てる相手だった。・・・何で仲間を作る必要があるんだ? 正直、子供を命の駆け引きに巻き込みたく無いんだけど」


 その視線は、変態だった皮を剥ぎ取り、成人し、責任ある仕事をやる立場になった大人の目である。

 ポヨがふざけた事を言えば、どうにかしてでも、どうにかしてやるとそう思わせるには十分な気迫が伴っていた。


 そんなキサトを見て、息を吐くポヨ。


「理由は簡単ポヨ、ネガティーブの強さはこんなものじゃ無いポヨ。今戦った2つの負の感情は、本質としては自然発生された無意識の産物ポヨ」


「・・・ほぅ」


 なんじゃそれ? と思うキサトであるが呑み込む。必死に理解しようと頭を動かす。


「ネガティーブの強さは主に、発生させた生物の感情の大きさに直結するポヨ。つまり、殆んど野生的に無意識で行動している2つのネガティーブには本質的な強さは一切ないポヨ」


「それって、犬とかアリジゴクが発生源って事だからだよな? ・・・人が元だったら」


「今までの比じゃ無いポヨ。さっきまでの直線的な攻撃ではなく、頭を使った三次元的な戦いになるポヨ。実際、敵の親玉であるメッチャワルイヤーツは人間の『独占欲』によって生まれたと考えられているポヨ。・・・だから悪い事は言わないポヨ、仲間を作って出来るだけ安全に戦ってほしいポヨ。キサトの事は嫌いだけど、死んでほしいとまでは思ってないんだポヨ」


「そっか。・・・でも、それでも安全に戦うと言っても子供を危険な目に合わせるのは・・・」


 言いながら思い付く。


「あ、そうか! 俺と同じような考えの魔法少女に協力を求めるってのは・・・」


「うーん、居るかもしれないけど願い薄ポヨ」


 考えるような仕草を見せた後のポヨの言葉に疑問を覚える。

 その言葉はさっき、ポヨが言っていた「安全に戦う」に反しているのだ。ネガティーブがより強く、親玉であるメッチャワルイヤーツがもっと強いのであれば、何人いるかは分からないが、集まって戦えば良い筈である。

 例え、キサトのような大人が居なくても、子供だけであっても数は力だ。力があればリスクは減る。


 恐らく、それを理解しているであろうポヨが否定を口にするのはどんな背景があるのか。


「平和主義な魔法少女もいるっちゃいるポヨ。けど、そもそもの前提条件がキサトとは違うんだポヨ」


「前提条件って・・・」


 戦わないと魔法少女終了とか?


「アカリやミナは元の世界に戻れるポヨ」


「おぉ、それは聞いたな」


「マジカルフィールドと元の世界の時間は3対1ポヨ」


「えっと、つまりこの世界での3日が元の世界では1日って事か」


 でもそれがなんの関係に・・・?


「そしてそんな彼女達はマジカルフィールドでは死なないポヨ」


「・・・は?」


「正確にはマジカルフィールドや、それに関する出来事は全て忘れる、ってのがこの世界での死、ポヨ。痛みはあるポヨけどね」


 つまり、アカリちゃんやミナちゃんは、この世界に自由に行き来出来て、時間の流れはゆっくりで、記憶は失うとは言え死なない・・・?


「なんかゲーム、みたいだな」


「そうポヨ。だから必死になって親玉を倒そうとか、死なないように! とかは殆んど無いポヨ」


 思い返す、自分が学生の頃ゲームにのめり込んでいた日々を。そんな日常で、こんな非日常的な体験を味わえたら? そこで必死になって死なないように立ち回り、ボス攻略を狙っている大人が居たら? 笑止、だなぁ。


 納得だ。そんな面白い世界の中に居るんだったら無理に攻略とかはしないだろう。だけどだ、


「この世界に関する記憶が失うんだろ? なら死と殆んど同じじゃねぇか。やっぱり、俺と同じような大人は居ないのか?」


 ゲームみたいだ、とは言ってもこの世界での記憶が失ってしまうのは、なんて言うか駄目なんだと思う。上手く言葉に出来ないが、だから良いか、と納得して良い部分ではない。

 だからもう一度聞いてみる。


「・・・この世界ではキサトが例外なだけポヨ。普通は成人男性はこの世界に招待されないし、領収書も普通は受け取るポヨ」


「例外、居ないって事か・・・て、普通受け取るって言われても、受け取らないのは他の子供でも同じじゃないか?」


 そんな、だから大人って奴は・・・みたいなテンションで言われても困る、と冷めてきたコーヒーを啜りながら言う。ブラックはやはり苦いなと思う。


「子供は例外ポヨ。クーリングオフ的な、未成年者契約の取り消しが特別に適応されているポヨ。未成年は大人が守る対象ポヨ。自分の身は自分で守れる大人がみっともないポヨ。見た目は大人、中身は子供なこどおじポヨ?」


 だけど、そんな縋りはものの見事に蹴落とされた。その蹴落とし方と言ったら・・・崖に我が子を突き落とす獅子でももうちょっと躊躇いとか、優しさがあると思うぞ?


 まぁ、そんな話である。終わってしまった事はしょうがない。2人との約束もした訳だし、出来るだけ危険な目に合わせないように頑張るしかないか、と心に決め、椅子に背中を預ける。天井を見る。


 分かれる時、凄くキラキラしたような表情を見せたミナに嫌な予感を覚える。


「いやぁ、俺が満足に頑張れるか不安だな・・・まだ、アカリちゃんとかはしっかりしてそうだから、その子と協力しないと」


 と呟く。


 プリティーマジカルフォンで隠し撮りしていた2人の姿を空中に表示させ、だらしない表情を見せているポヨが視界に映る。・・・マジカルフォンに登録した2人の連絡先が変に悪用されないかな?と、ネガティーブと戦うより黒ハムと戦った方が世のためなんじゃ無いかと、本気で思い始めるキサトであった。








「新しい魔法少女、はっけ〜ん。ふふっ、一網打尽は合流してからだよねぇ、ね? スタフィ?」


 そう言って肩に乗せた、熊を模したぬいぐるみに話しかける少女。まぁ、ぬいぐるみと言うよりは剥製と言った方が正しいリアルさであるが。

 そんな高いビル群の頂上程から監視していた1人の人物に気付かず、ほのぼのと時間は流れていく。


 時間の比率が1対3なので相当な時間がこれから掛かるのだが、それはこの少女は知らない。

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