第107話 トラウマとモフモフと誤解

 神殿がログハウスがあった位置に鎮座してしばらくすると、フィーネが出てきた。


「これでいいかしら?」

「おう。助かったよありがとう。おまえもまともに力使えたんだな」

「……ちょっと。怒るわよ? 私は姉様たちと比べるとたしかにダメかもしれないけど、君にそんなこと言われるほど落ちぶれちゃいないわよ」

「あー、いや、ごめん。悪かったよ」


 フィーネは普段はポンコツ駄女神でしかないが、たまにゾッとするほどの威厳の欠片のようなものを感じさせることがある。

 それはこいつが名門神族だからなのか、それともオレが立場が上の相手を苦手としているからなのか、それは分からない。


 ブラック企業でボロボロにされたトラウマは、そう簡単に消えるものではない。

 コツコツ積み上げてきたものを上司の機嫌を損ねてぶち壊されたことも、一度や二度ではなかった。


「まったく。君も一人前の神族になったんだから、もう少し立場というものを弁えなさい。私はこれでもランクAの名門神族なのよ?」

「……はは」


 何かうまく言い返そうかと思ったが、喉の奥に何かがつっかえたような感覚に陥り言葉が出なかった。


「……? 何よ、今日はやけに大人しいわね」

「いやあ、まあなんというか」

「顔色が悪いけど大丈夫? 今日はどこに行ってたの?」

「……ここから南東にある火山島に」

「そう。疲れたのかしら。今日はもう休むといいわ。……ああでもご飯がまだだったわね。ハク、さっきハクが作ってくれたご飯キッチンに置いてあるから、それ持ってきてちょうだい」

「は、はいっ!」


 ハクは心配そうな表情でオレの様子を窺いつつも、キッチンから料理を運んできてくれた。


「お待たせしましたっ! ……あの、ご主人様は」

「体調に問題はなさそうだけど、何か心によからぬ泥が溜まってるわね。ほら、これ食べて今日はもう休みなさい」

「ああ、うん。ごめん」


 食事のあと、オレはハクに付き添われて自室へ向かった。

 新しい家――というか神殿の中は本当に快適で、文句のつけどころのない完璧さを保っている。

 が、今はその自分に見合わない豪華さが重苦しい。


「いったいどうしたんですか?」

「……いや、ちょっと前世の嫌な記憶を思いだしてな」

「そうでしたか。……では」


 ハクは狼姿になり、そっとオレに寄り添い包み込んでくれた。

 温かく優しい触り心地と、程よい柔らかさ。

 そんなふわふわモフモフのハクに包まれ、さっきまで感じていた嫌な緊張感がフッと和らぐ。


「ありがとな」

「いえ。この姿の僕が布団代わりになると、ご主人様いつも安眠してくれるので。少しはお役に立てるかなと思いまして。好きにしていいですよ」

「……はは。ありがとうな」


 ふわふわの毛に指を入れてそっと撫でると、ハクも気持ちよさそうに、よりオレに密着してくる。可愛い。

 ――と、そこに。


「神乃悠斗、入るわよ。――って君、何してるの?」

「! フィーネ!? いや、これは違うんだ」


 ハクに包まれながらハクを撫でているオレを目撃したフィーネは、とんでもなく冷めた目でオレを見る。


「……まあ君の性癖にとやかくいうつもりはないけど。でもハクを――というかモフモフを慰み物にするのはあまり関心しないわね」


 違あああああああああああああああう!!!

 オレにそんな趣味はない!!! はず!!!


「モフモフは神様アイテムだから、神族に逆らうことはできないの。それはつまり、君が節度を持って使ってあげないとダメってことなのよ。何をしてもいいってことではないの」

「いや、その、だから」

「――あ、あの、違うんですっ! ご主人様が元気なかったので、僕が勝手に――その、少しでも元気になってほしくて」

「…………本当?」


 ハクがこくこくと力強く頷いてくれたことで、どうにか誤解は解け、変態認定は免れた。

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