第8話2-3

<前書き>

 百合と邂逅したみさおは早速竜走部に誘うも断られてしまう。

 何か深い事情を察するみさおであったが、それでも昼休みにもう一度話をしてほしいと言ってその場を後にした。

――――――――――――――――――――――――――――――

 その日の昼休み、みさおは別れ際に言っていた通りもう一度勧誘にやってきた。


「あ、あの!竜走部に入ってみませんか!えっと、部活に入ってると飛行許可とかにいろいろ優遇がつくらしくって……」


 どうやらいろいろと説得の材料も用意してきたようだ。しかしそのどれもが百合にとっては既知の情報で心動かされるようなものではない。故に答えは変わらない。


「……ごめんなさい」


「そ、そうですか……あ、こっちも無理に誘ってごめんなさい。それじゃあ帰りますんで……もし気が変わったら遠慮せずに言ってくださいね」


 静かながらも明確な拒絶にみさおも引くしかなかった。残念そうに去るみさおの背中はすこしかわいそうにも見えたが、それでも百合は(これでよかったんだ)と自分に言い聞かせる。こうしてみさおと百合の縁は切れた――かに思われたのだが……。


「っはぁー……」


 みさおが百合を竜走部に誘ってから数日経ったある日の放課後。百合は疲れたように図書室の机に突っ伏した。ぐったりという擬音が浮いてそうなその姿の原因は新生活に馴染めずにいたためだった。

 もとより人付き合いは得意な方ではない。高校進学により一新された環境に馴染めないであろうことは覚悟していた。ただここ数日はそれに加えてまた別の要素――みさおという存在が百合の学校生活に影響を及ぼし始めていた。


(何なんだ、あの子は……悪い子じゃないんだけど、それだけに厄介だ……)


 数日前百合を竜走部に勧誘しに来た少女・みさお。そのとき百合はきちんと勧誘を断りみさおもそれを承諾した。事実あれ以降彼女は無理に竜走部に誘ってきたりはしなかったのだが、しかしそれで縁が切れたかというとそういうわけでもなかった。

 どうやら百合はいつの間にか彼女にとって赤の他人から顔見知りに昇格していたようで、例えば廊下ですれ違ったり昼休みの食堂で目が合うなどした時に軽く笑顔を見せて手を振ってくるようになっていた。余計な愛想とかを振りまくのが苦手な百合にとって、このみさおの距離感はなかなかに理解しがたいものであった。


(何なんだ、あれは……。あれか?一回話したら友達ってタイプの奴なのか?それとも女子特有のアレか?はぁ。そういうのは全くわからないな……)


 ただこれが手を振られるだけならまだそれほど問題でもなかった。本当に厄介だったのはこれにより、徐々にではあるがクラスメイトの中に自分とみさおとの関係性を認識しだす者が現れ始めたことだった。


「あの子1組の子だよね。南谷さん、同中だったの?」


「いや、そうじゃないんだけど……」


「ふーん?」


 今はこの程度で済んでいるが、いずれみさおが竜走部に入っていることに気付くだろう。となれば次は「南谷さんは竜走部には入らないの?」と訊いてくるはずだ。そしてゆくゆくは……。

 陰鬱な予感に盛大にため息をつく百合。それを聞いて隣に座る長い黒髪の少女が苦笑した。


「ふふふ。辛気臭いため息ね。読書しないなら図書室から出て行ってくれないかしら?」


「……うるさいよ、明日香あすか


 百合は机に突っ伏したまま明日香という名の少女を軽く睨みつけた。

 桜庭さくらば明日香。百合やみさおと同じ春風女子の新一年生で、百合の数少ない同小同中の友人の一人である。

 その付き合いは古く、会話自体は小学校の高学年の頃から交わしていた。ただその関係は長さの割に意外とドライで、互いの連絡先は知っているし学校内で会えば普通に会話もするが、一方で休日に約束をして遊びに行くほどでもない。おそらく親友かと聞けば互いに「違うと思う」と答えるだろう。それでも互いに軽口や愚痴が言い合える大事な友人には変わりなかった。

 そんな明日香故に百合の事情はおおよそは聞いている。


「北条さんだっけ?アンタ、ちゃんと言ったの?竜走部には入らないって」


「言った。だから向こうもあれ以降は誘ってこないし……」


「ほう?」


 百合が改めてこれまでの経緯を説明すると明日香は声を堪えながら笑った。


「くふふ。アンタ苦手だもんねぇ、そういう女子女子した付き合い」


「……いや、苦手ってわけじゃないし。ただ会って数日であそこまでできるってのに驚いているだけだし」


「それを苦手っていうのよ。……でも百合。本当に入らないの、竜走部?別にガチな部活ってわけでもないんでしょ?」


「……。それはそうなんだけど……」


 百合が軽く調べたところ、春風女子の竜走部は歴史こそあるもののそれに見合うだけの大した実績は見られなかった。新入生唯一のドラゴンである百合を本気で勧誘しに来ないあたりからも、それほど力を入れている部活ではないことがわかる。だから肩ひじ張らずに入部すればいいじゃないかというのが明日香の意見だ。しかし百合はそれに同意しない。


「そうは言っても、みんな勝手に期待するじゃん……」


「……」


 しばらく二人の間に沈黙が流れる。それを破ったのは明日香のポケットに入っていたスマホのバイブレーションであった。


「おっと、迎えが来たみたい」


「迎え?」


「うん、お母さん。今日から家庭教師がくるからさ。初日から遅れちゃいけないからってお母さんが迎えが来ることになってたの」


 それを聞くと百合は呆れたような顔で明日香を見た。


「家庭教師ぃ?アンタそんなの必要ないでしょ」


 百合の知る限り明日香は中学の頃から常に学年一桁代の成績を誇っていた。入試にしても入学式の新入生代表挨拶までしたほどだから学力には不安などないはずだ。だが明日香はわざとらしく指を振る。


「ちっちっち。甘いねぇ、百合は。高校生活の三年間なんてあっという間なんだから立ち止まってる暇なんてないの。百合だって、勉強や部活をしろとまでは言わないけど何か始めるくらいのことはしなさいな。まさか三年間そうやって図書室で突っ伏すつもりでもないんでしょ?」


「うぐ……」


 痛いところを突かれて怯む百合をよそ目に明日香は読んでいた本を棚に戻し、「じゃあね。あんまり考えすぎんなよ」と言ってさっさと帰っていった。残された百合は仕方なく数学の教科書を出して軽くめくってみたが、どうにも性に合わないとすぐ閉じて自分も帰ることにした。


(そろそろバス停もすいただろうしね)


 だがここで、百合は油断していたのだろう、廊下の曲がり角で誰かと軽くぶつかった。


「と、すいません……」


「いや、こっちこそ……ってお前、南谷か?」


「えっ?」


 名前を呼ばれたことに驚いて百合が顔を上げると、そこにいたのは立派な翼としっぽを持つ教師――同じ竜系統の千代田可憐であった。


「あ、えっと、千代田先生……」


「おぉ。覚えててくれたんだな」


「ええ。まぁ同族ですし……」


 千代田は百合の担任や教科担当ではなかったが同じ竜系統ということで名前だけは覚えていた。ただだからといって仲良く話したいわけでもない。だから百合はそのまま頭を下げて立ち去ろうと考えるも、それよりも先に千代田の方から話しかけてきた。


「どうした。元気ないな。具合でも悪いのか?」


 さすがの百合も教師に話しかけられて無視をするほど社会性がないわけではない。


「大丈夫です。まだちょっと高校に慣れてないだけです」


「あぁ、まぁ最初はな。大変だとは思うけどすぐに慣れるだろうからあまり気にしすぎるなよ」


「はい、ありがとうございます。えっと、それじゃあ失礼します」


 そう言って百合は今度こそ千代田の脇を抜けた。しかし千代田はなおも「あ、ちょっと」と引き留める。


「……まだ何か?」


 百合が振り返ると千代田はちょっと気取った風に親指で上を、空の方を指していた。


「ちょっと飛んでかないか?ストレス発散になるぞ?」

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FLYwithYOU 春風女子竜走部物語 きらめくはにわ @IDkaiduka2000

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