第11話
電流が流れすぎた機械みたいにあたしの身体は制御がきかなくなって、口が勝手に動いていた。愛のぽかんとする顔が目に映った瞬間にやってしまった、という後悔と、これから愛は傷つかずに済むのかな、という安堵が一気に襲ってきた。
いろんな感情が胸の辺りでうねると、ポテトの油とコーラがゆっくりと上がってくるような気がした。
「……愛、逃げ出そうか」
あたしはもう一度、ゆっくりと言った。
逃げるあてなんてどこにもない。だけど、どこか遠くへ行きたいという願いだけであたしと愛はマックから駆け出した。
残してきたポテトがやや気がかりではあったけど、這い上がってくる油を飲み込むとやっぱりいいやと思い直す。
今はただ愛とこの世界から抜けるんだ、と壮大なことを考えていた。愛もあたしものびのび生きられて、何ものにも怯えず、自由でいられるような場所に。
いつも賑やかな愛が珍しく黙り込んだままあたしの後ろについてくる。マスクをしているので愛の表情が分からず、何を考えているか分からない。だけど、そんなことを気にしている余裕なんて今のあたしにはない。
とりあえず遠くへ行けそうなところを目指して、長崎駅に辿り着いた。出発間近の真っ白な車体の電車に飛び乗る。電車は六両編成だった。自由席の車両に腰を下ろすと途端に息が苦しくなった。
ほどなくして電車が出発する。ゆっくりと流れていく長崎駅のホームに、あたしはほんの少し酔いそうになった。普段あまり電車に乗らないあたしには新鮮に映る光景だ。こんなにも速く人を運ぶんだ、と。
「……走ったら喉が乾いたね。瑞希はお茶いらん?」
「そう、やね……欲しいかも」
「待っとって。お茶、買ってくる」
愛が席を立ちドアの向こうに消える。それを眺めていると、先ほどまで気にしていなかった愛の心の内を無性に知りたくなった。愛は今どんな気持ちであたしとこの電車に乗ったんだろう、と。
本当にこの電車はあたし達を別の世界へ連れ去ってくれるんだろうか。大きな駅を通り過ぎて、暗いトンネルに入っていく。全てを遮断されたような気分になって、新たな世界への旅立ちに不安が立ち込めた。
ペットボトルのお茶二本を持って愛が戻ってきた。渡されたペットボトルは水滴がびっしりついていて、よく冷えている。ひと口飲むと気分が落ち着いた。
「……あ、お茶のお金……」
「いいよ、奢ってあげる」
電車は時折がたがたと揺れて、威嚇するような大きな音を出す。電車に乗り慣れないあたしはその音にびくりと身体を震わせては、愛に笑われてしまった。
ふたつ目の駅で客がちらほら乗ってきた。あたし達の横を通り過ぎた男の人が愛の顔の傷をちらっと見て驚く。いや、驚くというよりはあからさまに引いている。
あたしは愛の傷を痛々しいと思うしこの先傷つかなければいいと思うけど、赤の他人が愛を勝手な目線で見るのは耐えられなかった。お前は愛の何を知っているんだと、そのくたびれたシャツの襟を掴んで揺さぶってやりたい。
──と、そんなことをするわけにはいかないので、あたしはその人をさりげなく睨むだけ。
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