第4話

「瑞希はスポーツ得意やっとに部活入らんと?」


 今日は図書室に行かず、長崎駅までやってきた。駅ビルのフードコートでコーヒーフラッペを片手にかれこれ一時間、いや二時間は居座っている。何をするわけでもなく、ただずっと喋っているだけだ。愛は意外とおしゃべりで、あたしはそれにゆっくりと相槌を打つばかり。


「一年の夏までバスケ入っとったよ。でも辞めた。居心地悪くてさ」

「へえ。なんか部員同士でいざこざがあったとか? でも瑞希といざこざって無縁ぽそうやけどね」

「ううん、部員の仲はいいよ。でも、なんか……説明しづらかけど、なんか変な感じやったとさ」


 その違和感の正体を、あたしはずっと見つけられずにいる。それは中学生の頃から感じていたものだったけど、出来るだけ考えないようにして三年間をやり過ごした。

 だけど、高校に入学してからはやり過ごせなくなった。狭い更衣室で制汗剤や香水の匂いが混ざり合って、むわっとした湿気が否応なく身体にこびりつく。


 柔肌のミルクみたいな匂いはあたしを不安にさせる。ここにい続けては自分もそんな匂いになるんじゃないかと、怖くなって部室を飛び出した。

 くさいってわけじゃない。むしろ優しい匂いなんだろうけど、自分がそんな匂いになるのは気持ちが悪かった。

 あたしは膝をくすぐるスカートを太ももの間に挟んで、出来るだけ肌に擦(こす)れないようにした。


「なんかね、自分じゃない人を生きているみたい。なんか気持ち悪かとさ」

「ふーん。よく分からんけど、せめてその、もやもやしてる原因が分かればね。瑞希はもう少し生きやすくなるかもやっとに」

「そうやろか?」

「そうよ」


 愛はマスクをずらして、水で薄まっているフラッペを吸い上げた。ずるずる、という音でなんだか力が抜けた。愛はそのままあたしに微笑みかける。愛の笑みは相変わらず綺麗で、うっとりするけど、赤黒い傷が濃くなっていることに気づくとどうしてもそちらに目がいく。

 じろじろ見てはいけないと分かっていながら、あたしは愛の傷から目を逸らせない。不安定なあたしの視線を愛の大きな目が捕まえた。


「また傷を見とるね。マスクずらす度に視線を感じる」

「気になって。また新しい傷つけたやろ」

「うん、一昨日くらいかな」


 愛は自分の顔が嫌いだから、傷をつけると言っていた。あたしだって自分の身体が嫌いだけど、愛みたいに自分を攻撃しようとは思わない。

 あたしは薄まったフラッペを吸って、代わりに息を小さく吐いた。


「愛は、どうして顔を傷つけると?」

「好かんけん」

「どうして、好かんと?」


 愛は中身の入っていないプラスチックカップの中をストローで二周くらいかき回した。


「あたしの顔ね、あんまりいい顔じゃないらしか」


 愛は昔から可愛いと言われて育ってきたそうだ。愛の容貌を見ればそれは当然のことだろうと思う。

 可愛いとか可愛くないとかをさほど気にしない年齢の間は素直に「ありがとう」と言うだけでよかった。


 それが通じなくなったのは小学校高学年になってから。愛はクラスのほとんどの男の子から好意を持たれていた。理由は可愛いからだ。それが女子の反感を買ってしまった。

 その上、クラスの男の子が『可愛い女子ランキング』なるものを勝手に作り、それがクラスの女子の間に回った。愛はトップだった。その理由には胸がでかいとも書かれていたらしい。


「そういうの気持ち悪かろ。なのにそれで女子から嫌われて。自分の見た目が死ぬほど嫌になったのはそっから」

「それは愛のせいじゃないとに。愛が自分の顔を傷つけんでも」

 愛は肘をついて、目を細める。

「傷つけんと、あたしはあたしを守れんとよ」


 愛の話には続きがあった。

 愛の母親は愛が幼い頃に離婚して、居酒屋で働きながら愛を女手ひとりで育ててきた。愛の母親はよく彼氏を家に連れ込んでいるそうだ。彼氏がよく変わるんだよねと愛は苦笑していた。

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