第13話
愛が謝った理由は、新鳥栖駅の階段を登って改札を出た後に分かった。JAと書かれた青い帽子をかぶり真っ黒に焼けた肌のおじいちゃんと、同じく真っ黒な肌のおばあちゃんが立っていて、ふたりはあたし達に向かって手を振っている。
「……愛のおじいちゃんと、おばあちゃん?」
「うん、そう」
愛の逃避行とかなんとか言っていたくせに、愛は逃げているつもりはなく、はなから祖父母に迎えにきてもらう段取りを取っていた。
乗ったことがある、というのはこの電車を使って祖父母の家をよく訪れていたということだ。
愛の祖父母は初対面のあたしにも優しく声をかけてくれた。駐車場に止めていた銀色のワゴン車の後部座席に愛とあたしを乗っける。車の中は土と草みたいな匂いがする。
おじいちゃんは勢いよくドアを閉めて、年齢にそぐわない軽やかな動きで車に飛び乗ると駅を出発した。今夜は泊まっていかんね、とおばあちゃんが目を細めていた。
車の中であたし達はひと言も口を聞かなかった。あたしは紺色に染まる田んぼを眺めて、時折窓に映る自分の拗ねた顔に気づいてはそれを隠そうとする。でも、結局また拗ねる。
そうしていると、愛が祖父母を呼んだ理由がだんだんと分かってきた。認めたくはなかったけど。
愛の祖父母の家は大きな平家だった。自宅のすぐ隣には倉庫もあって、そこには農業用の器具が収納されていた。ふたりでお米を育てているそうだ。
祖父母の家には愛の服も数枚置いてあって、今夜はそれを借りた。六畳間に布団を二枚並べて敷いて、常夜灯をともした。
「ひどかね、愛。愛は、あたしと逃げてくれるって思っとったのに」
「ごめん。でもあたし達はどう頑張っても子どもやし、どうにもならんって思って。お茶買いに行くふりしてばあちゃんに連絡した」
──子どもだから。
愛の言うことは至極真っ当だ。あたしだって──それくらい分かっている。
「……じゃあ、どうして何も言わんかったと? 逃げるなんて無理だって言えばよかったやろ」
愛は首までタオルケットにくるまったまま、あたしの方に向き直る。あたしは枕に顎を乗せたまま目線だけを愛に向けた。愛は左頬を掻きながら、泣きだしそうに笑った。
「嬉しかったんだ。瑞希が逃げ出そうって言ってくれたの。そして、本当にちょっと逃げられた」
「でも……結局何も変わらんやろ」
「変わらんよ。でも、変えられないわけじゃないって分かった。今のあたしには、そいで十分ばい」
愛はあたしに向かって手を伸ばした。その手を掴むと指先がすごく冷たかった。そのくせに愛は、あたしの手を冷たいと笑う。
もしかするとこのまま愛と離れなければ、この冷たい指先が温かくなったりするのか。でも、どっちも冷たいなら無理かな。無理、という言葉に反発したくなってあたしは愛の手をぎゅっと握りしめた。
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