第42話 バイト二日目
「いってきま~す!」
ロランは昼近くになり宿を出た。枢は首を傾げながらイリアに尋ねる。
「イリアよ、ロランの奴どこいったんだ?」
「えっと……なんでも多額の借金を背負ってしまったがために働きに行くと言ってました」
「……はぁっ!? まさかバイトか!?」
「一ヶ月だけ働くようです」
「給料は?」
「昨日は大金貨二枚稼いだと言ってましたね」
それを聞いた枢は安堵した。大金貨二枚では利息分にもなりはしない。利息分だけでも虹金貨一枚は必要だ。
「まさかギャンブルで借金を作ってくるなど……。呆れますわ」
イリアは少々怒っていた。元凶は今目の前にいるのたがイリアは事情を知らない。
「あー……実はだな……」
枢はロランに申し訳なく思い、イリアに事情を話した。
「なるほど。借金で能力を底上げですか」
「ああ。厄災を解決できたらちゃんと俺が払うからロランを怒らないでやってくれ」
「わかりました。ロランがギャンブルなんておかしいと思っていましたわ。まさか仕組まれていたなんて……」
「俺が表立って戦いに参加できない以上ロランの力は要だからな」
イリアは枢に尋ねた。
「やはり戦いには参加できないのですか?」
「ああ。神が直接誰かの味方をするわけにはいかなくてな。だが、悪党相手なら話は別だ。直接手は出せなくても間接的に力を貸す事はできる。なぜ直接手を貸せないかわかるか?」
「……いえ」
枢は言った。
「神が直接力を貸す事で努力しなくなるからだ」
「努力……ですか」
「ああ。ヤバくなったら神がいるから大丈夫、神さえいれば何でも解決してもらえる。そういう楽を覚えたら人は堕落してっちまうもんだ。だから神は夜ほどじゃない限り直接手を貸さないんだよ」
「なるほど……。その星の問題はその星の者が解決しろというわけですね」
「ああ。戦う場面までと戦いの最中星を守る事までは力を貸す。そこから先はお前達次第だ」
そこまで聞いたイリアは気になっていた部分を尋ねた。
「枢殿、もし私達が負けた場合はどうなるのですか?」
「その時は厄災という名の侵略者に星を蹂躙され、命ある者は侵略者の奴隷になるだろうな。そうなったら悪いが俺はここを去る」
「そ、そんな!」
「厳しいようだがそれが摂理だ。だから人は努力するし、抗うんだ。嫌なら剣を握れ。そして理不尽に抗え。自由は自分の手で掴み取るもんだぜ?」
「……はい」
こうしてイリアが改めて事の重大さを確認している頃、ロランは二日目にして調理を任されていた。
「は、早いっ! まるで流れるような作業だ!」
「盛り付けも段違いだっ!」
「くっ! 俺達は今まであんな料理で満足していたのかっ! 勉強になるぜ……」
「オーダー次々入ってます!! 捌けますかっ!?」
「もうできてますよ。どんどん運んで下さい」
噂が噂を呼びレストランは昼から全く客が途切れない。
「おいおい、もう食材がねぇぞ!? これじゃ夜までもたねぇぞっ!」
「か、買い出し行ってきます!」
「酒も頼む! まだ昼だってのにかなり出てる!」
「んじゃ俺も買い出し行っくるわ! ロラン、二人抜けてもいけるか?」
「はいっ、全然余裕ですよ! 食材がない方が困るくらいです!」
「っしゃ! んじゃ出てくるぜ!」
そして客席の反応はというと。
「う、美味いっ! くそぉ……っ、負けてるはずなのに幸せな気分になっちまうっ!」
「あらぁ……、いつもと全然違うわねぇ~。より洗練された味だわぁ~。こんな料理は貴族様専用の最高級店でしか味わえないんじゃないかしら?」
「酒と料理の相性が抜群だ……。なんて計算されつくされた味わいなんだ……! 昼でこれなら夜はもっと……! くっ、今日は負けられねぇな。勝って最高級ワインと最高級料理で祝杯だっ!」
客達は瞬く間にロランの料理の虜となり、午後の勝負に燃え上がる。オーナーはこのかつてない程の客入りに呆然とし、やがて歓喜に震えた。
「わ、私の目指していたレストランが今完成しましたっ! これこそが私の理想! カジノとレストランが一つになった瞬間ですっ! 今日の売上がいくらになるか想像もつきませんね……。ふふっ、嬉しい悩みですなぁ……」
そして追加の食材が到着し、夜の部に向けて仕込みが始まる。その食材を見てロランがオーナーに話し掛けた。
「あの、ちょっと僕から提案があるんですけど……」
「提案……ですか?」
「はい。いつものコース料理の他にシェフのおまかせ料理を出したいのですが」
「シェフのおまかせ料理ですか」
「はい。ここにある食材だけでも十分満足させられる自信があります」
オーナーは髭を弄りながら考え、頷いた。
「わかりました。やってみて下さい。すべて君に任せましょう」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
それから夜の部の仕込みが終わり、少しずつ夜の客が入り始めた。
「なんだこりゃ? シェフのおまかせコース? 値段は普通のコースと同じか。なら……今日はこっちを試してみるかな」
そしてこの料理を口にした客は思わずこう口にした。
「最高級ワインを頼むっ! この料理には最高級ワインじゃないともったいないっ! パン生地にチーズと薄切り肉、そして野菜を乗せただけの料理がこんな美味いものだなんてっ!」
それを見た客は次々とシェフおまかせ料理を注文し始めた。だが同じ料理は出ない。
「こちらのチーズに野菜を潜らせてお召し上がり下さい」
「……なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁっ!? この世にこんな美味い料理があったのか!?」
そしてまた別の客は。
「この薄切り肉を鍋に潜らせ、こちらのソースにつけてお召し上がり下さい」
「……に、肉が消えるぅぅぅっ!? この酸っぱいような甘いような不思議なソースと相性抜群じゃないか!」
さらに別の客には。
「あらあらぁ~! パイ生地の中に何かしらこれ……」
「ミートソースです。崩したパイ生地とご一緒にお召し上がり下さい」
「……んんっ、美味しいわっ。そうねぇ……一番高いワインもらえるかしら?」
「はい、こちらに」
「あらあら~。頼んでないのになぜ?」
「そちらの料理だとこのワインが一番合いますので」
「凄い自信ですわね。けど……確かに安いワインだと負けちゃうわね。シェフにお礼言っておいてね?」
「ありがとうございます」
勝った客は羽振り良く最高級ワインをガンガン入れていく。負けた客は美味い料理のみを味わい、明日こそは必ず勝つと気合いを入れ帰っていく。
そして閉店後。
「ロラン君、これが今日のお給金です」
「え? こ、こんなに!? 間違えてません!?」
ロランの手には虹金貨が一枚置かれていた。
「まさか。今日の売上だけでその五倍はあります。少ないくらいですよ。理由は明日のために食材を買う資金を増やすためなので御容赦ください」
「そんな! 働かせてもらってるだけでありがたいですっ」
「いえいえ。今日の客入りと反響は過去一番でした。ロラン君、明日は朝から仕込みに入ってもらえますか?」
「はいっ!」
「それと、他のシェフ達に指導していただけたらと」
「僕がですか? えっと……皆さんがそれで良いなら構いませんが」
他のシェフ達はヘトヘトになりながらサムズアップして笑った。
「はははっ、料理人としての意地もあるからなぁ。料理が上手くなるためなら喜んで頭下げるぜ」
「そうだな。その前に体力つけなきゃ……。足と腕がプルプルしてるわ……」
「明日は筋肉痛だな。はははは」
こうしてバイト二日目が過ぎ、ロランは得た金を利息分として闇金に支払うのだった。
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