第25話 皇子との出会い
時は少し遡る。何もできずに前線基地と十万もの兵を失ったバイアラン帝国皇帝は帝都に戻り荒れた。
「クソォォォォォッ! なぜグロウシェイドごときに敗走せねばならんっ!! いったい何があった! 誰か説明しろっ!!」
「へ、陛下! 落ち着いてくだされっ」
「落ち着いてなどいられるかっ! このバイアランが何もできずに敗走したのだぞっ!! しかも相手はたった一人だっ!! こんな事実認められるかっ!!」
「ひ、ひぃぃぃっ」
皇帝は荒れ狂い玉座を蹴り飛ばした。
「情けない……、バイアラン史上最悪の汚点だっ! この屈辱……っ、どう晴らせばいいっ!!」
「お、落ち着いてくだされっ。い、いったんこの酒でも……」
そう言い、宰相は興奮する皇帝に銀のグラスに入ったワインを促す。わめき散らした皇帝は喉の渇きをおぼえていたのか、グラスをぶん取り中身を一気に飲み干した。
「ぐっ!? がっ!? がはっ!? き、貴様……っ、なんだ……こ……ごふっ」
「ふっ……ふふふふっ! はははははっ!」
血を吐き床に転がる皇帝を見下ろし宰相は笑った。
「あなたの時代は終わりですよ、陛下」
「な……なん……だと……っ」
「私、実をいいますとエイズーム帝国からの刺客でしてねぇ。こんな小さな国のために戦で金を使うのもバカらしいという事で派遣されてきたのですよ。グロウシェイドごときに負けるような国は必要ありません。この国は私が率い、エイズーム帝国の属国として生まれ変わ──どうやらもう聞いておられないようだ。誰か!」
「はっ! どうし──へ、陛下っ!?」
護衛の騎士が慌てて皇帝に駆け寄る。
「……陛下は先の敗走を恥じ、私の目の前で服毒自殺された。陛下の最後のお言葉は国を頼むだった。よって私がこの国を受け継ぎます」
「な、何を言っておられるか! 陛下には継ぐべき子がおられるではありませんか!」
「ああ、いましたねぇ。無能の子は所詮無能。陛下の子らには敗走の責任を取らせ国外追放に処します」
「……ま、まさか宰相殿……。あなたが陛下を……!」
「バカな事を。私はこの国の未来を案じているだけですよ。そのような下衆の考えを実行するはずもないでしょう」
「……陛下を弔います」
「ええ。盛大な葬儀を。そしてその場で私が次の皇帝に即位します。準備を進めておきなさい」
「……はっ」
皇帝は宰相に暗殺され、子二人は国外追放処分となった。だが追放とは名ばかりで、国境をこえた瞬間に野盗に襲撃させる予定だった。
だが、その襲撃は不発に終わった。
「やれやれ……、舐められたものだ。たった十人で俺をどうにかできると思っていたとはな」
「兄上っ、こいつらエイズームの人間です!」
「あぁ? ……なるほど、読めてきたぞ」
「読めたとは?」
皇子は剣に付いた血を振り払い鞘に納める。
「時がくればわかる。俺達は身を隠すぞ」
「いつまでですか?」
「数日だ。敵は愚父の葬儀で必ず尻尾を出す。俺達の敵はおそらくエイズーム帝国だ」
「エイズーム……!」
皇子は辺りを見回す。
「にしても……ここはどこだ? わかるか?」
「この植物から見て……グロウシェイド王国ですね」
「ちっ、グロウシェイドかよ。化け物がいる国じゃねぇか。どうすっか……」
「兄上、いっそその方に助力を請うては……」
「あぁ!? 何言ってんだ。俺らはこの国に戦を仕掛けた皇帝の実子だぞ。力なんて貸してもらえるわけがねぇ」
「ではどうしますか? 私達が持ってる帝国金貨を使えば足がつきますし……」
皇子は頭をかきながら考える。
「ダンジョンだな。そこでまず路銀を稼ごう。冒険者が通りかかったら情報収集だ」
「はいっ!」
そして話はバイアラン帝国がエイズーム帝国の属国になった報せが入った時に戻る。
「あなた達、万が一に備えて鍛えられるだけ鍛えておきなさい。屋敷の仕事は免除するわ」
「「「「はいっ!」」」」
「グロウシェイドの未来はあなた達の手にかかってるわ。宣戦布告がきたらダニエルに知らせに向かわせるからそれまでひたすら鍛え上げなさい」
そうしてロラン達四人はさらに強くなるために各自ダンジョンへと向かった。
「すまない」
「え?」
ロランが一人ダンジョンに向かっているといきなり目深にフードを被った二人に声を掛けられた。
「この近くにダンジョンはないだろうか? 少々路銀が心許なくてな……」
「はぁ。ありますよ? 今から向かう所なので一緒に行きますか?」
「おおっ、それは助かる。もう数日木の実しか食えてなくてな」
「お腹空いたです……」
「そっちは女の子だったのか。もしかして兄妹?」
「ああ。あいつには苦労ばかりかけている」
「……仕方ないなぁ」
「ん?」
ロランは長期ダンジョンに潜り続けるために作ってきた料理の中からローストビーフサンドを二つ取り出し二人に渡した。
「僕の弁当食べて良いよ。本当はダンジョンの中で食べるつもりだったけど」
「いや、悪いが受け取れ──」
「はぐっ! っ!? お、美味しいぃ~っ!」
「あ、おいっ!」
妹の方が何の警戒もなく受け取った食べ物にかぶりついた。
「よっぽどお腹が空いてたんだね。紅茶もあるけど飲む?」
「飲みますっ!」
「お、お前な! 少しは遠慮しろよ!?」
そんな時、突然風が吹き、二人のフードが落ちた。
「「あ」」
二人は慌ててフードを戻す。
「緑髪? 珍しいね?」
「へ? お、お前……。この髪色を見て何も思わないのか?」
「なんで??」
ロランは世情に疎かった。緑髪といえばバイアラン帝国皇帝の色だ。それをロランは知らない。
「は、はははっ。いや、なんでもない。なぁ、悪いがダンジョンに向かう前に腹ごしらえして良いか? 実をいうと今にも倒れそうだ」
「構わないよ。あそこの岩陰でランチにしよっか」
ロランは岩陰にキャンプセットを出し、二人に料理を振る舞った。
「なんだこれっ!? めちゃくちゃ美味ぇっ!」
「スープおかわりです!」
「はいはい。まだあるからどんどん食べて良いよ」
二人はよほど食事に困っていたのか、出される物全て腹に詰め込んでいった。
「マジですまんな。ダンジョンで稼いだら恩は返すからよ」
「気にしなくて良いよ。それより……なんで二人で森をさ迷ってたの?」
「いや、ダンジョンを探してたんだがな。冒険者が嘘しか教えてくれなくてよ。道に迷ってたんだ」
「そ、それは災難だったね……」
「ああ。妹のギフト【植物鑑定】がなけりゃ今頃餓死してたぜ」
二人はロランが用意した二日分の食糧を腹に詰め込み、ようやく満足したようだ。
「じゃあダンジョン行く?」
「いや……、腹が重くて動けねぇ。悪いがちょっとだけ俺の話に付き合ってくれるか?」
「食い過ぎだよ……」
皇子は軽く笑いながら身分を明かした。
「……俺はバイアラン帝国皇帝の第一子【グレイ・バイアラン】だ」
「……え?」
「私は第二子で【クリス・バイアラン】です」
「バ、バイアラン……。バイアランってあのバイアラン帝国!?」
ロランは慌てて身構える。
「おいおい、いきなりどうしたんだよ?」
「ぼ、僕に仕返ししにきたのか?」
「はぁ? いや、なんでだよ?」
「なんでって……。僕が一人で十万人を倒したから帝国は逃げてエイズーム帝国に下ったんだろ?」
「……は? ちょっと待て! お前がグロウシェイドの化け物だったのか!? マジかよ!?」
「え?」
どうやら仕返ししにきたわけではないと思ったロランは警戒を解いた。
「仕返しにきたんじゃないの……か?」
「アホか。十万を一人で相手する奴にたった二人で何ができるんだっつーの。しかも妹は戦い向きじゃねぇから戦えるのは実質俺一人だ。んな自殺志願者じゃねぇよ」
「な、ならなんでグロウシェイドに?」
皇子は茶をすすりながら事情を口にした。
「追放っ!? しかも皇帝は殺された!?」
「多分な。数日前に発表があったろ? 現皇帝の座にいる元宰相。全部あいつが描いた絵だ。俺達を追放したと見せ掛け、ご丁寧に暗殺者まで用意してくれてな」
「じ、じゃあバイアランがエイズームに国を売ったのって……」
「宰相は元々エイズームの人間だ。あいつは密かに俺達の国を内側から侵略していたんだよ。奴が現皇帝になれた事実がそれを正しいと物語ってる」
この話を通して聞き、ロランは二人に頭を下げた。
「ごめんっ」
「あ?」
「僕たちが一方的に勝ちすぎたからこうなったんだ」
「おいおい、何言ってんだよ」
「え?」
グレイは言った。
「戦を仕掛けたのはバイアランだ。グロウシェイドはそれを破っただけだ。お前は悪くねぇ」
「け、けど……」
「あぁぁっ、だりぃな! なら罪滅ぼししてもらおうか?」
「え?」
「あ、兄上? 何を……」
「お前、俺達に協力しろ」
「何を?」
グレイは椅子から立ち上がり拳を握る。
「俺達は国を取り戻す! 親父はバカだったが俺達は間違わねぇ。俺達を騙し続けていた宰相とエイズームからバイアランを取り戻すんだ。悪いと思うなら手を貸せ。それで全部許す!」
「兄上、無茶苦茶です」
「仕方ないだろ。こいつが情けないんだからよ。それだけの力がありながら腰が低すぎだろ。戦は勝った方が正しいんだ。親父は自分からグロウシェイドに喧嘩を売って負けた。それだけの話だってのによ」
ロランは二人に誓った。
「わかった。その内エイズーム帝国はグロウシェイドに侵攻してくるだろうから、僕たちがエイズーム帝国を倒すよ。その後バイアラン帝国を君たちに返す。それで良いかな?」
「ああ」
これが七英雄が一人、グレイ・バイアランとの最初の出会いだった。
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