第7話2-2
<前書き>
竜走部顧問の
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入学式から翌日の早朝。みさおは自宅の台所で昨日の夕飯の残りを弁当箱に詰めていた。するとその背中に眠たげな声がかかる。
「あら、みさお早いわね。それお弁当?言ったら用意したのに」
「あ、お母さんおはよー。いいよまだ寝てて。これはなんか急に食べたくなったから作ったものだし」
そう笑うみさおは早朝とは思えないほどにテンションが高い。
「朝から元気ねぇ……なに?朝練でもあるの?」
「ないない。まだ仮入部期間だし。ただちょっと気になることがあってね。早く学校行きたくなったんだ」
弁当箱のふたを閉じながらみさおは昨日聞いたあの名前を思い出す。
(1年3組、南谷百合……!)
クラスは違うが同学年のドラゴンの少女の名だ。竜走部に入ってくれるかはわからないが、それでもぜひ一度話をしてみたい。その一心でみさおは早起きをして制服に袖を通した。
季節はまだ四月の初旬。風はまだ冷たく日の出も遅い。だがみさおはそんなことなどお構いなしに真新しい電動自転車のかごに通学鞄を入れる。
「それじゃあ行ってきます!」
「はい。気をつけていってらっしゃい」
みさおの家から学校までは自転車で一時間近くかかる上に、それほど高くはないものの山も二つほど越えなければならない。しかしみさおがその道程を苦と思ったことはない。今日もまたみさおは元気よくペダルをこぎ、まだ暗い町を駆けていった。
こうして朝一で学校に着いたみさおは教室に鞄を置き、返す刀で3組へと向かう。目的はもちろん南谷百合だ。はやる気持ちを抑えて3組を覗くみさお。そしてそのがらんどうの教室を見てようやくみさおは気づいた。
「しまった!まだ誰も来ていない!」
残念ながら朝一ということで、百合どころかまだ誰一人として登校していなかった。
同学年に竜系統の人がいると聞いて朝一番に登校したみさお。しかしそもそも相手も登校してこなければ会いようがないことに気付いたのは目的の教室を覗いてからのことだった。仕方がないので共有スペースの長イスに座り目的の子が登校してくるのを待つ。
(しまったなぁ……相手の登校時間を考えてなかったってのは相当なヘマだったな……)
無駄な時間を作ってしまったが逆にそれが何を話すかを考える時間となった。
(やっぱりいきなり誘うのはマズイかな。一応運動部だしね。でもドラゴンの人は普通に飛ぶだけでも気持ちいいとか聞いたことあるし、ガチじゃなくてもいいからって言えば何とかなるかな?そもそも竜走部があるってことすらまだ知らないってこともありうるからね)
そんなことを考えつつ目的の少女を待つみさおであったが、その少女はなかなか登校してこなかった。
(うーん……見逃してはいないと思うんだけどなぁ……)
時間は登校のピークとなり廊下には各学年の生徒がひしめいていた。普通ならこんな中で顔も知らない一人の人物を見つけるのは至難の業だろう。だが目的の彼女は竜系統である。一般的に竜系統の人間は同年代と比べて背が高く、そして何より立派な翼としっぽが生えている。人によっては角が生えてることもあるそうだがこれは絶対ではなく、また他にも角が生える系統はいるのであまり気にしない方がいいだろう。とにかく翼としっぽだ。それさえ見逃さなければきっとどうにかなるはずだ。
しかしまもなくホームルームが始まるという頃になってもまだみさおは彼女を見つけられずにいた。
(さっき3組を覗いてきたけどそれっぽい子は来てなかった。なら休みか、もしかしたら保健室登校の子だったのかな?……仕方ない。今日はもう諦めるか)
スマホを見れば朝のチャイムが鳴るまでもう4分もない。みさおはため息を一つつき長イスから立ち上がり自分の教室に戻ろうとした。その時であった。みさおがちょうど上履きに履き替えている竜の少女を発見したのは。
「!」
上級生と見間違えるほどの高身長。背中から生える無骨な翼と太くて長いしっぽ。そしてタイピンは赤。赤タイピンは一年生の証で、今年の一年の中に竜系統は一人だけだと聞いている。つまり彼女が南谷百合で間違いないだろう。
(見つけた!よ、よしっ!せめて一言だけでも!)
興奮と時間がなかったことによる焦りか、みさおは半分突撃のような勢いで百合に声をかけた。
「あ、あのっ!南谷百合さん、ですか!?」
「えっ!?は、はい、そうですけど……」
まさか呼ばれるとは思ってもいなかった百合はびくりと肩を震わせ、警戒しつつも返答してくれた。対しようやく目的の人物を見つけたみさおはうれしさのあまり勢いのまま部活に勧誘してしまう。
「あのっ!竜走部に入りませんか!?」
あまりに唐突な勧誘だった。これにはみさおも内心で(しまったなぁ。こんな急じゃ引かれちゃうよ)と反省するが、口に出してしまったものは仕方がない。こうなればままよと「実は……」と話を続けようとした。
しかしみさおはそれ以上言葉を続けることができなかった。見上げた百合の目が明確に拒絶の意思を表示していたからだ。
「……私は竜走部に入るつもりはありませんので」
丁寧ながらも冷たげな百合の口調に、みさおはすぐに自分が何かしらのマズイことをしてしまったことに気付いた。
(ヤバい!なにか地雷踏んだっぽい……!)
しかし弁明しようにも何がいけなかったのかはわからないし時間もない。焦ったみさおが選んだのはとりあえずの逃げの一手であった。
「あ、あの、また後で!昼休みにもう一回来ますんで!」
みさおはそう言うと百合の返事も聞かずに自分のクラスへと駆けていった。そこにちょうど3組の、百合のクラスの担任が通りかかる。
「南谷さん?早く教室に入りなさい。ホームルームを始めるわよ」
「……はい。すぐ行きます」
百合はしばらく去っていくみさおの小さな背中を見ていたが、やがて興味を払うように顔をそむけ改めて教室へと歩き出した。
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