骨折してた

 ショックではあるけれど、ありがちな一言。これを最初にご紹介したのは、彼女との会話で強く印象に残っているからに他なりません。

 その相手はリンちゃん。

 当時小四の彼女は六年間通じて仲良くしてくれた一人です。本編でも数多く登場していますが、その性格はまさにツンデレ。

 毎朝、集合場所で顔を会わすと、黙ったままティッシュの入ったポシェットをずんと突き出します。私が学校までそれを預かっていくというお約束の一コマ。

 俺は執事かよ。という心の声を胸に秘めたまま、黙って受け取ってダウンのポケットへ。そんな軽くて小さいものを預けなくてもいいのにと思いつつ、受け取ってしまうんですよね。

 で、そのあとは腹パンしてきたり、私の右手をミット代わりにジャブのようにパンチを繰り出す元気な女の子です。



 そんな彼女にある朝、いつものように「おはよー」と声を掛けたら、いきなり「骨折してた」と返ってきました。

 ん?……何?……えーっ‼


 そういえば前の週に学校で遊んでいたときに転んで、小指を突き指したと言っていたのを思い出しました。四、五日くらい包帯していたけれど、骨折だったのか……。そこでもう一つ思い出したことが。


「昨日の日曜日、水泳の大会だって言ってたよね」

「うん、そうだよ」

「それじゃ、出れなかったの?」

「ううん、出たよ」

「えっ、そうなの⁉」

「大会に出たいから、骨折だったのは内緒にするようにお母さんにお願いして出た。リレーも個人も二位だった」

「大丈夫だったの?」

「うん。テーピングしてたから。でも、しばらくは練習も休まないとダメだって」


 当時の彼女は水泳を習っていました。そこは東京オリンピックの出場選手も輩出したスイミングクラブで、選手コースに所属して一日に七キロも泳ぐような生活をしていたんです。

 大きな大会があることも聞いていたので陰ながら応援していました。


 負けず嫌いなだけじゃなく、頑張り屋さんだよな、リンちゃんは。飄々ひょうひょうとしてクールに装い、頑張った感をアピールしないのも彼女らしい。


 その翌日。

 練習を再開するために専用のギプスを作りに行く、という話をしながら、おじさんの足に笑顔で連続キックするのは止めて下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る