第12話

 他の受験生は、立ち止まる三人をチラチラ見て避けて行く。

 起き上がろうとすると、助けてくれた男性が手を差し伸べてきた。

 大きい手だ。

 その手は分厚く、兄の手を思い出した。


「ありがとう」と、怜生はその手を素直に握った。


 引き上げられる力が強く、ほとんど足に力を入れずに立ち上がった。助けてくれた人の隣に立つと、頭一つ分大きい。見上げる高さに短髪男性の顔がある。こんな時は、自分の背の小ささを恨めしく思ってしまい、器の小ささに嫌気がさしてしまう。


 立ち上がる怜生と男性の方へと女の子が身体を向むけた。

 真っ白のダッフルコートに、肩までのストーレートの髪。頭を下げるとサラリと重力に沿って落ちる。

「ありがとうございました」

「ケガはない?」

男性は女の子に優し気な顔を向けた。

「はい」

 女の子は、ニコリと笑ったあと、怜生に「すみませんでした」と頭を下げた。


 顔を上げた女の子は、地元にはいない垢ぬけた顔をしている。

 長いまつ毛に目がいき、落ち着かずドギマギしてしまう。異性だと、どうしてこう落ち着かないのだろう。

 それに、後ろから来る人の邪魔にもなっている気がして、

「いや、こけなかったから結果オーライさ。じゃあ」

と、さっさと中へ入ってしまうことにした。


 颯爽とカッコよく立ち去ろうと、背中を向けた途端、ツルっと足を取られ、バランスを崩した。

「うおっ」

「おっと」

 怜生の声に続いて、男性の声が被さる。

 腕をからめ、こけるのを防いでくれた。これで、助けてもらったのは二度目になった。


「ははっ」

と笑ったのは彼。

「フフ、ここ危ないですね」

と、彼女。

「ほんと、ありがとうございます」

と、怜生。軽く頭を下げ、恥ずかしさをごまかすように笑った。


 彼女の名前は佐野水樹といい、隣の市から来たという。

 そのもう一つ隣の市から来た彼の名前を宗田けいと言った。

 水樹とは門をくぐった先で別れた。


志望大学を聞くと、同じだった事もあり「また、会えたらいいですね」という彼女だったけれど、チラチラと、慧を見ていたから、会いたいのはどう見ても怜生ではなく慧の方だろう。

 助ける姿もイケメンで、顔つきも精悍。

 体つきはジャケットを着ているから見た目には分からないけれど、助けてもらった時の腕は、兄の腕を連想させた。

 手を握った時、手のひらには豆がつぶれた後のような感触があった。きっと、何かスポーツをしている人なのだろう。


 チラッと隣を歩く慧を見上ると、目が合った。

「宗田さん、背、高いですね。何センチですか?」

怜生が手を自分の頭に持っていきながら聞いた。

「慧でいいよ。それに敬語なしでもいい?」

「んじゃ、もう一回。背、何センチあんの」

「179センチ。あっ、呼び名、怜生でいい?」

頷くと、ジェスチャーで何センチと聞いてきた。

「……168」

「お、うちの姉貴と一緒か」

「えっ、何か複雑」

「言い方悪かったなら、謝る。けど、背なんて 見た目だろ。中身が大きかったらいいじゃん」

 カラカラと笑う慧に、「そうだよな、背なんて関係ないよな」と笑って返した。

 門を通ってから、受験室へと向かう道々、周りの空気が重いのに、なんだろう、この安定感。初対面なのに、安心するのはきっと、兄の雰囲気に似ているからだ。


 受験二日間、知り合いが誰もいない中、極度に緊張しなかったのは、慧と知り合ったことと、そして……。

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