フィギュア・クロニクル・オンライン〜ハイランダーと美少女騎士の軌跡〜

夜色シアン

1章

「フィギュア・クロニクル・オンライン」

「ミカミ君! そっち行った!」


 鋼鉄の鎧で包まれた女性が、僕――ミカミこと水上誠みずうえまことへと叫んだ。


 声を辿ると三メートル程の巨大な鹿が、角を地面スレスレまで下げて大地を削る勢いで走っているのが見えた。


 目を凝らせば、移動速度強化の魔法陣が展開されているのが見える。


 まるで巨大な肉弾。正確に言うとHPが残り一割以下に行う無差別的起死回生攻撃だ。といっても闘牛さながら一直線疾走だ。


 冷静に敵の状態を確認した後、「了解」と声を返して僕はすっと腰を落とす。腰に携えた剣の柄を逆手で握って、MPを流し込む。


 距離は五百、四百、三百。


鹿の足にかかった移動速度強化魔法により、深く息を吸ってる間に間合いの三十メートルへ到達していた。


 剣の柄を強く握るとバチっと電気が弾ける音が響く。同時に、僕の足は瞬く暇もなく前へと進む。


不格好な角の隙間を掻い潜って頭、首、前足を切る。後ろ足にたどり着くと、抜けないように深く突き刺した。


動きが止まると剣を引き抜き持ち替えてから胴体にある急所を一突き。


 刺したまま、さらに雷属性を放出。

 鹿の内部から焦げた匂いが鼻を刺すと、鹿はダウン。HPがぐんっと減っていてゼロを表示した。


「勝利の~ブイッ! だね!」


「正直大変だったんですけど……」


「倒せたんだからもっと喜ぼうよー」


「元々そっちが誘ったんじゃ」


 鎧の兜を脱いだ女性――柔らかく風に揺れた銀髪を持つ猫耳美少女、トウカ――が、レイドを終えたことに片手でブイサインを作ってはとびきりの笑顔を向けてくる。


 その可愛さに見とれてしまうけどあまり凝視するものじゃないから、気にしないように目を逸らす。すると僕のウインドウにも、レイドに勝利したことが派手に映し出されていたのに気づいた




 ******


「ミカミ様、いらっしゃいませ」


 学校帰りの町の路地の中を僕は歩き、入ったのは外見も内見も一見して落ち着いたカフェにも思える建物。


 ドアに手をかければカランカランとドアベルが心地よい音色を奏で、顔のシワですらオシャレに思えるイケてる渋いおじさんマスターの野太い声で歓迎される。


 僕がオンラインベースと呼んでいるこの場所は、ネットカフェの機能の大半がなくなった場所をそのまま利用した施設。ここでしか遊ぶことが出来ないゲームがあって利用者はそれが目当てだ。


 合言葉のように僕はこう言った。


「いつもの場所で」


371サナイ……ですね、かしこまりました」


 OBオンラインベースの施設内は小部屋が数えきれないほど用意されており、大半は客が入っている。


 そんな中僕が頼んだ場所は個室ではなく、家族部屋。本来は団体で使う場所なのだが、ここ最近は371号室ばかり使っている。


 マスターの案内の元、たどり着いた部屋の扉を開けると、得意げに仁王立ちしている女性が立っていた。僕が団体部屋だけを使うのは彼女の為だ。


 逆にその人にとっては僕のためにこの部屋を選んでいるとも思えるが、詳しくは聞いたことがないから知らない。


「遅いよ、ミカミ君」


「約束の時間ピッタリだと思うんですが東条とうじょう先輩」


「のんのん。私が遅いと言ったら遅いんだよ!」


 元気のいい声で僕の耳を貫いてきたのは、先程から仁王立ちしている東条冬香とうか先輩。煌めく黒い深淵の海の短髪に泳ぐ、浅葱色のメッシュが特徴的で、誰もが羨む美貌を持つ女子高校生。兼今から僕らが行うVRMMORPG『フィギュア・クロニクル・オンライン』、通称『フィクロ』のトップランカーだ。


 つまりこうしてここに僕と先輩が集まったのは、そのゲームをプレイするため。決してやましいことを考えたりはしていない。そもそも僕と先輩は今はそんな関係ではなく、言うなれば師弟関係なだけ。


 そう言い切れるのは、僕の眼に見えている感情の色が浮かんでいるからだ。因みに今の先輩の色は恋愛感情の桃色は全くない、楽し気な黄色で埋め尽くされている。


「あ! 早く始めないとレイド始まっちゃうよミカミ君!」


「わかってますよ」


 相変わらず楽し気な師と日々こうやって合流しては、鍛えてもらっている。ただ今回は僕の育成よりも滅多に現れないレイドに興味が引かれているようで、勢いよく部屋の隅にある備え付けの大きな寝椅子に身を預けていた。


 僕も後を追うようにもう一つの寝椅子に寝転がった。右肘乗せ部分にあるに、灰色のフィギュアに取り付けられたUSBを露出させ突き刺す。横目で見ているからわかるが先輩も灰色のフィギュア。それも僕のとは違って『騎士』をモチーフとしたものを刺していた。


 一息吐いて、前に集中する。身体の全てを椅子に預けながら、フィギュアを鍵を開錠するように右に回す。


 直後機械の起動音が頭部の上から弾み、VR世界にダイブするための機会が首元に巻かる。これで準備は整った。僕らは口を揃えて叫ぶ。


「「リローデッド・ドール!」」


   ******


『フィギュア・クロニクル・オンライン』


 それは五年前に特定のフィギュアを使い、ベースは決めれるがフィギュアに受肉して遊ぶ、真新しいVRMMORPGとして世界に広まったゲームだ。


 VRヘルメットよりも特殊な機材を使うため、ネットカフェを元に作られた『OBオンラインベース』でなければプレイ不可能であり、それが故にプレイヤーが少ない問題も発生しているが、制作十年経った今でも制作は行われているため、プレイヤーは少しずつ増えている。


 それでも実質プレイヤー数の規制がある状態であることには変わりなく、オンラインゲーム特有のラグやサバ落ち(ゲームサーバーが処理落ちして一時的にサーバーの機能が停止すること)がまずないのが、このゲームのメリットだ。


 プレイするための特殊機材というのが、僕――水上誠と、東条先輩が寝ている椅子。それの肘乗せ部のコネクタ穴にUSBを露出したフィギュアを刺して、リローデッド・ドールと叫べば、フィギュアのメモリ情報と、寝ているプレイヤーの情報を読み取ってゲームが開始される。


 ログインしたてはいつも視界がチカチカと白く瞬くけど、その後に広がるのは彩鮮やかな世界――エルグドラシル。


 プレイヤーに様々な体験ができるようにと、自由なゲームで種族も豊富だからこその世界。ゲームの設定的に言えば、それぞれの種族同士均衡を保っている――世界の敵である魔物はまた別――というのが正しいらしい。


 ただこのゲームのデメリットというのが、プレイヤーにのみ使える『ジョブ』や一部『キャラ』。これらはフィギュアによって決まると言っても過言ではなく、かといって課金者とは差がつかないように、ちゃんとプレイスキルやレベリングを上げれば、どれもそれなりには強くなる。


 ちなみに僕は、先輩から譲り受けた『職業ジョブ・ハイランダー』を使っている。曰くあんまり手には入らないけど、初心者向けの職業だとかで。


 いや、譲り受けたというより、押し付けられたんだ。結構強引だったけれど、あの時の先輩の色を見てしまったばかりに――

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