「久しぶりに感じるゲームの世界」
店内に入ると相変わらずの落ち着いた雰囲気が襲い来る。前の店の状態をそのままとはいえ、ネットカフェなのに派手な雰囲気がないのは本当に珍しい。
呼ぶとは言っていたものの、マスターは受付から動くことはない。厳密には受付カウンター内で作業している様子だった。
そもそも相手はVR世界にいる状態。それをどうやって呼ぶのか気になるところだけど少し待ったところで茜さんがやってきた。
「あ、あの、何か、用……?」
右手で左腕を掴み、目を合わせたくないのか俯いた彼女から小さく、途切れた言葉が聞こえてくる。
まるで自分の身を包むように伸びたきめ細やかな長髪のせいで余計暗く見える中で、前髪の隙間から見える顔に浮かんでいたのは淀んだ色。不安、悲しみ、絶望。色んな負の感情が混ざり合った不思議な色。
改めて彼女の色を見たけどこんなにも混ざり合った感情は初めて見た。こんなことを思うのは失礼だし大げさだけど、吐き気が込みあがってくる。
昇って来たモノを寸止めで飲み込み、喉が焼ける感じがして気持ち悪いが何とか話を振った。
「す、少し話があって。フィクロについてですけど」
「えっと、うん。いい、けど……」
俯いたまま返事を交わす。ただまごまごとした口調で、なにかもの言いたげ。言葉を促すように最後の言葉を繰り返す。
「けど?」
「今、クエストやってた、から……手伝ってくれると」
どうやらクエストの途中で僕の方を優先してくれたらしく、少し申し訳ない。
だからこそ手伝ってあげたいのはやまやまだけど、ログインに必要なフィギュアがない。正確には無くてもログインはできるけれど、遊べたものじゃないらしく手伝うどころか足を引っ張りかねない。
そのことを伝えると。話を聞いていたマスターがまたカウンターから出て近づいてきた。
「ミカミ様。こちら以前おいでになった時に『お忘れになった』ものです」
「これは……」
差し出された硬そうな手のひらには、見覚えのある灰色のフィギュアがぽつりと存在していた。
ハイランダーのフィギュア。あの時確かに先輩のバッグの上に置いていったのを覚えている。その後マスターにも忘れ物と称して預けて貰っていたはず。
なのにそれが僕の元に忘れ物として届いたのには驚きを隠せない。
――だから先輩は貸せないって。手元にないから貸せないって言ってたのかな。
「ありがとうございます」
しっかりそれを受け取ってから僕は茜の隣の個室、
一周間か、二週間か。多分そんなに時間は経ってないけど凄く久々と思えるエルグドラシルの大地。久々のせいなのかゲームの世界なのにどことなく空気がおいしく感じる。
もちろん実際の空気はリアルのものだけれど。
「ご、ごめん、ね。待た、せた……?」
「大丈夫ですよ。久々にログインして感覚が慣れてなかったか……ら」
噴水の前で待っているとぱたぱたと聞こえない音が聞こえそうなほど、僕の方に慌ただしく走ってきた
改めてゲーム内のエルルの姿を見たけれど、現実と同様に小さくて、青いローブに魔法使いの印に似た紺色とんがり帽子を被っている。身に着けてる服もオシャレだけど青系のもの。まるで彼女自身が海にでもなったようなほど青一色で覆っていた。
初めてあった時は帽子は被ってなかったし、青一色でもなかった。ローブは付けていたけど色は黒に近い赤だったと記憶しているけど、凄く似合っていると思う。
「えっと、なにか、変?」
「いや、前見た時とは違って似合ってるなって」
あれ、今僕なんていった? 普通に心の声が出ちゃったような気がして仕方ないんだけど……こういう時聞いていた人の色を見れないのは辛い。
とりあえずエルルの顔色をそれとなく窺ってみれば、少し顔が赤らいでるように見えた。
直ぐに訂正しようとすると、先にエルルが話を続けた。
「あ、えっと、そのこれは、職が違う、から……今は
水の中に入る……それは初耳なんですが。
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