第44話 バイト生活
月日が経つのは早いもので、ロランがバイトを始めて二週間が経った。あれから借金を虹金貨十一枚から十枚まで減らし、毎日利息分のみ返済を続けていた。店は連日大繁盛し、職場の先輩たちとも仲良くやれていた。
そんなある日の休憩時。ロランはウエイトレスたちとお茶を飲んでいた。
「え~! ロランさんって結婚して子どもまでいるんですか!?」
「うん。ちょっとわけあって妻と仲間とこの大陸に来てたんだよ」
「わけってなんです?」
「それはちょっと……。みんな混乱しちゃうかもしれないから言えないんだ」
「なにそれ~。でもそっか~……結婚してたのかぁ……。二人目の奥さん迎えようとか考えた事は?」
「な、ないよ。妻は一人いれば満足だし」
「えぇ~。もったいないですよ~。毎日虹金貨一枚稼げる人が奥さん一人だけだなんて。私とかどうです?」
「へ?」
さりげなくアピールするウエイトレスを同僚が止める。
「ちょっと、何さりげなく売り込みしてるのよ! ロランさん、この子昨日彼氏にフラれちゃったのよ。だから今みたいな事言ったの」
「は、はぁ……」
「あぁぁぁ! 彼氏欲しいよぉぉぉぉ……」
ロランは新しい茶を注ぎながら言った。
「彼氏なら先輩方とかどうです? みんな結構稼いでるじゃないですか?」
「……あいつらはダメよ。ダメダメのダメ人間。稼いだお金はぜ~んぶ夜のお店で働いてる女の子に貢いでるし」
「はぁ~ん? そいつは聞き捨てならないな」
「え?」
そこに夜の仕込みを終えた先輩たちがやってきた。ロランの指導もあってか、先輩たちの腕前はめきめき上がっていた。そのため最近は先輩たちが仕込みを行っている。
「お前の彼氏だって夜店の野郎だろうが。やってる事ぁ大差ねぇつーの」
「あるわよ! 私はいっぱい愛してもらったもん!」
「そりゃ枕営業っつーんだよ。ま、金だけで済んでよかったじゃねーか。酷い話だと消費者金融に借りに行かせられるって話も聞くぜ」
「……お金がないなら別れるって言われた」
「「「……」」」
部屋の空気がとてつもなく重くなった。
「ま、まぁ! んなこたぁどうでも良いんだよ。それよりロラン、いつになったら飲みに来るんだよ」
「……はい?」
「歓迎会だよ。同じ職場で働くための儀式みたいなもんだ。酒ってなぁ人の本性をさらけ出させてくれるからな。飲めばそいつがどんな人間か一発でわかるんだよ」
「え、えっと……」
ロランは収入を全て借金の返済に充てているため財布に余裕がなかった。だが先輩の心遣いを無下にもできず、金策に走る事にした。
「明後日は定休日だ。飲みに出るなら明日の夜が良いんだがなぁ」
「わ、わかりました。なんとか都合つけてみます」
「お、マジか! んじゃここにいる全員明日の夜飲み屋街の入り口に集合な!」
「「「「「おー!」」」」」
「は、はい」
その次の日。ロランは休みをもらい町にある買取り屋に顔を出した。
「あの~……」
「いらっしゃい。何か売りたいものでも?」
「あ、はい。これ、いくらになります?」
「あん?」
ロランはカウンターに小瓶を並べた。
「こっ──こここここれはっ!? ま、まさか……エ、エリクサー!?」
「はい。ダンジョンで拾った物なんですけど……。仲間に回復師がいるので使い道がなくて」
「ち、ちょっと待て! こんなのこの店にある金じゃ買い取れねぇよ! 一本虹金貨三枚もするんだぞ!?」
店員は慌てて紙に何かを書き記した。
「この商会に行け。ここなら買い取ってもらえるだろうよ」
「あ、ありがとうございます!」
「お、おう。じゃあな」
「はいっ!」
ロランが笑顔で店を出ていくと店員は力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「エリクサーが十枚以上あったなぁ……。あれだけで一財産だぞ……。なんなんだアイツは……。きっととんでもなく運が良い奴か……化け物級にやべぇ奴だな。あんなのとは関わらない方が良い……」
店員がそう悟っている中、ロランは簡単に書かれた地図を片手に紹介された商会を探していた。
「あー……あった! 【マリーベル商会】! すいませ~ん!」
ロランは店の入り口から中に入った。
「「「いらっしゃいませ~」」」
「はわぁ~……すごい量のアイテムが……!」
店内は天井も高くかなり広い。そして至るところに武器や防具、生活雑貨に薬、はたまた衣料品まで幅広く置かれていた。
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
「あ、いやその……買取りをお願いしたくて」
「買取りですか? はい、ではあちらのカウンターで対応いたします」
「あ、はい」
店内は物凄く丁寧な対応でロランを接客している。よく教育が行き届いていた。
「では本日はどのような品をお持ちで?」
「あ、はい。これなんですが……」
「え? なっ!?」
ロランは小瓶を二本だけ出してカウンターに置いた。先ほど一本虹金貨三枚と聞いたため、二本あれば十分だとの判断からだ。
「ま、まさか……【鑑定】……。──っ、やっぱりエリクサーじゃないですか! しかも二本も! て、店長~っ!!」
「なぁに? そんな品のない声で叫んで……」
カウンターの奥から一人の若いドレス姿の女性が現れた。胸元が開いた真紅のドレスがよく似合っている。
「た、大変なんです! 私達が今探していたエリクサーが二本も持ち込まれました!」
「な、なんですって!?」
奥から出てきた女性が慌ててカウンターに駆け寄る。そしてエリクサーを手にして鑑定をかけた。
「ほ、本物じゃない……。しかも超級エリクサー!!」
女性がカウンターから身を乗り出しロランに掴みかかる。
「あ、あなたこれをどうやって手に入れたの!?」
「わわっ!?」
カウンターに膨らみが乗り上げ形を変えている。
「どこって、普通にダンジョンでですけど……」
「どこのっ!? 何階層!?」
「グロウシェイド王国にあるダンジョンですが……」
「この大陸じゃないのね……そう……」
女性の勢いが落ち、身体を起き上がった。
「二本まとめて買うわ。虹金貨十枚でどう?」
「十枚? 六枚じゃないんですか?」
「それは普通のエリクサーの値段よ。これは超級エリクサーだから一本虹金貨五枚なの」
「虹金貨十枚……」
思わぬ高値にロランは小瓶をもう一つ出した。
「ま、まだあるの!?」
「これで全部です。ちなみにさっき探してたって言ってましたよね? もし良ければ理由を聞きたいのですが」
「……ここじゃ話せないし、話さなきゃ売らないって言われたら困るから奥の部屋に行きましょうか」
「え? あ、はい」
赤いドレスの女性はカウンターにいた女性に声を掛けた。
「応接室に最高級のお茶とお茶請けを」
「はい、ただいま!」
こうしてロランは奥の部屋へと招かれるのだった。
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