第41話 ロラン、バイトする

 厄災が来るまでに一ヶ月ある。だが枢いわく、その厄災は一ヶ月以内に到着可能圏内に入るというだけで、明日にも襲来する可能性があるとの事だった。そのためロランはグロウシェイドに置いてきた財産を取りにも帰れず、虹金貨十一枚の借金と利息に苦しむ事となった。


 そんな中で少しでも借金を減らせないかと、ロランは町の中でもできる仕事を探す事にした。


「働かせて欲しい……ですか」

「は、はいっ! 皿洗いでもなんでもしますので!」

「ふぅむ……」


 ロランはカジノに併設してあるレストランで働けないかと頭を下げにきていた。今話しているのはレストランのオーナーで、見た目は優しそうな雰囲気のある初老の男だ。


「申し訳ありませんがこの店は一流なのでねぇ。料理の知識やマナーがないことには……」

「それなら大丈夫です! 僕こう見えて執事養成校を主席で卒業していますので」

「ほう? ふむ……では少し試験でも受けてみますか?」

「試験……ですか」

「はい。少々お待ち下さい」


 応接室でしばらく待つとオーナーがグラスに入ったワインを二つ運んできた。


「それは?」

「どちらか一方は最高級ワイン、もう一方はそれなりのワインです。今からあなたには最高級ワインがどちらか選んでいただきます。見事当てましたら雇いましょう」

「わかりました!」


 ロランの前にグラスが置かれた。一見して色も香りも同じだ。グラスの中で回してみても違いはわからない。


「難しいですね……」

「飲んでいただいて構いませんよ」


 確かに飲めば一発でわかる。だがよく思い出して欲しい。ロランのギフトは私利私欲のために使った瞬間に消えてしまう事を。


 ロランはグラスを見つめながら悩みに悩み、オーナーを見上げた。


「わかりました。これは……両方それなりのワインです」

「……ほう? 答えはそれで構いませんか?」

「はい」


 何も闇雲にそう答えたのではない。ロランはこの答えに自信を持っていた。


 オーナーは微かに口角を上げ手を叩いた。


「素晴らしい。まさか飲まずに当てるとは。正解です」

「ありがとうございます!」


 オーナーは勢いよく頭を下げるロランにこう問い掛けた。


「なぜわかったのですか?」

「はい。理由はちゃんとあります。まず、どこの馬の骨ともわからない僕のために最高級のワインを空けるとは思えなかったからです。それなりのワインならば働き次第でいくらでも回収できますが、最高級ともなれば簡単には回収できないでしょう。この理由から二つともそれなりのワインと確信しました」

「……素晴らしい。あなたは経営にも明るいようですね。執事との事ですが、調理系のギフトはお持ちですか?」

「いえ。今理由は言えませんがギフトを軽々しく使えません。なのでそちらはスキルで補います」


 そう、ギフトは使えないがスキルは別だ。この五年、いや、それより以前から休みなく調理に明け暮れていたロランは調理系スキルを極めていた。さすがにワインの味まではわからないが、調理に関しては一流だ。


「そうですか。君、名前は?」

「ロランです」

「ではロラン君。いつから働けますか?」

「は、はいっ! 今日からでも!」

「そうですか。では更衣室に案内します。そこで調理服に着替え厨房に入って下さい」

「はいっ!」


 それから更衣室に行き白い調理服に着替える。


「ロラン君、給料は一日金貨一枚です。その他君の貢献度で多少色をつけましょう」

「はいっ! 頑張りますっ!」

「ははは、元気が良いですね。では厨房に行きましょうか」


 ロランはオーナーに案内され厨房に入った。


「おいっ、スープはまだかっ!?」

「やってるよ! 手が足りねぇの!」

「ちょっ、皿がねぇぞ! メイン用の皿はどこだ!?」

「シンクに浸かってんだろうがっ! それより飲み物のグラスがねぇぞっ!?」

「あの~……オーダー入りまーす」

「「「「さばけねぇよっ!?」」」」


 厨房はまさに戦場だった。


「ではロラン君、後はお願いしますよ」

「は、はいっ!」


 オーナーはニッコリと微笑み厨房から消えた。


「……よし、頑張るぞっ!」


 ロランはまず厨房を見回し、必要な所から順番に捌いていった。


「ん? 誰だ君?」

「新人ですっ! 皿とグラス磨き終わりました! っと、カトラリー類もお願いしますっ!」

「「「は、はぇぇぇっ!? しかもめちゃくちゃ綺麗だ!?」」」


 そして次に流れる様に野菜の皮を向いて刻む。


「スープ用の具材刻み終わりましたっ!」

「か、完璧すぎるっ!? た、助かるっ!!」

「おいっ! メインのステーキ肉切ったやつあるか!?」

「はいっ、こちらにっ!」

「お、おぉ!? あ、ありがとなっ!」


 ロランは超スピードでタスクをこなしていく。


「……はっ! 見てる場合じゃねぇ! 俺達も仕事するぞ!」

「「「「「お、おうっ!」」」」」


 このレストランはカジノに併設されているためひっきりなしに客がやってくる。ギャンブルの途中でわざわざ外に食べに行く客はいない。客は素早い給仕と美味い料理を求めているのだが、今いるスタッフでは捌ききれずに客を待たせる事が多々あった。だがロランが入った事で回転が上がり、給仕もスムーズに流れるようになった。


「やるじゃないか新人君!」

「はいっ! ありがとうございます!」

「もう少ししたら落ち着くが……その後しばらくしたらカジノ閉店後の客がわんさかくる。最後までいけるか?」

「もちろんです!」

「よしっ、じゃあ気合い入れてついてこいっ!」

「はいっ!」


 それからギャンブルで大勝した客が美味い料理を求めてどんどん入ってきた。いつもならば待ち時間が長いのだが、今日は違った。


「お待たせいたしました。こちら前菜のサラダになります」

「え? もう? 今日早くない?」

「はい。新しく厨房に一人配属になりまして」

「へぇ~。じゃあ今日は結構勝ったしいつもよりちょっと良いワインを頼もうかな」

「ありがとうございます。すぐにお持ちいたします」


 客の気分は上場だった。いつもなら待ち時間をひたすら酒で潰すのだが、今日は料理と一緒に酒を楽しめていた。


「いや、良いね今日は。ギャンブルでも勝ったしここでもストレスを感じないし……。いやぁ~楽しい!」


 オーナーは客席を見て驚いていた。


「いやはや……、これは彼に大感謝ですねぇ。久しぶりに笑顔で満ちています……。金貨一枚では割りに合いませんな……」


 そしてレストラン閉店後。


「え? 金貨一枚じゃ……」

「いえ、君は本当によく働いてくれました。金貨一枚では申し訳ないですよ」

「は、はぁ……」


 ロランの手には大金貨が二枚あった。これは日本円にして二十万円だ。


「こんなにもらって良いんですか?」

「ええ。今日は今までにないほど料理も酒も出ましたし、客の回転も良かった。これは君が来てくれたからです。明日は昼から閉店まで入っていただきたいのですが……」

「大丈夫です! あ、仕込みとかは大丈夫なんですか?」

「ええ。そちらは慣れた先輩方がいますので。君にはまず回転を上げる役割を担ってもらいたいのです」

「わかりました。では明日は昼から入りますね」

「はい。ではまた明日」


 こうしてロランは初日で大金貨二枚を稼ぐのだった。

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