「一応、得意なので」
ことの始まりは二週間くらい前。
学校は退屈で嫌いだと思っていた秋の時期だ。
いつから抱いていた思いかはわからない。でも別に社会に出たところで、役に立つとも思えない長ったらしい授業。せいぜい役に立つと言っても数学とか国語くらい。他の理科とか社会、歴史などは研究員にでもさせるつもりかなんて思えてくるんだ。
そんな退屈な授業が終われば、生徒たちが騒ぎ出す。
例えば恋の話――今日こそはと話している女子たち、肝心の告白相手はなんも思っていないから失敗に終わるのが見えている。
例えば休日の話――来週末、勉強会したいと言っている男子。周りは興味ないながらも適当な返事を交わしている。
例えば授業の話――女子がさっきの場所わからなかったんだけどと言っているが、それは嘘。本当は構ってほしいだけなようだ。
例えば放課後の過ごし方――カラオケに行こう! と誘っている生徒は、カラオケに行くための人数を欲しがるだけだと僕は知っている。
相手の気持ちが手に取るようにわかるのは、僕の
授業が終われば誰だって家に帰る。部活動のある人も結局は家に帰る、当たり前のこと。一人で帰るのは友達というような間柄の人はいないから。
別に人付き合いが嫌いではないけど、生憎共感覚のせいで嫌われ者が多い僕に関わらないクラスメイトばかりで、一部を除いて目が合っても話はない。せめても基本の挨拶と重要なことだけ。
だからなのか人間関係は殆ど悪い方にしか進まないし、心を見透かされていて気持ち悪いと嫌われるし、人と接すると散々なことばかりでストレスが溜まる。
どうにかしたいと願っても、共感覚は切っても切れない腐れ縁な症状。ならばストレスが爆発して逆に迷惑を掛けないように部活に入らず、放課後は直ぐに帰路についている。
といってもここ最近はいつも町中に出来たゲーセンへ寄り道しているから、帰宅時間はそれなりに遅い。
ゲーセンも感情や声がうるさい場所には変わらないけれど、ゲームに集中してるときは人の感情を見なくて済むし、なによりもここに置いてあるマイナーなシューティングがとにかく好きなんだ。
「先客か……珍しい」
いつもの機体へと足を運ぶと珍しく先客がいた。それも僕が通っている学校の女子生徒だ。流石に後ろ姿では何年の誰なのかはわからず、強いてわかるのは昼知らずの常闇を模しているような髪が肩位に短くて、頭のてっぺんに生えた触覚的な癖毛が、細身の身体の動きに合わせて揺れていることくらいだ。
――まあ先客がいるなら待つだけかな。並んでおかないと連遊……連続で遊ぶかもしれないし。
「おぉ、今の撃つんだ」
並んでいるからこそ、相手のプレイが見えてしまう。
出現量からして最高難易度。敵が理不尽とも思える行動をとる中で、2Pを使用した二丁拳銃の華麗な裁きでノーダメージで蹂躙している。
その後待ち受けていたボスも難なくクリア。挙句にはラスボスまで行ったけど、まさかの百発百中ダメ無し記録を叩きだしてゲームクリアを果たしていた。
――動体視力がいいってレベルじゃない神プレイ……でもこんなプレイしてたらランキングに乗ると思うんだけどな。
アーケードゲームあるある。スコアが高いほど専用のランキングに載る。でも昨日まで一位は僕だったから新参者だろうか。いや、だとしても初心者にはまず挑戦不可能な難易度をクリアしてるから……なんて考えてると、暗くなった画面越しに目が合った。
「あ、ごめん。並んでるの気づかなかった……」
目が合った彼女が後ろを振り返っては柔らかにかつ、申し訳なさそうに言ってきた。同時に感情の色も見えたけど、声のトーンとは裏腹に
「い、いえ。その、プレイ凄かったです」
「初めてプレイしたけど、そんなに凄かった?」
「え、初めて……ですか!?」
驚いた。このゲームの最高難易度をプレイしていたはずなのに、まさかの初見。今彼女がやったゲームの最高難易度はシューティングゲームの中でもベスト4に入る程の難しさ。何度も言うが、初心者向けじゃあないから、初見クリアなんてまずありえない。
疑ったところで嘘を言った際の色は見えないから本当のことだ。色が見えなくても彼女のはっきりとした鈴の声色と、僕の
「うん。ていうか、君、私と同じ学校の子だよね。君もこれやるの?」
「あ、はい。いつも帰りにワンクレだけやってるので」
「お、じゃあお手並み拝見だ」
ささっとベースから避けると案内人のように、手を使って僕のプレイを仰いでくる。それも見ているこっちまで笑顔になってしまいそうなほどに輝いた笑顔付き。
まあ元々ゲームやりに来たのだから断るつもりは鼻からないけれど、関わったことのない人から話されること自体初めてで、加えてプレイを見られるのは恥ずかしかった。
でも日々のストレスを発散するにはこれしかない。ベースに立って百円玉を投下してからIDカードをスキャンした。
「一日一回しかやってない割にはランク凄い」
読み込みが終わると同時に彼女が横から顔を覗かせて、僕のプレイヤーデータを見始める。僕との間はざっと五センチくらい。凄く近い。
ここまで近づかれれば、嫌でも彼女の整った顔立ちが画面越しに眼に入るし、バニラアイスが浮かぶくらいの、優しくて甘い匂いがするから一瞬心臓がはねる。
知らない女生徒に対してそんな気持ちを持つのは流石に駄目だ。気づかれないように、心を和ませてから感心している彼女の言葉に、返事を返す。
「い、一応このゲーム得意なので」
「なるほど……あ、じゃあ店内一位だった
画面にはランク78、プレイヤー名『
ちなみにPNの由来は僕の苗字【
そのことを手短に話しつつ、「それ僕です」と伝えると、細くて小さい右手で口を押えて驚いた表情を浮かべていた。
「さっきまで一位だった……あれ? てことは君プロじゃん!?」
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