第4話

翌年、沙良は志望校に合格して、花の女子高生になっていた。代わりに和季は後輩が増

え、先輩ももういい年でしょ?と言われることが多くなった。三十路が迫る憂鬱に同期の

社員達はため息をつくが、和季は三十路なんて怖くなかった。


 定時の音楽が鳴り、デスクの上を片付けていると、香苗が声を掛けてきた。彼女は今、受付の仕事を後輩に渡し、別の業務についている。


「お疲れ様、今日も早く帰るんでしょ?」


「ええ、帰りが遅いと怒るもので」


 と言いながら、和季は微笑んだ。和季は香苗に沙良のことを聞かれたとき、包み隠さず、

全てを話した。非日常に幸せを感じる自分を、和季は認めた。他人がどう思おうと、自分

らしく生きていけそうな気がしたのだ。香苗は、残念だけど皆には黙っといてあげる、と言ってくれた。



 ごくごく普通のサラリーマン。ごくごく普通の通勤。ごくごく普通の仕事、そして、帰宅……。


 眼鏡とスーツで日々を過ごす男、国守和季(28歳)は本日も会社から約1時間の場所にあるマンションへ帰る。特に仕事が出来るわけでもなし、特に女にモテるわけでもなし、特にはまってる趣味があるわけでもなし。平々凡々な一般人である。


 しかし、一応健康のために5階まで階段を上って、自分の部屋の玄関を開けると……


「おかえりなさ~い♪お風呂にする?ご飯にする?それとも――」


 制服にエプロン姿のなんともマニアウケしそうな格好で出迎えた少女の口を、和季の右手が素早く塞ぐ。もごもごと何か文句のようなものを言っている少女の顔も見ずに、ごくごく平凡であるはずのサラリーマンは言う。


「ただいま、沙良。いいかげん学習しろよ」


 右手を口から離し、ため息をつく和季に、沙良は頬を膨らます。


「いいじゃん、言いたいんだもん」


 そっぽを向いて開き直る少女の薬指には、リング。


 眼鏡を外し、和季はそっと沙良の頬にキスをした。


「まったく、うちの奥様は――」




 普通じゃない!






 終わり

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奥さまは…… @hinataran

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