好感度№1営業マンの光と影~大手ハウスメーカー紆余曲折日記~
真山虎次郎
第1話 好感度№1営業マンの光と影
今回は私が大手ハウスメーカー在籍中に大好きだった先輩営業マンのエピソードを綴っています。
◆ 大好きだったノンキャリア籍の先輩営業マン
私が大手ハウスメーカーに新卒入社してすぐの新人現場監督だった頃、ナゼかよく絡んでいた『与沢さん(仮名)』という先輩営業マンがいました。
彼はいつも笑顔で優しく、当時新人だった私にも気を使ってくれるような癒し系の人でした。彼が怒ったり、誰かを罵倒したりしているのを私は一度も見たことがありません。結婚1年目で、3カ月前にかわいい女の子が生まれ、幸せいっぱいの与沢さんでした。
以前も書いたように、住宅業界の営業マンは、アクもオシも強くトッツキにくい人が多かったので、物件が回ってくると真っ先に営業担当欄をチェックし、
「うわ~!ヤベ~、○○さんが担当ダヨ!やりたくね~。」とか、「いや~良かった!○○さんの担当物件だ!じゃあ大丈夫だな!」などと、まずは『営業担当者が誰か?』を確認していました。
私は現場監督時代に3物件、設計部では初めてでしたが、与沢さんが営業担当だとすごくうれしかった記憶があります。
◆ ハウスメーカーの営業マンとは?
住宅の営業は、あらゆる意味で相当な労力を注いで契約を獲得します。家という大きな買い物なので、そう簡単に契約は成立しません。
数有るライバル会社、例えば住宅メーカーを筆頭に、建設会社や設計事務所などと競合して戦います。そして信頼を勝ち取って、初めてお客様と契約ができるというわけです。
営業はお客様と密接な関係があり、そのお客様との窓口かつ責任者です。お客様がハウスメーカーを決める最大の要因は営業担当とまで言われています。
もちろん価格や会社の規模、工法(例えば鉄骨造)などさまざまな要因もありますが、どんな理由にせよ、営業マンは自分が契約したお客様に大変思い入れが強いわけです。
◆ ハウスメーカーの営業・設計・工事の役割
ハウスメーカー(住宅メーカーともいう)では「営業」「設計」「工事」という、主に3者のメインキャラクターがいるわけですが、その役目や流れ、絡みを簡単に解説します。
営業が契約を締結すると、設計が実際に工事を着手できるように間取りも含めて全体を調整します。
そのため営業は総合窓口ではありますが、一応ここで設計に引き継ぐ形になり一段落するわけです。
設計は、役所関連の調査や建築基準法に適合しているかの確認なども含め、営業が約束した通りの家をキッチリと建てられるかチェックをします。そして工事が着工できるメドが立つと工事部に引き継ぎます。
あとは現場監督が設計図書で決められたとおりに管理監督をしながら、引渡しに間に合うように家を建てていくという流れになります。
◆ 報われないノンキャリア籍の営業マンたち
当時、私の在籍していた大手ハウスメーカーでは、営業と企画はキャリア籍の社員が大多数を占めていました。私のような工事設計部門入社の社員はノンキャリア籍です。
当時、終身雇用年功序列型の大手企業では、「寄らば大樹」的な考えがあり、すべてを否定するわけではありませんが、トップダウン色が強くムダな書類が多かったりと、何かと理不尽で不可解な部分が多々ありました。
ちなみに、私が大好きだった営業の与沢さんはノンキャリア籍の社員でした。
詳細は省略しますが、私が在籍する企業では関連子会社や入社ルートがさまざまあり、与沢さんはレジデンシャルエステート株式会社(仮名)という子会社籍の社員でした。
しかしレジデンシャルエステート株式会社は、僅か5年でなくなったため、本来の営業部に吸収されたのです。
そこから異動してきた社員たちは、大多数を占めるエリート籍の営業マンとまったく同じ仕事をすることになるわけですが、給料体系や諸待遇で大きな格差が有り、明らかに夢も希望も将来もないといった超可哀そうな状況でした。
おそらくレジデンシャルエステート株式会社は、本社上層部の思い付きのトップダウンで決まった中途半端な会社だったと私は思っています。
レジデンシャルエステート株式会社には、少数ではありましたがキャリア籍の社員と同等の高学歴な社員も含まれていました。
しかし、同期で同じ大学出身なのにもかかわらず、キャリアとノンキャリアという光と影のような理不尽な格差が存在していたのはまぎれもない事実です。
◆ 累計4棟契約済みの超VIP顧客
私が設計として27邸目に受け持ったのが与沢さんが担当していた大井アパートでした。大井様(仮名)は8年前に自宅を契約し、さらにここ数年で3棟のアパートを契約済みという超VIPなお客様でした。当時、設計マンとしては未だ発展途上だった私を、与沢さんが指名してくれたおかげで大井邸を担当することになったのです。
大井様は子供のいない老夫婦(70歳くらい?)で、与沢さんが新人の頃から一生懸命足を運び、信頼関係を築き上げてきたお客様です。
最初の一棟目は3年越しで自宅を契約し、そこから数年の間に今回含め3棟のアパートを契約している歴史あるお客様です。大井様と与沢さんは信頼も絆も大変深い関係にありました。
大井様はとにかく悟りを開いているかのような、穏やかでやさしい老夫婦でした。子供のいない大井様夫婦は、与沢さんのことを息子か孫のような気持ちで接していたのかもしれません。
大井様の家には、当時40歳位の親戚の女性が大井様夫婦と同居している様子でした。オレオレ詐欺などを防止する意味もあり、老夫婦のお世話役をされていたようです。
◆ 設計なのに現場監督も兼任!?
大井様夫婦からの私への信頼はアツく、なぜなら与沢さんが、「トラジロウは優秀現場監督賞を2度も受賞したスゴイ社員なんです!だから僕が指名して大井さんの設計担当にしたんですよ!」と、私のポジションを大きく上げてくれたからでした。
私は設計部で苦戦しているにも関わらず、現場監督時代同様に新人と組まされることがよくありました。今回の大井様アパートの現場監督も、中途採用で転職してきたばかりの新人監督でした。
与沢さんからは、
<与沢さん>
「トラジロウさあ~、現場監督新人が担当になっちゃったけど…アパートだからショウガナイんだよね。でもオマエは現場監督もできるからホント頼むね!」
といってメシをオゴッテくれたり、お菓子を差し入れしてくれたり、相変わらずの気の使いようでした。
確かに個人住宅はお客様の思い入れが強く、新人の現場監督には難しいところがあります。
一方のアパート物件は、お客様自身がそこに住まないし、予算も抑えているためクレームになる可能性が低いわけです。そのため、新人の現場監督が担当になるというのも分からなくはないのですが…
う~ん、設計と工事兼任かあ…。
◆ 与沢さんからの意味深な電話
大井様アパートは特に問題もなく淡々と進行していき、やがて設計担当の私の仕事は順調に完了しました。
その後、転職してきた中途入社の新人現場監督に引き継ぎ、営業担当の与沢さんとも2カ月くらい話をしていませんでした。
そんなある日、突然私の携帯に与沢さんから電話がかかってきたのです。
<私>
「もしもし!トラジロウです。与沢さん!お久しぶりです。大井様邸は特に何もなく順調だと思いますけど…突然どうしたんですか!?」
<与沢さん>
「トラジロウさあ、俺…。ちょっとヘマやっちゃってサ。大井さんのところには、もう行けないんで…。とにかく、後はヨロシクな!ゴメンな…。」
ガチャ!!
<私>
「与沢さん!!与沢さん?!ちょっと意味が分からないんですけど…何なんですか?急に…ちょっと…与沢さん!与沢さん!」
与沢さんと話をしたのはこの電話が最後でした。
◆ ワケが分からず大井様宅に直行
突然の意味不明の電話に私は戸惑いました。
まわりの社員に与沢さんのことを尋ねるも、特に何か情報を得られるわけもなく…
たまたま、その日の午後から大井アパートで現場監督と大井様の3者で打合せがあり、大井様アパートの現場に駆け付けました。現在工事中のアパート現場の隣が大井様のご自宅です。
ご自宅の玄関のベルを押すと大井様の奥様が出てきました。
<私>
「大井様、お世話になっております。13:00からの打合せですが、現場監督も着いてますので始めても大丈夫ですか?ご主人様もいらっしゃいますか?」
いつも夫婦揃って出てくるはずなのに、オカシイなと思いながら質問すると、
<大井奥様>
「でも…与沢さんが…まさか、あんなことするなんて…。トラジロウさんに与沢さんから何か連絡はありましたか?」
<私>
「えっ!?いやっ、その~…と言いますのは?」
<大井奥様>
「一昨日、与沢さんが急に来られて…諸費用として当初支払ってもらわなければいけないのを忘れていたので…急遽100万円用意してほしいって…。」
<私>
「......」
大井奥様の表情や話しっぷりで、何となくすべてを悟った私は言葉が見つかりませんでした。すると憔悴しきった様子のご主人が奥から出てきて、奥様に…
<大井旦那様>
「もういいんだよ…与沢さんは…何か理由があったんだろう…。」
◆ 罪を憎んで人を憎まず
その数日後、いろいろと事実関係が解りました。与沢さんは大井様夫婦から工事請負契約時の諸費用を一部もらい忘れていたと偽って100万円を騙し取ろうとしたようです。
もちろんこのことは一切社内で公表されていないので、詳細は分かりません。でも…多分そういうことだったんだと思います。
与沢さんは退職し(懲戒免職だと思いますが…)あの電話が与沢さんの声を聞いた最後でした。
よりにもよってナゼあんなイイ人が…
ナゼそんなことをしてしまったのかは今でもわかりません。しかし私が一番驚いたのは大井様夫婦の言葉でした。
<大井旦那様>
「私たちは今でも与沢さんには大変感謝している。私たちにとって与沢さんは、いつも親切でやさしくて思いやりがあって…
与沢さんが来てくれる日はいつも楽しみでした。私たちは与沢さんの笑顔に何度となく助けられていたんです。」
今回の件は、同居している親戚の女性が一連の流れを見ていてオカシイと思い弊社に連絡して発覚したようでした。もしこの親戚の女性がいなかったら、この事件は発覚していなかったと思います。
おそらく大井様夫婦は最初からすべてわかった上でお金を渡したのだと思います。
そして大井奥様が、
<大井奥様>
「でも、結婚してお子さんも生まれて…何でこんなこと…今、どこでどうしてるのかしら…。」
と、与沢さんのことを心配していました。
<私>
「まだ気持ちの整理が付かないのではないでしょうか?いずれにしましても…弊社の社員が大変申し訳ありません…。私自身も、かなりショックです…彼は行く当てもなく、どこかで途方に暮れているかもしれませんね。」
その後、大井様夫婦には引渡までに何度かお会いしましたが、いつもの穏やかな雰囲気はまったく変わらず…与沢さんに対しても批判的な言葉は一切ありませんでした。
それゆえに私としては何とも言い難い切ない感情が、大井様夫婦と会うたびに沸き上がってきました。
たかだか100万円で人生を棒に振った与沢さん…。もし彼がキャリア籍ならそれをカバーできる年収があったはず…。当時、全営業マンの中で僅かしかいないノンキャリア籍の与沢さん。
とにかく私は与沢さんのことが大好きでした。もちろん与沢さんのやったことは100%悪いことです。
でも…今でも…ふと与沢さんのことを思い出す瞬間があるのでこの記事を綴りました。
【完】
好感度№1営業マンの光と影~大手ハウスメーカー紆余曲折日記~ 真山虎次郎 @tora-counselor
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