「美少女に拉致された件」
人前でプレイなどほとんど経験したことはない。あっても思い出せないのだからきっと昔のこと。だから当然と言っていいほど緊張する。誰も見てないと思っても、その思いは結局意識しているから思ってしまう自己暗示。
そして起こるのは集中を欠いた恥プレイ。
「こ、こんなはずじゃ」
GAMEOVERと映し出された画面。やられたのは苦戦を強いられる六面中ボス手前。
まだ最高難易度で最終面前のここまで来れたのはいいけど、凡ミスで残機ゼロになったのは流石に悲しい。
さっきまで店内ランキング一位だった威勢すらでない。
「ま、まあ、こんなこともあります……」
「別に責めてないよ!? それにかっこよかったと思う! だって動きに切れあるし、反応速度も良くて、次から次へと敵を打ち抜いちゃうんだから!」
一位だったと言い、このゲームが得意だと豪語したから、酷いプレイを見せてしまったことに情けなく思う。
でも流石直前にプレイしていただけあって、彼女が直ぐに励まして、なおかつ褒めてきた。褒めなれていないのだから正直褒めないで欲しいが、おかげで心が和らいだ。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そういえば、この後って予定ある?」
「え、いや、特には」
「じゃあさ、じゃあさ! 仲良くなった記念に、一緒にゲームしない!?」
予定がないことを伝えた途端に、明るくて可愛い笑みを浮かべる彼女。手を包むように握ってくると、至近距離でそう言ってきた。
一体いつの間に仲良し判定されたのか。まだ出会って数分なのに、彼女の名前だって知らないのに友達とは……。というか、さっきもだけど、距離感おかしくないですかこの人。
でも彼女の『楽しい』色の前には、なぜか断れなくて。気づいた時には手を引かれ街中を駆けていた。
ていうかこれ、俗にいう拉致、いや逆ナン!? もう恥ずかしくて前見れないんだけど!?
「ここだよミカミ君! ってあれ、もしかして熱でもある? 耳がゆでだこみたいになってるけど」
「あ、いや、これは」
「あーそういう……あははは! ミカミ君初心だねぇ! そんなんじゃあモテないぞ?」
「よ、余計なお世話です!」
手を繋いで街を駆けていたことに気づいたのか、パッと手を離して顔を覗いてくる彼女。にやけながら余計な心配もしてくるのだから、怖くてしかたない。
いや、怖いのはここまで人と接することがなかったからだ。
でも断れなかった僕にも非はある。息を整えて彼女が示した場所を見上げる。
「ネット……カフェ?」
あったのは【ネットカフェ優雅】と掲げている店。見た目は落ち着いていて、少し古風さを感じる。ここにネットカフェがあるのは知っていたけれど、一度も入ったことはない。
彼女が言った。
「正確にはもう優雅じゃなくて、オンラインベース。看板取るの面倒みたいでそのままなんだって」
「えっと……? オンラインベース?」
「うん。まあ、ネカフェと対して変わらないけど……とりあえず入ったらわかるよ。口で説明するより見た方が早いし」
「ちょ、ちょっと待ってください! ぼ、僕はその、貴女の名前知らないですし、急にそんなこと言われても、困ると言いますか。えっと、その」
ここまで来て漸く自分の足と脳のブレーキが作動した。でも言葉が上手くまとまらない。かといってこのまま何も知らない状態でついていくのは危険だ。そもそも無理やり連れてこられたんだ。逃げなければ。
なりふり構ってられない。足に力を入れて逃げようとするよりも先に、目に移った彼女の『哀』の色が僕の身体を引き留めた。
「あ、あぁ~……ごめん。私突っ走っちゃったね。そうだよね、ちゃんと説明しなきゃだよね」
そういう問題ではないのだけれど。もしかしたらここに連れてきた理由がまた別にあるのかもしれないし、ちゃんと話を聞いてみてからでも、断るまでの判断は遅くはない。何も言わずに耳を傾ける。
「私は冬香。東条冬香。東に条件の条、冬に香るで、東条冬香。実はミカミ君をここに連れてきたのは、君のゲームスキルを見込んで、一緒に……私の相棒としてフィクロをプレイして欲しいからなんだ」
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