第14話 ポケットの無い服
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
配信機材の前でそう呟いた。
デスクトップには小刻みに震えるマウスカーソルが、配信ソフトの上を行ったり来たりしている。
震える右手を押さえつけ、僕はダブルクリックをしなければならない。
「あぁ!」
だめだ、マウスが吹っ飛んでいった。
なんで吹っ飛んだ、どうやってんのこれ。
無惨に床に転がるマウスを拾い上げ、机の上に置いた。
そして、誰も座っていないゲーミングチェアをじっと見る。
一度腰を上げてしまうと、もう一度座る勇気は起きない。
とぼとぼと、パチンコで負けた日のようにベッドの上に寝転んだ。
何も考えずにスマホをつけ、Twitterを開く。
仰向けでそうしていると、握力が急にゼロになり、スマホが顔面に落ちてきた。
「いてえ…」
スマホのなくなった手のみが、僕の視界にある。
なんて細い手なんだろうか、そしてなんて華奢な指なんだろうか。
拳を握り込むも、熱き漢の手ではなく、どちらかといえば少女のそれだった。
「はぁ…」
僕は今、配信をするのが怖い。
前にあんな姿を見せてしまい、配信をつけるのが怖いのだ。
最近になってようやく増えた視聴者さん達。ありがたいことに何度も来てくれる人もいる。
そんな人たちは、きっと、僕のゲーム配信を楽しみに来てくれるのではないか?
けっして、女装などみたい訳ではないはずだ。
そんな人たちを裏切ってしまった……僕はそんな自責の念にかられているのだ。
今更どんな顔で配信をすれば良いのか、僕には分からない。いっそのことリボンでも付けてやろうか。
そうして僕はリボンをつけて目を瞑った。
微睡の中、謎のシャッター音が聞こえたが、無視した。
〜
「というわけで、僕は今配信で悩んでいるんだ」
金山さんとのお昼ご飯。僕は思い切って悩みを打ち明けた。
「あ〜…あれね、はいはい……私もみたよ」
金山さんも僕の視聴者な訳だから、当然例のアレは見ている。
心の準備はしていたが、いざ目の前でそれを言われると意外としんどい。
「ぐううぅ……。金山さん、僕の女装はどうでも良いんだよ。なんかバズったけど、醜いよ」
「そ、そうかな?割と似合ってたと思うけど…」
なんか金山さんの反応があんまり良くない。
若干顔を赤らめて、僕のことを肯定している。
「僕は女装よりも、ゲーム配信で力をつけてきたんだよ!だからきっと、みんなも女装を求めてないはずだ!」
立ち上がってそう言った。
なんで男らしいのだ、我ながら良い感じだ。
「いやいや〜…取り敢えず、もう一回スカートとか履いてみない?」
だめだ、全然響いてねえ。
「まあでも、天城が悩んでるのわかったよ。可愛いってのも大変だね、放課後までにどんな方法だと配信をできるか考えてみる!」
金山さんはそう言うと、僕に向かって笑みを溢した。
僕はなんで素晴らしい友人を持ったのか。
思わず金山さんの手を握り、引き寄せた。
「ありがとう金山さん!やっぱり金山さんに相談してみてよかった!」
「ちょ、近いよ……」
こうして僕らは昼休みを、終えた。
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