「泣きたい時は泣いていい」

 真面目に聞こうとしたら敬語が旅に行ってしまった。前にタメでいいと言われたものの、一応年上だからと呼び捨てまでにしていて、今はそれでいいって感じだった。まあ正直為の方が話しやすいからすんなり出てきたのかもしれないけど、今はそれどころじゃあない。


 葵と会ってから妙な胸騒ぎがしてたんだ。色んな感情が交わりマーブル上になった負の色がずっと引っ掛かっているから。


 そもそも人は嫌な思い程内にため込んでしまい、人によっては周りに助けを求めることができない生き物。


 だからこそ、ずっと気になっていたことを聞いた。もしそれが僕の思っている答えなら、急がなければならないから。


 それに僕の問に動きを止めているから、しっかりと聞こえているのも事実だろう。


「な、んで、知ってる、の?」


 僕には背を向けたまま。それでも声色が弱く脆く感じ震えているのがわかる。


「確証はないです。ただ僕の知り合いでこのゲームのプレイヤーだった人がいて、暴力的な行為をされてデータを盗られた挙句、大切な物を失ったと。だから失う前に辞めた方がいいと釘を刺されまして」


「そう、なんだ……ミカミ君の、言う通り、お姉ちゃんは、あのデータを、盗られたって。今は、ショックで、寝込んでる……でも、そのお知り合い、みたいに、攻撃されたのかは、わからない。ちょっとでも、って思って、色々しても、駄目で、私、どうしたら、いいのかな」


 次第に声が籠っていく。ふと彼女を見てみれば、拳に力が入ってるのがわかったし、いつもより俯いていた。姉が経験した辛さがわかってるんだろうか。


 ただ泣きそうなことだけはわかって、僕は自然と彼女を抱きしめていた。


 もちろんそんな関係じゃないことはわかってる。知り合ってまだ数日とかの関係だし。でも泣きたいときは泣いたらいいと思うし、一人で抱えて欲しくはない。僕は一度辞めた身だけれど、東条先輩にだって頼ることはできるだろう。


 それにこのままだと、僕のように壊れてしまう。だからこそ宥めることも含めて優しく寄り添った。


 その気持ちを受け取ってくれたのか、葵は腕の中で静かに泣き嗚咽を零した。


「ご、ごめん……泣きたかった、わけじゃ、なかった……」


「いいですよ。泣きたいときにしか泣けませんし、我慢は良くないと思いますから。それに……一度辞めた身ですけど、このゲームで起きてる事件が解決するまで、僕は手伝いますよ」


「ありが、とう、ミカミ、君」


 滅多に笑わない人だと思っていたけれど、一瞬だけ笑ったように感じて心臓が高鳴る。アバターだから実際の顔ではないのに、どうしてか現実の方の葵の顔が頭をよぎった。


 きっと滅多に笑わないからギャップでビックリしただけ。自分にそう言い聞かせながら、僕は花びら集めを再開した。


 体感的に一時間。道中魔物と接触したものの、葵の水練法師の魔法が強く僕の出る幕は一切なく、花弁を集め終わった。


 後々聞けばここのダンジョンはまだ簡単な方なのと、レベルが高いから強いように見えるとのこと。実際は水練法師は全体攻撃に特化した攻撃が多いが、代わりにどれも弱いそうだ。


「これで集め終わった?」


「う、うん……少し多い、けど、イベント、の、アイテム。交換に、使え、る、ありがとう」


 そしてたった一時間。されど一時間の間に僕と葵の距離が少し短くなった気がする。


 今まで敬語を使って話してたのに、気を抜くと直ぐにため口で話してしまった。だから気を付けようとすると、ため口で話さないなら話聞かないと言われた。もう話すことは伝えたとはいえ、手伝うと言った矢先のことだから遠慮なくため口で話すことにしたんだ。


 気持ちに少し触れたからなのか、最初の頃よりも話が盛り上がって、気づけば町に到着。


 お互いの目的が達成できているからそのままログアウトして店前で落ち合った。やはり現実の葵は暗い黒の長髪を纏ってるから凄く暗く見える。多分雨が上がった空が曇ったままだから余計にそう見えるだけかもしれない。


「きょ、今日は、本当に、ありがとう……えっと、その、この、お礼は、必ず、返す、ね」


「え、いや大丈夫だって。元々僕が無理言ったから手伝っただけだし、お礼は貰いたくないから」


「で、でも、助かったのは、事実、だから……」


 静かに言葉を繋げていき、儚く消える。だからの後に続く言葉を待つと、ゲーム内でも見せた微笑みを浮かべて前を向き「またね」の言葉を残すと、逃げるように踵を返して去って行った。

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