第6話2-1

『それじゃあ衝撃に気を付けてね』


「は、はいっ!」


 学校上空を飛んでいたみさおと真奈美は着陸態勢に入ろうとしていた。第三グラウンドを見下ろす真奈美は数回旋回してランディングコースを見極めると翼を横に広げてそのラインに侵入する。翼に受ける揚力を細かくコントロールしながらうまく減速してグラウンドの中央を目指す。


(ひいっ!地面が近づいてくるっ……!。や、やっぱり着地は怖いなぁ~!)


 徐々に近づく大地にみさおは静かに歯を食いしばる。竜走は「二人で飛ぶ」などと言われているが結局のところ飛ぶことができるのはドラゴンである真奈美だけで、こんな状況であってもみさおはその背中にただしがみついておくことしかできない。もちろん真奈美を信じていないわけではないのだが、それでも初めてのパートナー相手では当然恐怖も湧き出てくるものだった。

 対照的に真奈美は落ち着いてランディングコースを維持している。なにせもう数百回は降り立ったグラウンドだ。地面の質や細かな起伏、風の特徴もよく知っている。真奈美はいつものようにギリギリまで速度を落とし、そして関節のバネを意識しながら地面に降り立った。ズザザザザと着地時に滑りはしたがこれもいつものこと。慌てずにバッと翼を広げてブレーキ代わりにし、そして見事に完全に静止してみせた。


『……ふぅ。こんなもんか。お疲れ様、北条さん。終わったよ』


「あ、ありがとうございます!」


 無線機からの真奈美の声にみさおはようやく緊張を解いてバーハンドルから手を離し、そして大きなガッツポーズと共に感動の雄たけびを上げた。


「ふっはぁーー!!楽しかったぁーー!!」


 部活での、竜走部としての初フライト。もちろん飛行体験自体は何度かしたことがあったが安全に配慮したそれとは一味違う。普通の人間では味わうことのできない風や重力の圧倒的パワーにみさおの全神経は興奮しきっていた。

 そんなみさおに無線機越しで瑞希から声がかかる。


『どうだった、北条?』


「最っ高です!」


 ヘルメットで顔を見せられないためか、みさおがボディランゲージとグッドサインでその興奮を表現すると瑞希も満足そうにグッドサインを返した。


『そうかい、そいつはよかったよ。部長冥利に尽きるねぇ』


「いやぁもう本当迫力がすごくって……って、あ!すいません!すぐ降りますね!……って、うわぁ!?」


 興奮のあまり真奈美の背中に乗ったままだったことを思い出したみさお。慌てて安全帯やクリッパーを外しその背中から降りるが、地面に降り立つと同時にがくっと膝から崩れてしまった。慌てて瑞希や陽菜が駈け寄る。


「ちょっ!?大丈夫!?」


「だ、大丈夫です。はは、なんか思ってたよりも力入ってたみたいで……」


 二人に支えられて立ち上がるみさお。その足は思った以上に力が抜けている。


「みさおちゃんにとって真奈美は初めてだからね~。そりゃあ緊張もするよね~」


「あはは。次からは気を付けます」


 こうしてみさおの部活初飛行は最後に少し締まらない感じで幕を閉じたのであった。


 さてみさおの初フライトが終わったわけだが、真奈美は普通の人間形態に戻らず竜形態のままでいた。


「部長も一乗りどうですか?陽菜でもいいですけど」


 尋ねられて二人は数秒お見合いするが先に口を開いたのは陽菜の方であった。


「部長どうですか~?部長ももう少ししたら受験で忙しくなるんですし、乗れるうちに乗ってた方がいいですよ~?」


(受験……あぁそうか。部長さんは三年生だから受験とかがあるのか)


 つい先日高校受験を終えたみさおからすれば少し不思議な感じもするが、高校三年生である部長・瑞希はまもなく本格的な受験生活が始まる。部活に来れる頻度も少なくなるだろう。瑞希も面倒くさそうに頭を掻いた。


「あー、そうかー。そうだよなー……うん、じゃあちょっと乗らせてもらおうかな。せっかく真奈美も着替えたんだしね」


 瑞希はそう言って騎乗服に着替えるためにプレハブ小屋へと戻って行った。

 残される瑞希と真奈美と陽菜。とここで真奈美が唐突に謝ってきた。


「ごめんね、北条さん」


「えっ、何がですか?」


「部活にドラゴンが私一人だけっていうのがさ。もっと乗っていたいかもだけど、これからもどうしても今みたいな順番待ちになっちゃうから申し訳ないなって……」


「い、いえ!気にしないでください!私乗せてもらえるだけで満足ですから!」


 確かにドラゴンが一人だけだと聞いた時は少しショックも受けたが、今はもうそのようなことは気にしてはいなかった。だが先輩たちからすれば色々と思うところがあるのだろう。


「確かにね~。まなちゃんの体調とかもあるし、先生も含めれば二人だけどそれでも一人余っちゃうよね~」


「先生?」


 みさおが不思議そうな反応すると「あぁ」と真奈美が補足を加えた。


「あぁ、竜走部の顧問の先生だよ。先生も竜系統の人でね……と、噂をすればってやつだ」


 そう言った真奈美の視線を追うとグラウンド横の駐車スペースに一台の赤い軽自動車が入ってくるのが見えた。


「あれがうちの顧問の千代田ちよだ先生――千代田可憐かれん先生だよ」


 車から降りてきたのはショートヘアでスーツ姿の若い女性であった。背中からは聞いていた通りドラゴン系統特有のたくましい翼としっぽが見えている。ゆっくりと歩いて来る彼女はみさおたちに向けて気さくに手を上げた。


「おいっす、真奈美に陽菜。入学式の日からやってるねぇ……っと、おや?新入生か?」


 みさおは慌ててぺこりと頭を下げる。


「あ、はいっ!1年1組、北条みさおです!」


「みさおちゃんはねぇ、ライセンスD級持ってるんだってさ~」


 先生は「ほぉ、それはすごい」と目を少し丸くする。


「ライセンス持ちか。どっかのクラブにでも入ってたの?」


「あ、いえ。私、ジムの竜走体験とかばかりで……ライセンスも趣味で取ったようなものなので……すいません」


「いやいや謝る必要なんてないよ。むしろ自分からライセンスを取りに行くなんて大したやる気だよ。いやぁ、こいつは活きのいい新入生が来たもんだ」


「そうですよね~」


 楽しげに笑う陽菜と千代田先生。どうやらかなり気さくな先生のようだ。そんな他愛のない話をしていると、ここで騎乗服に着替え終えた瑞希が戻ってきた。


「おやぁ、先生。来てたんですか」


「おう。ん?飛ぶのか、一ノ瀬」


「はい。まぁ今年で受験生ですからねぇ。忙しくなる前に飛んでおこうと思いまして」


「おう、飛べ飛べ。ストレスとか全部吹き飛ばしちまえ。ただし落ちるなよ!」


「いろんな意味で縁起の悪いこと言わないでくださいよ……」


 苦笑しながら瑞希は待機していたドラゴンの、真奈美の背中に乗る。


「それじゃあ一丁頼んだよ、真奈美!」


「はい!」


 こうして瑞希を背に乗せた真奈美は再度翼を広げてグラウンドを駆けだした。


 本日二回目のフライトに飛び出した真奈美は慣れた様子で上昇気流をつかみ、一気に天高く飛びあがった。


「おぉ……もうあんなに遠くに……」


 翼としっぽを伸ばせば普通の人間の五倍以上の大きさになる真奈美。その真奈美があっという間に遠く小さくなってしまった。レジャー的な飛行体験会ではされない力強い飛翔にみさおが目を奪われていると、その横で同じように眺めていた陽菜が千代田先生に話を振る。


「そう言えば先生~、新入生にいないんですか~?竜系統の子~」


 陽菜に尋ねられた先生は少し困ったかのように頬を書いた。


「あー、そういうのは個人情報で今はいろいろとうるさいんだよなぁ……」


「まぁまぁ~。ちょっとした世間話程度の気持ちでさ~」


「まったく……。まぁうちらは見りゃあそれだってわかるし別にいいか。うん、いるよ。一年生に一人、ドラゴンの子が」


「ほ~。それって誰かとか訊いてもいい感じですか~?」


「構わないけど自分で調べたってことにしろよ?」


 そう言って先生はスマホを二三操作する。顧問として一応目をつけてはいたのだろう。


「おっと、いたいた。名前は……南谷百合。1年3組南谷百合だな。彼女が今年入学した中では唯一の竜系の子だ」


「南谷百合……百合ちゃんか~。どうです?その娘、竜走部に入ってくれそうですか~?」


「それは私の口からは何とも言えないな……」


 陽菜と先生がこのような会話をしているのをみさおは横で黙って聞いており、そしてしっかり記憶した。


(1年3組南谷百合……!)


 実はみさおはドラゴンの子と同学年になるのはこれが初めてのことだった。もちろん彼女が竜走部に入るかはまだ定かではない。しかしそれでもなお何かの予感を感じ、胸が熱くなるのをみさおは感じ取っていた。

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