第45話 エリクサーを求める理由

 応接室に通され椅子に座る。すると先ほどカウンターにいた女性がお茶を運んできた。


「粗茶ですが」

「あ、お構いなく」


 ロランは遠慮しようとしたが目の前の女性に話が長くなるからと言われいただく事にした。


「まず自己紹介からしましょうか。私はこのマリーベル商会の会長を務めている【エリシア・マリーベル】よ」

「あ、僕はロランです」

「よろしくね、ロランさん」

「はい」


 エリシアは茶を一口含み喉を潤す。


「それで、必要なエリクサーは二本。三本目は予備として買い取らせてもらうわ。虹金貨十五枚でどうかしら?」

「はい。それで構いません」

「ありがとう。で……なぜ必要か知りたいのでしたよね?」

「はい。もしかしたら誰か怪我してるんじゃないかと気になって」


 エリシアは言うか言うまいか迷った末、周りに言いふらさない事を約束させ理由を語り始めた。


「ここはギャンブル都市ラス・ベガースで国からは独立した都市であるのはわかるわよね?」

「……はい」


 ロランは全然知らなかったがとりあえず頷いておいた。


「独立はしているけど何かあった場合国が動くの。この国は【アーメリア王国】。エリクサーを必要としているのは第一王子【カイン・アーメリア】と白銀騎士団団長の【バレン・ガラハッド】よ。この二人は国で最も強いと言われる二人でね」

「王子と騎士団団長ですか」

「ええ。実は先日この都市の近くにある砂漠に巨大ワームの群れが現れてね。多くの騎士が怪我を負いつつもなんとか撃退したのよ。でもその戦いで王子は右腕を失い、騎士団団長は左足を失ったわ」

「部位欠損ですか。それならエリクサーが必要な理由もわかります。ですが治癒師でも治せますよね?」


 エリシアは溜め息を吐いた。


「部位欠損まで治療できる治癒師なんていないわよ。そんな事ができるのは聖女だけだわ」

「え? 僕もできますけど?」

「……え? じ、冗談はよしなさい。できるわけないでしょ?」

「できますよ? エクストラヒールで」

「完全回復魔法……! あなたが使えるの!?」

「はい」

「……ちょっと待ってて」


 エリシアは入り口に控えていた女性に声を掛ける。


「町に部位欠損してる人がいないか探させて。大至急よ」

「あ、それなら知ってますよ。教会が運営している孤児院に指を失った子どもがいます」

「孤児院ね。ロランさん、私と孤児院へ参りましょう」

「あ、はい」


 ロランはエリシアに連れられ教会の隣にある孤児院を訪ねた。ここは戦で親を失った子や何らかの理由で親に捨てられた子が集まる施設であり、教会が寄付を募り運営している。


 ちょうど遊ぶ時間なのか、中庭で子ども達が元気に遊んでいた。そこにエリシアが姿を見せたとたん、子ども達は一斉にエリシアを指差し叫んだ。


「「「おっぱいお化けきたーーー!」」」

「誰がおっぱいお化けよっ!?」


 すると建物からシスター服を着た若い女性がでてきた。


「あらあら~、エリシアさん?」

「こんにちは」

「本日はどうされたのですか~?」


 どうにもおっとりした性格のようだ。


「実は……」


 エリシアはシスターに指を失った子どもがいないか尋ねてみた。


「はい~、幼い頃に指を失った子どもがいますが……」

「ちょっと会わせてもらえる?」

「何をするつもりでしょう?」


 おっとりしたシスターの表情が真剣なものに変わった。


「何もしないわよ。ただ……もしかしたら治るかもしれないのよ」

「え? 治る? ありえませんわ~。部位欠損はエリクサーか聖女の力でないと治りませんもの~。そのような嘘……子どもに悪いと思わないのですか~?」


 そこでエリシアは三本目のエリクサーを取り出して見せた。


「そ──それはエリクサーではっ!?」

「もし治らなかったらこれを使えば良いでしょう?」

「そ、そのような高価な薬……使えるわけないでしょう!?」

「大丈夫よ。その時はこのロランが損するだけだし。そもそもロランが治せるとか言うから連れてきたのよ」


 そこでシスターが初めてロランを見た。


「……え? な、ななな──ははぁっ!!」

「「え?」」


 ロランを見たシスターは突如取り乱し床に膝をつき頭を下げた。


「ど、どうしたの?」

「私にはわかるのです! 私はこう見えても神に仕える身! まさか……【神の使徒】様だとは知らず!」

「神の……使徒? え? えぇぇぇぇぇっ!?」

「い、いやまぁ……。と、とりあえず頭を上げて下さい」

「いえっ! 私のような末端のシスターが神の使徒様と視線を交わすなどなりませんっ!」

「えぇぇ……」


 エリシアは唖然とし、ロランは困り果てていた。


「あの……エリシアさん。話が進まないので彼女をなんとかして下さい」

「え? あ、はい。ちょっと、頭を上げて。それと指を失った子どもを連れてきてくれる?」

「はいっ、ただいまっ!!」


 シスターは疾風の如く部屋を飛び出し、すぐに一人の女の子を連れて戻ってきた。


「な、なんなのいきなり……」

「良いから! 使徒様、彼女がそうですっ!」

「あ、うん」


 ロランは女の子を見る。まだ儀式前だろうか、女の子は右手に手袋をはめていた。


「あの、今から君の指を元に戻したいんだけど……」

「え? 何言ってるの? なくなった指が戻るわけないじゃないっ!」

「こ、こらっ! 使徒様になんという口をっ! も、申し訳ありません」

「い、いや。大丈夫だよ」


 ロランは女の子の近くに移動ししゃがむ。そして視線を合わせながら手袋をはめた手を両手で挟んだ。


「今からとっておきの魔法をかけてあげるよ。騙されたと思って目を瞑ってごらん?」

「……こう?」


 女の子は仕方なくロランの求めに応じ目を瞑った。


「よ~し、じゃあいくよ。神様、神様。この敬虔な神様の子に奇跡を起こしたまえ~(エクストラヒール)」

「「ま、眩しっ!?」」


 ロランの祈りが終わると室内が目映い光に包まれる。


「はい、もう目を開けて良いよ」

「……ん」


 女の子はゆっくり目を開ける。そこでロランは女の子から手を離した。


「どうかな? 指の感覚あるんじゃない?」

「あるわけ──え?」


 女の子は手袋をはめた手を顔の前にもっていく。


「う、嘘……。あ、ある? ──っ!」


 女の子は手袋を外した。するとそこにはしっかりと五本の指が存在していた。


「ほ、ほほほほ本当にあるっ!? え? な、なんでっ!?」

「さ、さすが使徒様! まさに神の奇跡ですっ!」

「嘘……、本当に治せるなんて……」


 女の子は何度も手を握ったり開いたりし、やがて涙を流した。


「ちゃんと動くっ! 私の指があるっ! うわぁぁぁぁぁぁんっ!」

「よしよし、神様はちゃんと見ていてくれたようだね。良い子には奇跡が起きるんだよ」

「あ、ありがとうお兄ちゃんっ!」

「どういたしまして」


 それからシスターが女の子を連れて部屋を出た。しばらくしシスターが戻ってきてロランに頭を下げた。


「ありがとうございました使徒様。あの子……指がない事を気にしてずっと部屋に閉じ籠っていたのです~。何度声を掛けても外で遊ばず、ずっと手袋をはめたまま暮らしていました。ですが! 先ほど自分から外で遊ぶと言い出してくれて……! 本当に何と言ったら良いか……」

「気にしないでいいですよ。彼女が元気になってくれたらそれで。良かったですね」

「あぁぁ……、なんと慈悲深い御方……! ロラン様、あなた様の名は決して忘れませんっ!」

「大袈裟だなぁ……」


 何度もお礼を言われ、元気になった女の子にも見送られ、ロランはエリシアと並び孤児院を後にした。


「あなた……いったい何者? 神の使徒ってどういう事?」

「あははは。ギフトですよギフト。本当に神の使徒なわけないじゃないですか。第一神様に会った事もないですし」

「……そうよねぇ。けど……」


 エリシアはロランを見て言った。


「ロランさん、明日私と王都に行きましょう」

「……え?」

「あなたの力で王子と騎士団団長を治療してあげるのよ!」

「いやいや!? エリクサー渡したじゃないですか!?」

「エリクサーを使わずに治せるならその方が良いじゃない! 王都までは馬車で一日あれば着くから! 旅費も全部私が出すわっ! お願いっ!」


 エリシアは必死だった。


「な、なんでそんなに必死なんですか?」

「それは……私の商会が王室御用達だからよ。ここで恩を売っておけば爵位も夢じゃないものっ」

「……」


 なんとも欲深いエリシアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る