「深海桜の花弁を」
エルルに案内されてやってきたのは、噴水のある最初の町からだいぶ離れた浜辺。なんならバカンス気分で楽しんでいる人もちらほらと見受けられる。流石は自由を取柄にしたゲームだ。
「楽しそう、だよね……でも、私には、ああいうの似合わない、から……」
「そ、そんなことはないと思いますけど……」
「ううん、似合わない、よ……それより、行こうミカミ君」
僕達はクエストをこなしに来ている。最も僕は手伝いという名目でだけれど、やはり周りが楽しそうだと自然と眼が行ってしまっていた。
それに気づいたのか横で暗い言葉を投げるエルル。背が小さいからはぐれない様にと繋いでいる手は何処か震えていて、でもかなり強く握ってきていた。
多分無意識なんだろうけど寄り添うことはできない。話を聞いてもらう代わりに付き合っているのだから話くらいはしたいけど、返事に困る言葉ばかりでこちらまで病んでしまいそうだ。
その後もあまり話は弾むことはなく手を引かれる。
やがて水が足に浸るようになり、そろそろかなと思えば落ちた。心の準備すらままならない状態でいきなり海の中。どんどんと深く落ちていく感覚に思わずあがいて、状況が不味いことであるのを何とか伝える。
「大丈、夫。水練法師の力ある、から、私に、触れてたら、息できる。だから、手、離さない、でね?」
淡々とした言葉にそんな無茶なと口を開いたところで、力が本物であるのを理解できた。
口を開けた途端入り込んできた空気。水中では到底味わうことなどできない透き通った空気。味なんてないはずなのに、喉をスッと通る甘い炭酸の味が口に広がったんだ。
「ついた。海の祠、ポセイドンダンジョン。この中、なら、普通に呼吸、できる、よ」
言いながら手を離すものだから咄嗟に息を止めてしまった。ちゃんと息ができることを体感して大げさにも息を止めていた恥ずかしさがこみ上げてくる。
顔が熱い。穴があるなら入ってしまいたいほどではないけれど、恥ずかしさを誤魔化すように。
「こ、ここで何をするんですか?」
「アイテム、収集。深海桜の花びら、小さいから、見つけるの、むずか、しい」
僕が手伝うまでいくつか集めていたらしく、実物を出して見せてきた。実際の桜の花びら同様に小さいのは確かで、色が鮮やかな青に染まっていた。
手に取ってアイテム説明欄を見ると[深海に咲く桜の青い花弁。イベント、素材]と書いてあった。
「イベント?」
「うん、青桜散りて、満月へ昇る。この間、始まった。でも、それ用に、集めてるわけじゃ、ないよ。私そのイベント、終わったから」
「え、でもクエストだって」
「そう、だね。そのクエストをやる為に、これ必要、なの。これで、エンチャンターの能力、氷結を、解放できる、から」
イベントとはまた別として花びらが必要であるのは理解したものの、クエストを手伝うというよりは、その準備を手伝う形。ならば花弁は何枚必要なのか聞いてみると、一千は必要だと言った。
因みにイベントの方は八百枚で完走できるらしく、かつ復刻だからこのダンジョンに他のプレイヤーがいないらしい。
「そういえば、ミカミ君、話って」
各自花びらを集め始めた直後、エルルが静かな空気を割くように口火を切った。ただここで話して言い物なのか、折角楽しんでるのにそれを壊すような話をしていいのかと考えると、直ぐに言葉が出てこなかった。
「ミカミ君、聞こえ、てた?」
「あ、えっと、はい聞こえてます。ただここで言うべきなのかなって思いまして」
「誰もいない、から、心配、しなくても、いい、よ?」
「そういうことではなく……」
本人がこう言っているのなら素直に言ってしまってもいいのかもしれない。それでもためらってしまうのは、ゲームにログインする直前の彼女の色を見てしまったから。
負の感情が詰まった塊。自分でも多分わかっているんだろうけど、暗いのもわかっているから、周りからそこまで心配されたことがないのか、吐き出し口がないのか。とにかく彼女のその色がどうにも引っ掛かっていて仕方ない。
心配しないで何でも聞いてとばかりに言っていたから、ならばと先に引っ掛かっていることを聞いてみることにした。間違っていたらまた恥ずかしくなるだけだけど、もう今更な気がして単刀直入に質問を吹っ掛けた。
「エルル。正直に教えて。シーカーは、シーカーのゲームデータは誰かに奪われた?」
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